第一話 多重債務女、パチモン巫女と出逢う
第一部、第二部完結済みです
第三部はじめました
眼球を買い取り拒否された。
なかなか希有な体験だと思う。
「おととい来やがれ架城日華。出涸らしのおまえになんざ、商品価値はねーんだよ」
暖房の効いた事務所に、冷たく響く胴間声。
春原の姐さんは、突き放すようにそう言って、机の上に両足を投げ出した。
出涸らしって……まだ右目は残ってるよ?
「両目を潰して、こっから先どうやって返済していくつもりだヴァカ娘」
廃棄物を見るような目つきで、姐さんはあたしを袖にした。
廃棄物か。そういえば一週間前に食べた廃棄品は、美味しかった。
それ以降は、公園の水しか飲んでいないけれど。
「うーん」
軽い目眩がして、額を押さえる。
左の角膜、肝臓、脾臓に膵臓。
親の借金を返すため、身体を散々切り売りしてきたが、とうとうヤのつく自由業にすら見放された。
なんだかんだ言ってあたしを絞りきるまでは面倒を見てくれるだろうと思っていたので、結構ショックだった。
事務所の外ではクマゼミたちの大合唱が聞こえる。
いまは初冬だというのに、彼らは番を探している。
この世の全ては、十年前から狂ったままだ。
「しかし――よろこべ架城日華、そんなおまえを拾ってくれるかたがいる」
途方に暮れていると、姐さんが悪い笑顔を浮かべた。
たいていの場合、ろくでもないことになる笑みだった。
「こちらだ」
彼女が示した先に、誰かがいた。
逆光。
顔の見えない誰かが、一枚のチラシをこちらへと差し出して。
「心霊バイト、募集中?」
§§
「建物の解体から荷物の運搬、警備の仕事にクレーマーの対処。報酬は超高額で、ただし命の保証はいたしません! それでもやりますぅ?」
翌日。
妙に空いていたハロワの42番窓口で、バーコード頭の受付さんが、不自然なイントネーションで訊ねてきた。
あたしはいちにもなく首肯する。
いまさら、仕事を選ぶような余裕も、命を大事にする頭もなかった。追い詰められた人間に、選択肢は与えられていない。
「ではこちらにサインしてぇ。ふむふむ、架城日華……珍しいお名前ですねぇ」
「あー、よく偽名って間違われて」
わざとらしく笑ってごまかす。
あっという間に書類が出来上がっていくのをぼうっと眺めていると、受付さんが小さな紙切れをあたしに握らせてきた。
手の中だけでそっと開く。
『逃げろ 死ぬぞ』
受付の中年男性を見れば、彼はニコニコと笑っていた。
準備を終えるとすぐに、この県で一番大きな駅前へと向かわされた。
「いいですかぁ? 駅に着いたら一目で解る相方がいます。巫女です。それと合流して、以降は指示に従ってください。ぜったい、ぜったいですよぉ?」
死ぬほど念押しされたので、できが悪いあたしのおつむでも理解が出来た。
しかし……本当に巫女なんてものが、駅前にいるのだろうか?
首都圏でもない、こんな地方都市に――
「いたわ」
巫女だった。
駅前広場に、無表情な巫女が突っ立っていた。
いや……よく見ると身につけている服が安っぽい。某量販店で売っていそうな、サテン地の巫女服だった。
そのくせに、やたらめったら顔がいい。
肩までの姫カット。柳葉の眉、切れ長の瞳、筋の通った鼻梁、薄く色づいた口唇。なによりも、あたしと違って病的なまでに白い肌。
格好と美貌のギャップに、思わず及び腰になる。
「悪しき。死臭と偏見のこもった視線を感じます」
凝視していたのがばれたのか、そんなことをつぶやきながら、彼女がこちらを向いた。
温度のない瞳がまっすぐにこちらを向けば、同性だというのに震えが来る。それほどに、巫女は美しい。
視線を外せないでいると、彼女はずんずんとこちらに歩み寄ってきて。
「名前を述べなさい」
「へ?」
面食らうあたしに、彼女は歯に衣着せない言葉を投げつけてくる。
「へ? ではありません表六玉。頼りになる相方が来るかと期待すれば、何ですかおまえは? 眼帯、安全靴、散切り頭……設定を盛りすぎた明治の労働者? あるいは雪袴のお化けですか?」
「も――モンペじゃない! あたしは架城日華。こっちはニッカポッカ! あたしの一張羅!」
「なるほど。ニッカポッカの日華ちゃんですね、把握しました。ダサい」
「――――」
あまりのバッサリ毒舌っぷりに、唖然としてしまう。
しばし言葉を失っていると、彼女は長い息を吐いた。
「砥上藍奈です。日華ちゃん、おまえが心霊バイトに紹介されてきた出涸らしで間違いありませんね?」
いろいろ引っかかるところはあったものの素直に頷くと、彼女はパチンと指を鳴らし。
「では、早速仕事をしましょう。兵は拙速を尊ぶ、佳きものですね」
「えっと……仕事って、なにをするの?」
「悪しき。よりにもよって無知の手合いですか、憐れな。いいですか日華ちゃん。いえ、ニッカポッカちゃん。私とおまえの仕事は――」
巫女は、袖の中から〝箱〟を取り出し、告げた。
「この〝ひとりばこ〟を、県境にある廃神社へ、届けることです」
刹那、駅前にいた全ての人間が、こちらを向く。
違う、彼らはあたしたちなど見ていない。彼らが見ていたのは――〝箱〟だった。
ぎょろりとした眼差し。
細波が立つように痙攣をはじめる不特定多数の顔、表情筋。
彼らはニタリと笑って、異口同音に。
『ねぇ、その箱――あけさせて?』





