3. 異
私が子供の頃の話なんですけど。
父方の実家が、それなりの大きさの家だったんです。と言っても豪邸とか名家とか言えるような大きさではなかったんですけれど、普通の一軒家よりは一回り大きい感じというか。
普段住んでいる家は集合住宅だったんで、毎年夏とか、年末とか、あるいは家族の行事でその家に行くのを楽しみにしてましたね。特に夜になってもどたばた遊べるのは子供心に嬉しかったりなんかして。
それで、私が子供の頃…特に幼い頃に、その家で必ず見てた光景があって。
その家は二階建てだったんで当然階段があったんですけれど、その階段っていうのが、玄関を上がって、突き当りを左に行ったところにある大きい廊下にあったんです。で、玄関から向かって左側の壁にくっつくかたちで階段があって。壁とは反対の面には手すりが付いてて、その手すりは下の部分に柱が何本もあって、柵みたいになっている、そういう作りだったんです。
その階段のところに行くと、廊下の天井と階段の…こう…なんて言うんですかね、ちょうど天井と二階に通じている穴?…って言い方で合ってるのかな…とにかく、天井と階段の、隙間になる辺り。そこの手すりの下、柵みたいになっている手すりの柱の一本に、手が掴まっているのが見えたんです。
両手じゃないです。一本だけでしたね。あと、周りに顔とか足とか他の部位はなくて、本当に手だけがそこにあって、手すりを掴んでる、みたいな感じで。さっきも説明したように、ちょうど天井と階段の隙間になる辺りを掴んでいたんで、他の部位が周りにあったとしても見えづらかった、というのもあると思います。
それを、夏休みとか年末年始とか、その家にいるときは一日一回必ず見ていたんです。しかも何故かは分からないんですけど、それは夜には絶対に現れなくて。朝、昼、夕方…とにかく日のあるうちにしか現れない。例えば出かける用事があったときなんかは、朝その家から出るとき、何気なく階段のほうを見るとそれが現れていて、夜になって帰ってきて以降は絶対に現れない。そんな感じでした。
一方で私のほうもそれを怖いものだったり、異常なものだったり、そういうふうに認識したことはなくて。
祖父母の家に行くと、自分の家にはないものがあったりするじゃないですか。例えば玉のれんとか、掛け軸とか、大きなタンスとか…そういうものに近い感覚というか。父方の実家に行くと必ず見ることができる固有のものとして、普通に受け入れていたんですよね。むしろ父方の実家で過ごすときはそれを見ないと、子供ながらいまいち調子が出ない、という感じまでありました。
それでまた不思議なんですけど、ある一定の年からそれを見なくなったんですよね。
最後に見たのはいつだったかな…小学校二年生ぐらいの時だった気がする。それもなんか不思議と受け入れていたというか…というより、特に気にしてなかったですね。そういうものだと受け入れていたので、見えなくなっても気にしない、みたいな感覚だったような…。
その不自然さに気付いたのは、それが見えなくなってから大分経ってからでした。
中学生ぐらいの時に、クラスで怖い話ブームみたいになって。たぶんなんかのテレビ番組の影響だったと思うんですけど。それで休み時間とか、クラスメイトが顔を合わせると怖い話大会みたいなのが始まって…今思うと本の受け売りとかも多く含まれてたと思うんですけど、「私が体験した話なんだけど~」とか、「友達の先輩が体験した話で~」みたいな前置きが付いていて、みんなあくまで自分や誰か身近な人の体験談としてしゃべってたんですよ。
その時に、私にもなんかそういう体験なかったっけ?って思い出そうとしたときに、例の手すりの手の事を思い出して。
あれって今思うとおかしくないか?って、そこで初めて気付いたんです。
それでその日家に帰ったら、ちょうど家の用事で来てた叔父がいて…父親の弟にあたる人なんですけど。普通に気さくなおじさん、って感じの人で、私も結構なついていた人なんです。今もお世話になることがたまにあったりするんですけど。
その時の私は、階段の手の件が気になっていて。叔父さんへの挨拶もそこそこに、これこれこういうことがあって、という話を、父に一方的にしたんです。
そしたら、叔父さんが
「そうか、□□ちゃんも見たのかあ。へえ…」
って言い出して。え?と思ってちょっと固まってると、今度は父が話し出して。
父も子供の頃に階段で何かを見ていた、と言うんです。
出てくるのが日中だけ、というのも一緒だったし、明らかに変なものが現れているのに怖さを感じなかった、という点も同じ。それで、小学校の高学年に上がるぐらいでそれを見なくなった、というのも…私とは時期がずれているんですけど、まあ僅差というか。体験としては殆ど同じでした。
でも、父が見ていたのは、階段の上に立つ二本の脚だった、というんです。
廊下の側から、…階段の下から二階の方を見ると、こう…階段の途中…ちょうど天井と二階の間ぐらいのところの薄暗くなっているところに、誰かが立っているのが見える。
家の構造…というか…その階段の構造の関係上、そこに人が立っていると…立っている人の上半身が見えないんですよ。だから、視界としては、脚だけが階段が薄暗くなっているところに立っているのが、こう…見えていたと。
ただ、ちょっと納得できなくて…。
「え、私が見たものと違うじゃん」
って聞いたんですよ。そしたら、今度は叔父さんのほうが喋り初めて。
「いや~、僕は□□ちゃんと同じ”手”を見たんだよね」
…こういう言い方だったかはちょっと自信ないんですけど、ともかくそういう内容の事を言うんです。
ちょっと混乱してると、叔父さんがこんな話を始めまして。
父方の実家に住む人…住むというか、父方の家系、つまり私たちの一族は、絶対にその家の階段で”何か”を見るらしいんです。父方の家は何回かリフォーム…というか、ちょっと建て替えたりとかもしてるんですけど、それでも変わらずに、階段で何かを見ると。
その何か、というのが、どうやら…私が見た手すりの柵を掴む”手”、…か、父が見た階段の上に立つ”脚”…その”どちらか”らしいんですよ。で、やっぱり子供の頃にしか見えない。
これがまた不思議なのが、どっちを見たからどうということでもないらしくて。例えばその後の人生が何か変わるとか、男女で見えるものが違うとか、そういうものも無いらしいんです。
実は父と叔父さんの、さらにその下に妹さんがいて…私にとっては伯母さんにあたる人なんですけど、その人は”脚”のほうを見ていたらしいんですよ。でも三人とも今も健在だし、何か病気になった、ならないとかそういうこともないです。まあ…うちの父はちょっと太り気味ですけど…。
で、どうやら父の両親、つまり祖父もそうしたものを見ていたらしいんです。で、実は祖父にも弟さんがいて、やはり二人とも”手”と”脚”、それぞれ違うものを見ていたらしい、と。
あと、詳しいことは父も叔父さんも知らないらしいんですけど、どうも階段に手すりが無かった時期もあったらしいんです。だけどその時に家にいた先祖も、何らかの形で”手”に近いものを階段のところで見ていたらしい、という話を私の曽祖父にあたる人から聞いたことがある、というようなことも話していました。
そういえばこれ、父の家に嫁いできた人には見えないらしくて。実際母も見たことが無かったみたいで、話聞いた時には結構驚いてました。
…ただ、私思うんですけど、これって父の一族に嫁いでくるときにはその人は大抵もう既に大人になっているから見えてないだけなのかもしれないですよね。そこらへんはちょっと…わかんないです。
そんな…なんというか…壮大な話だとは思ってなかったので、話を聞いた後にちょっと固まってると、叔父さんがぼそっと
「いや~、□□ちゃんとこんなおじさんがお揃いでごめんね」
って言って、それでつい笑っちゃって。その瞬間に妙な緊張が解けたのが今でも凄い印象に残ってます。
父方の家でもそれを特に…家の守り神のような、そういう尊いものとしては扱っていないんだけど、かといってなにか禍々しいものとも思ってないらしくて。みんなそういうものなんだな、と受け入れてるらしいんです。
そう聞いて、私もこの話をなんか…心霊体験的におもしろおかしく話すのはやめようと思ったんですよね。少なくとも学生の頃には人にこの体験を話すことはなかったです。
私にも数年前子供が生まれまして。実は今度父方の実家に子供を連れて行くんです。いや、今までも何回か連れて行ってるんですけど…ただ、うちの子もそろそろ物心がつくころだと思うんですけど、たぶん…物心ついてから初めてあの家に行くんですよ。
…うちの子、どっちを見るんでしょうね?