第二話 秘境のリゾートで山菜採取
「――というわけで、説明は終わりだ。これから即戦力としてビシバシ働いてもらうから、気合い入れてくれよな?」
数刻前、あたしたちの窮地を救ってくれた管理人さんは、激励の言葉を投げてきた。
彼を見た老人は、恐ろしいモノと出くわしたように顔を引き攣らせ、すごすごと逃げ出したのだが。
いまの飄々とした管理人さんからは、あのときの凄味がまったく感じられなかった。
そのあとすぐ、あたしたちは管理人さんの導きで、隠し湯リゾートへと到着した。
宿泊施設は、ずいぶんと山間の奥まった場所にあって、なるほど見つからないわけだと得心がいった。
従業員の宿を兼ねた食堂で、あたしたちは簡単なレクチャーを受けて、いまに至るというわけである。
さて、仕事の内容は、主に雑務だった。
雑務といっても、接客から配膳、掃除、洗濯、夜の見回りに食料調達と、かなり多岐にわたる内容だ。
やるべきことを頭にたたき込んでいると、あっという間に業務開始の時間となってしまった。
いま、ちょうど飯時だ。
山の幸をふんだんに使った管理人さん手作りの料理は、この施設の売りらしい。
宿泊客たちが、大挙していた。
「どう思いますか、ニッカポッカ」
忙しくオーダーを取るかたわら、藍奈が耳打ちをしてくる。
どうもこうもない。
「普通すぎるね」
そう、普通だ。
店内は大入りで、テーブルはすべて埋まっている。
客たちは中年から年配が多く、ほとんどが似ていない男女の組み合わせ――つまりは夫婦であるように思えた。
山奥の山小屋で温泉旅行。
そう考えれば、なにもおかしなところはない光景だが……
しかし、これは心霊バイト。
異常が無いのは、異常である。
神経をとがらせれば、違和感は皆無ではない。
たとえば、食堂のあちこちに飾られている写真。
その多くが、管理人さんと小さな子どもが写ったものばかりということ、ぐらいだろう。
どれも同じ子どもである。
「なんか不気味だなぁ。さすがオーナーの紹介ってこと?」
「……どちらにせよ、しっかり働くことです」
頷き合って、あたしたちは仕事に戻った。
昼食時が忙しさのピークかとも考えていたが、どうやらそういうわけでもない。
食器や食べかすを片付け――厨房への出入りはなぜか禁止された――床を磨いていると、管理人さんが声をかけてきた。
「昼からは、料理の材料を調達してきてほしいんだよねぇ」
材料? と、揃って首をかしげるあたしたちに。
彼は外を指さし、こう告げた。
「雄大な自然は、なによりの食料庫だろう?」
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「なにが『雄大な自然は、なによりの食料庫だろう?』ですか! いくら簡単な食料採取とはいえ、初回ぐらいは地理に明るいものをつけるべきでしょう!」
表情は変えないまま、藍奈がキレ散らかしていた。
仕方が無いことだと思う。
ただでさえ肉体労働が得意ではないらしい彼女はいま、過酷な山中でフィールドワークを強制されていた。
簡単に言えば、案内もなく山菜の採取をやらされているわけだった。
「第一、冬に山菜とかあるのですか。無いでしょうきっと」
「いや、結構あるよ、食べられるの」
「はぁ?」
心底嫌そうな声を出し、こちらを見てくる藍奈には申し訳ないが、そこかしこに緑はある。豊かな山だなと感じた。
「〝青い〟のは食べられる」
「……前から気になっていたのですが、おまえは色に例えるのが好きですね」
「見えたままを話してるだけだよ」
「なんだか、姉上と話している気分になってきました……」
お姉さんと?
深く話聞こうとすると、藍奈は面倒くさそうに手を振って。
「いいから、講釈を続けてください」
と、話題を切り上げるように言った。
あたしは頷く。
「例えば……これはヤマユリ」
「ユリが食べられるのですか。ああ、正月の」
「そうそう、ユリの根っこは大体ユリネだから、食べられる」
それで、こっちはノビル。
ネギとかニラとか、あの辺の感じだ。根も球根になっていて、しゃっきり美味しい。
「あとは……」
「ニッカポッカ。すこし、黙って」
口の前で指を立てる藍奈。
喋れと言ったり黙れと言ったり、この巫女は忙しい。
「聞こえませんか?」
「なにが」
「川のせせらぎ」
言われるがままに、耳を澄ます。
蝉たちの声、虎落笛、梢のぶつかる残響……そして、水の流れる音。
「……!」
「行ってみましょう」
下生えを掻き分け、あたしたちは道なき道を進む。
しばらく行くと、急に視界が開けた。
そこには――
「これは、驚きましたね」
藍奈が、戸惑いを隠せないといった様子で、驚嘆の息を吐いた。
「〝隠し沢〟ではないですか、これは」
両手を広げたぐらいの川幅をした小さな沢が。
山奥へと向かって、ひっそりと伸びていた――





