144 黎明の再演-“研究所”という禁句
念のため鳥状態のカラヴィを先行させ、暗闇に包まれた地下通路を進むこと十数分。
ようやくと言った所か、吸血鬼の国ルゼ何とか側の部屋に辿り着いた。
途中で蝙蝠の身体を手に入れたカラヴィをそのまま偵察に向かわせ、諸々の最終準備を行う。
まず、はマテラス様とストハス様に付ける契約獣霊を召喚するか。
「全ての空間を司る神よ。この矮小なる身に力を与えたまえ。ただ一時ではあれど、契約により繋がれし獣霊をこの地に呼び寄せる力を。」
――獣霊召喚陣――
――風の上級精霊:ネモシーユ――
付与よりは戦闘メインのネモとしよう。
召喚可能時間は前までは30分そこらだったが、今は1時間ぐらいは召喚された状態でいられる。それでも短いことこの上ないが、そこはストハス様が居る。どうやら誰か――今回で言うと俺――が召喚した同系統の精霊が時間で勝手に送還されるのを防ぐ、というよりこの世界に居られる時間を延ばすことが可能なようだ。
そのおかげで、一定時間でわざわざ召喚しなおすという事をしなくて良くなる。
スヴァさんも同じようにキーナを召喚していたが、これはマテラス様達に同行させるわけでは無く、俺達と一緒に行動をするためだ。キーナの獲物のハルバードはこの閉鎖空間で振り回すには向いてないが、そこはハルバード。振り回さなくとも問題のない槍の部分で攻撃するようだ。
『準備はこれで整ったね。早速それぞれの役割をこなすとしようか』
マテラス様はそう言い、ストハス様とネモを連れて二手に分かれた道の片方へと進んでいった。
『俺達も、と言いたいところだが、この部隊を更に2つに分けるとしよう。カーリとユニグは一緒に居ないだろうからな。
どちらがどちらに当たるかは分からないが、そうだな、聖王女と獣人、そして弓使いの異邦人、この3名にペクを付けよう。研究所出身が2名と、その内1名は毒使い。うん、ペクとの相性は良さそうだな』
「メフィトゥル様、不躾ながら申し上げます。金輪際、私の前で『研究所』という言葉を出さないでくれますか?」
『む、それは失礼した。だから不死知譲りの圧は出さないでくれ。それは俺にとってはもう2度と、浴びたくの無いものだ』
いつもの無邪気さはどこへやら、今までで聞いたことの無いムーちゃんの怒りの声だ。
圧、というのは感じないが、これは俺が鈍いだけか? 他3人、……あれ、ペク様が見えないな。いやまぁ、他3人はどうやら感じ取れているらしいことから、なんだろう本当に俺が鈍いだけっぽいか。
その圧も、メフィトゥル様の言葉によって消え失せたようで、周囲の顔は安心したものとなっていた。
『気を取り直して、残りの2人は俺と共に行動するとしよう。ペク、お前はそれでいいか?』
『……いいよ、楽できるなら何でも』
『残念ながら楽とは程遠いかもしれんが、まぁお前なら最悪いつも通りやれば大丈夫だろう』
『……いつも通り、ねぇ。それは僕じゃないって前から言ってるでしょ』
『ふむ、そうだったか?』
よく分からない会話だが、まぁそれはいいとして。
マテラス様達に後れを取るわけにはいかないので、メフィトゥル様達を促して進むとしよう。
△▼△▼△
カラヴィから送られてくる情報を頼りに進むこと30分弱。スヴァさんたちとは途中まで一緒に行動し、15分ぐらい進んだところで別れた。
道中では、メフィトゥル様とアセヴィルからの援護を受け、遭遇した吸血鬼は鎧袖一触。レベルにして125ぐらいのヴァンパイアバロン、男爵かな?が聖纏付きの聖魔の双剣で一突きだった。
少なくともレベル20ぐらいの強化がされている事だろう。
メフィトゥル様の説明では、俺に掛けた付与は霊力の水属性への変換をより効率的にできるようにするもの、とのことだが、果たして術を使う機会が来るのかどうか。
今現在の強化の大半はアセヴィルによるもので、やはりというかなんというか、アセヴィルは魂を操ることができるらしい。その力によって、今の俺はスキルの聖力操作と身体強化が強化されている状態だ。あとついでに、土属性脆弱も緩和したとか何とか。
身体能力が強化されたことである程度までは無茶な動きも可能となり、聖力操作が強化されたことによって今まで以上に霊力効率が上がり、聖力による武器の強化も向上した。
それに付随して、魔力操作も強化されてしまっているようだが、この戦場においてはあまり関係の無いこと。吸血鬼の大半が魔力を使うらしいから。
奥へ進むごとに少しずつ吸血鬼の爵位が上がっていき、今ではヴァンパイアカウント、伯爵位の吸血鬼が出てくるようになっていた。
因みに、吸血鬼と言えば霧化などをするイメージだったのだが、ここの吸血鬼たちはその素振りを見せない。何故か、とメフィトゥル様に訊いてみると、本来の吸血鬼は俺の思っている通り霧化を使えるようだが、今の吸血鬼はメル様の結界によって能力を制限されているらしい。
逃走の制限だけかと思っていた結界だが、どうやら敵対者の能力の制限までしていたようだ。
「これより先は立ち入り禁止じゃ! カーリ様のところへは進ませんぞ!」
「じゃあ、無理やり通るしかないな」
「通れるもんなら通ってみい!」
レベル143の伯爵吸血鬼、俺とのレベル差は約70。
だが、その差であろうとも、今の俺相手では足りない。
その爪を伸ばし素早く飛び掛かってきた伯爵の懐に入り込み、駆け抜けながら真上の腹と背をひと割き。それだけで伯爵は息絶えた。
なぜか、何故このレベル差であろうともこうも簡単に倒せるのか。
その理由は、どうやらアセヴィルの術はスキルの現在値を強化するのはもちろんの事、その上でスキルの上限値をも上げるもののようで。
故に、この道中で倒した吸血鬼が俺の経験値となり、現在進行形で強化されていっているのだ。
ただ、もちろんメリットだけなはずはなく、デメリットとしては目的を達すると同時にその強化はアセヴィルに取り上げられ、更にはその能力によって得られていた万能感とでも言うべきものが無くなり、身体は不調をきたす、らしい。
まぁスヴァさんの時同様、上がった分の上限値だけは残ったままらしいので、スキルレベルは上がりやすくなるみたい。そも、スキルに上限値があること自体を初めて知ったけど。




