S:A-1 混合人獣研究所
混合人獣研究所。
人間族や炎人族などの人類種と、神生物などの、いわゆる霊力に身体が侵された動物を混ぜ合わせ、新たなる種族を創ろうと日夜研究している研究所。
私アスムーテも、その研究所出身である。
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幼い頃の記憶は無い。……いや、無い、というよりも消え去った、と言う方が正しいだろうか。
路地裏でただ虚しく生活していたところを連れ去られ、碌に清掃のされていない汚い檻の中でしばらく食べ物を与えられ、そして、一緒に檻の中で暮らしていたウサギと融合実験にかけられた。
幼い頃の記憶は誘拐される直前までで、それ以前の記憶は、その実験によって失われてしまったのだろうと、ボクを助けてくれたラフェ様は言っていた。
代わりに、融合されたウサギの記憶を見られるようになったけど、特段面白いものはなかった。殆どボクと同じような景色だった。
ボクがこの世界でいつ生まれ、どれくらいの年月を生きているのか、それを知る人はボク含め誰一人としていない。強いて言えば、今のボクが生まれた日から数えると、約15年といったところか。
ラフェ様に助けられその弟子として錬金術の修練を2年ぐらいして、直近10年は聖王国でしがない雑貨屋として生活していた。
初めの3年ぐらいは研究所で暮らした、であろう年月。研究所の碌でもないニンゲンが正確な日時を教えてくれるはずもなし。
ラフェ様に助けられてから今、アセヴィル君たちと旅をする日々は、そのどれを取っても楽しいと言えるものだった。メフィトゥル様が研究所という言葉を出すまでは。
幸いにして、そのあとペク様の加護を貰った事で、その事はある程度大丈夫にはなったけど。
それに、メフィトゥル様を完全に悪く言うつもりもないし。
メフィトゥル様のおかげで、ボクもようやく研究所と向き合おうなんて思ったわけだし。
ちょうどアセヴィル君が、しばらくは何も用事がないから誰かの用事の手伝いでも、とも言ってたこともあるし、折角ならみんなを巻き込んで、あの研究所を壊そうかな?
本当ならボクだけでやるべきことで、みんなを巻き込むなんて以っての外なんだろうけど、みんななら手伝ってくれそう。なんて、あんまり良い考えではないよね。
さておき、みんなにはまた今度、時間のある時にでも話してみるとして、ボクが一番知りたいのはラフェ様のこと。
“不死知の神”と水の神メフィトゥル様に呼ばれていた、ターラフェルという、ボクとイズホ君の師匠でもある老婆のことを。
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ラフェ様と初めて出会ったのは、勿論のこと混合人獣研究所でボクを助けてくれた時。
そこでラフェ様は「とある方の依頼で来たけど……」みたいな感じのことを呟いていたはず。今でもその言葉の「とある方」っていうのはわからない。
ラフェ様がこれはあくまで依頼だから、なんてことも言ってたけど、それでもボクは助けに来てくれたラフェ様のことが救世主に見えた。いや、実際救世主か。
ラフェ様に依頼した人にももちろん感謝してるけど、それでも実際に助けに来てくれたラフェ様の方が感謝の度合いは大きいかも。
どうやらラフェ様への依頼は、ボク1人だけを助ける依頼だったようで、他の子へ目を向けたラフェ様は心苦しいような表情をして、ボクだけを研究所から出した。
どうせなら他の子も、なんて気持ちはあるにはあるけど、その当時のボクは取り敢えず自分が助かったことに安堵していた。
それにしても、なぜ戦闘職ではないラフェ様に依頼主は依頼したんだろう。
弟子としてラフェ様のもとで生活していて思ったのは、この人は根っからの研究気質、とでもいうのか。なんにせよ積極的に戦うような人ではないということ。
その当時、既に“不死知”というものの神であったのなら、それは勿論ラフェ様が死ぬことはなかったんだろうね。不死というからには。
でも、それでも、死ぬことがないからと言って戦えるわけではない。まぁラフェ様は完全に戦いを生業にしてる人からすれば戦いに向いていないだけで、普通の人からしたら十分に戦える方ではあるようにも見えたけど。
ラフェ様のことが知りたい一方、その依頼主のことも知りたくなってきた。
助けてくれたのは十分嬉しいけど、なぜそれがラフェ様だったのか。もちろんラフェ様が嫌だったわけでも、もし過去に戻ることがあったとして、他の人が助けに来てほしいとかそういうわけでもないけど。
ラフェ様よりも強い人はこの世界に、……一体何人いるんだろう。まぁ“神の位”でなくとも戦いを生業にしてる人だったのならば、ラフェ様より強い人はごまんといるんじゃないかと思う。
それこそ、アセヴィル君とか。その当時は魔王国の王子だったらしいからもちろん無理な話だろうけど。
なんにしても、もし依頼主の存在をラフェ様から聞いて実際にその人に会えたとしたら、いの一番に、なぜラフェ様に依頼したのか聞きたいな。ただの興味本位だけども。
ペク様から貰った加護が教えてくれる。
直近約3か月が好機だ、と。何に対しての好機かはそれは教えてくれないけど、勝手に、混合人獣研究所を襲う好機だと思っている。
ペク様がボクにこの加護を付与するときに小さく、「あれには嫌悪が湧くからね」なんて言っていたことからも、たぶんあってると思う。
取り敢えずボクがすべき事はみんなに話すことからだね。
みんな、嫌わないでいてくれるかな……?




