回転寿司は一期一会
『なんだ、取らないの?』
「えっ」
『今、熱い視線くれたよね? まあ、また会えるかもしれないしね。その間、よく考えるといいさ』
「え、嘘、待って」
『待てないよ。見ればわかるだろーう…………』
……と、落ち着いて、あたし。これは夢……じゃない。ええ、現実。間違いなく、あたしはこの足でこの回転寿司に来た。
じゃあ、あたし……うん、疲れているんだろうな。だって有り得ないじゃない。エビがレーンの上から話しかけてきたなんて……。
ええ、幻聴に決まってる。それもにぎり。にぎりよ。つまりエビの死体の、その肉片じゃない。うわっ、そう考えると他のも何か気持ち悪く思えてきた。まだそんなに食べてないのに……。
ふっー、大丈夫。気を取り直して、お茶を淹れて、よし……。
『やあ。また来たよー』
「嘘でしょ、なんで? ねえなんで?」
『んー? さあねぇ。でも重要なのはそこじゃないんじゃない?』
「な、なによ」
『食べるか食べないか、さ。ちなみにこのお店は一周当たり約十二分。お客さんに取られなかったネタは四周で廃棄される決まりなんだ』
「何で、そんなこと知って、あ、ちょっと、また……」
わけがわからない。どうしてエビが。テレパシー? 元々、そういうエビだったの? 偶然? 波長が合って? それとも、あたしがあのエビを一つの個体として見て、そして彼にアイデンティティーを持たせ、そしてそれにより自我が芽生え、そう、まるでぬいぐるみが喋るように。原料となる綿は喋らないけど、ぬいぐるみとして加工、生産されたそれは名前を付けたり魂と呼ぶべきものが宿るに値するものとなる。エビの握りもそう。切り身とシャリが合わさりさらにそこに、職人さんの魂が加えられることによりいや、何を考えているのあたしは。
大体、今どき、どこの店も機械でしょ。チェーンの回転寿司なんか。馬鹿?
いや、あたしは馬鹿じゃない。そうよ、今考えるべきはあのエビをどうするかよ。取るの? 取らないの? まずその二択。そしてそのあともまた二択。
食べる? 食べない? 食べられるのが彼らの本望? でも喋るエビなんて……そう、食べないならどうするの? ポケットに入れて持ち帰って、家で一緒に暮らす?
ははっありえなーい。冷蔵庫に入れてても、いずれはダメになっちゃうでしょ。わざわざ病気の猫を引き取るようなものよ。看取るためにわずかな間一緒に過ごすなんて、そんなの悲しいじゃない……いや、エビよ? しかも、にぎりよ? 安物の。税込百二十円の。なんかもう乾燥してそうよ? ぷりっぷりの生エビでもないわ。チーズも乗ってないの。まあ、あたしはあれ好きじゃないけど。
『やっほー。ふふっ、険しい顔。いやー考えてるねぇ』
「また、来た……」
『それ、傷つくよ? 誰にも貰ってもらえなかったんだねって言っているのと同じだからね』
「あ、ごめん……そうか、だからかな」
『え?』
「あなたと通じ合っているのって。あたし、婚活全然上手く行かなくて。今もこうして、あはは、ファミリー席にひとりよ? あなたと同じ。あたしね――」
『あ、ごめん。もう流れる。次の周でー』
「ああ、うん」
……ん? 待って。次で四周目。つまり、次がラストチャンスって事? でも、あたしは……。
「……実は、エビアレルギーなの」
『そっか、そうなんだね……』
「見つめていたのもそう。本当は食べたいけど、でも無理。だからただ見ているだけ。期待させてごめんなさい……」
『ううん、いいんだ。次は貰われるかなって毎回、ドキドキしてそれが楽しかったよ。それで十分』
「恋……みたいで?」
『うん』
「ふふっ、やっぱりあたしたち、似た者同士ね……」
『ふふっ。あ! やめて。アレルギーなんでしょ?』
「でも、あたしが取らないとあなたは……」
『いいんだ。もう、満たされた……』
「あたしも……もうおなかいっぱいよ、ふふふ」
『あはは』
「ふふふふふっ」
『あははは』
彼の笑い声はしばらく聴こえ続いた。
チェーンの回転寿司屋が魅せてくれた素敵で切ない出会い。まったく、最高のお店ね……。
「えっ」
『あ。なんか、持ち帰りセットメニューに組み込まれたみたい。ばいばーい』
「お客様? お会計、こちら四千五百円になります。あっ、よろしければお持ち帰りメニューのほうを、よくご覧になられますか?」
「ああ、いいのいいの。はいはい四千五百円ね」
トモコママ 1件のクチコミ ☆★★★★
お湯が出てくる蛇口や醤油の入れ物その他小物類がベタベタで不衛生。最低。店員の態度も良くない。バッテン。
意味もなくニヤニヤしてた。あれが営業スマイルと言うのなら教育が間違っている。教育不足どころかまともにしてないんでしょうね。
あと、廃棄されるはずのネタをお持ち帰り用のセットメニューに組み込んでいる疑惑あり。あと、マグロの赤身薄すぎ。タッチパネルの反応も悪い。隣の箇所が押されちゃったりする。星一つもつけたくない。残念過ぎる。……でもエビはおすすめ。