153 正攻法ではない聖魔属性
小型の寸胴鍋へ、個別に用意した魔水と聖水を1.5Lずつ入れ、そこへ中級MP回復薬の材料であるツァシグラスを投入し、沸騰するまで火にかける。
しばらく放置し、沸騰してきたら一度火を止めてそこに下級のときにも使うイシュグラスを投入する。
その状態で中火にかけて、ツァシグラスとイシュグラスが溶けるまで待つ。
しばらくして、それぞれ溶けてるのを確認してから火を止めて、錬金の『合成』を発動する。
現れた術陣へ慎重に、魔力が5割を超えないように籠め、すぐさま残りの5割を聖力で満たす。術陣の全てが聖力と魔力で満たされたら、その全てを混ぜるような感覚で術陣の霊力を操作し、霊力が満遍なく、偏りがなくなったと感じた瞬間、『合成』を完全に発動する。
術陣が鍋に満たされた液体へ吸い込まれ、中身が勝手に混ざっていく。
やがて、その動きが止まったのを確認して鑑定を発動する。
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【回復・MP】中級MP回復薬の満ちた寸胴鍋 品質:良 レア度4
重量30 属性:回復(聖魔)
Lv.1~Lv.50までの存在が使用した場合、最大MPの38%を回復する。
Lv.51~Lv.150までの存在が使用した場合、最大MPの25%を回復する。
Lv.151以上の存在が使用した場合、最大MPの12%を回復する。
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《只今の生産行動により錬金Lv.31からLv.32に上昇しました》
《魔力操作Lv.54からLv.55に上昇しました》
《聖力操作Lv.39からLv.40に上昇しました》
《霊力強化Lv.55からLv.56に上昇しました》
前、聖王国にあるムーちゃんの工房で作った時は確か、レベル51からの効果が22%だったはずだから、それと比べると微々たるものだが、作れる品質自体は上がってるな。
それに、前のは確か霊水と霊力で違う属性とすることで聖魔属性の回復効果にしてたようなものだが、今作ったこれは霊水と霊力の両方から聖魔属性となるようにしている。……が、よくよく考えればそれでも微々たる上昇か。
やっぱり“聖魔属性”として扱えるようになってからのほうがいい、のかな?
「お、できた?」
「できたけど、無理やりに近いものにはなったな」
「それでも聖魔属性を扱ったことにはならないんだね!」
「あー、そうだな」
確かに。疑似的にでも聖魔属性を扱ったことにはなる、のか。
でもやっぱり正規の聖魔属性ではないから違うということなんだろうな。
魔王国の錬金工房、錬金術研究所へやってきた俺とムーちゃんは、生産へ移る前にできるだけ物色した。
ここで研究されていたことについてのレポートや報告書、はたまたその研究対象である物等々。
あんまり物色するものでもないとは思うが、見て減るもんでもないし、ということで決してアイテムボックスだったり空間術の異空陣へ仕舞わないという、勝手に付け足した条件の元、物色していた。
その内容について俺はあんまり理解することはできなかったけど、ムーちゃんには十分理解のできる内容だったようで、明らかにテンションが上がっていた。
さておき、そんな、ムーちゃんにしてみれば宝の山である研究資料の誘惑を断ち切り、今こうして回復薬の生産にいそしんでいるわけだが。
いつからだろうか、ついさっきのやり取りでは感じなかったが、ムーちゃんから悩んでいるような気配が垂れ流されている。
何に悩んでいるのかはわからないが、その気配に晒されている俺からすると少し居心地が悪いというか。いや別に、それ自体が居心地悪くなってる原因ではないけど、なんというか、溜め込むぐらいなら俺でも良ければ発散してもいい、というか。
なんにしても、俺でなくてもその悩みの気配の元を出せるといいが……。
いろいろ試行錯誤しながら中級MP回復薬を大量生産していると、いつの間にかムーちゃんが俺のすぐ後ろに立っていた。
ムーちゃんの様子を見ようと振り返った先で見つけたから、その行動をしなかったらずっと気づかないままだったかも。
「お、どうかした? ムーちゃん」
「いや、えっとね、……うーん。どうしよう……」
「ん?」
「……うん! ……あの、えっとね、ボクの出身というか、ラフェ様に拾われる前の話をしようと思って。ちょっとどころじゃない頼み事なんだけど……――」
そうしてムーちゃんが話し始めたのは、ある研究所のことだった。
今から約15年ほど前、どこかの国の田舎にあたる町の、スラムと言っても過言ではない路地裏で、今と比べると十分な生活ができていなかった頃、何者かに攫われたムーちゃん。気が付けばどことも知れぬ研究所で、最低限の食事だけで生かされていたようだ。
その研究所ではいわゆる合成実験、人間種と動物種――魔物や聖物などを合成してキメラを生み出す研究をしていたらしく、ムーちゃんはその人間種側だったらしい。動物種側は今見てもわかる通りウサギだとか。
そのムーちゃんの実験は研究所の人間曰く成功だったようだが、ムーちゃんにしてみれば、その実験の最中は途轍もないほどの苦痛に襲われるらしい。
それに、ムーちゃん自身には実験の前後で研究所の人間からの暴力などはなかったようだが、一緒に捕らえられていた子たちにはムーちゃんの代わりといったように、ムーちゃんの目に見える場所で幾度となく暴力が振るわれていたのだとか。
それから正確な時間はわからないが体感1年ほどが経過した頃、何者かの依頼によって師匠、ターラフェル様がムーちゃんの救出に来たようだ。
その際、他の子たちを助けることはなく、ムーちゃんだけが助かった。
つまるところ――
「――その子たちが今どうなってるかはわからないけど、少なくともその研究所は残ってるはずなの。だから、イズホ君にはその研究所を壊すボクの手伝いをしてほしい。そしてもしその子たちが今も残ってるんだったら、いや、残ってなくても。その研究所に捕らえられてる子は、少なくとも1人はいるはず。その子たちを1人残らず解放したいの」
なるほどな。
「まぁ俺で手伝えるなら手伝うよ」
「いいの!?」
「ただ……」
「ただ?」
「アセヴィルに聞かないことには、俺はあんまり自由には動けないだろうからな」
「じゃあ、すぐにでもアセヴィル君にも伝えてくるよ!!」
そう言ってムーちゃんはこの工房から出て行ってしまった。




