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第04話 日常の異端児

 耳障りなアラームの音で目が覚めた。


「うるさいな」


 時間を見ると朝の7時30分だった。

 部活には入っていないので、朝練は無いから8時には家を出れば学校には間に合う。そう思って、気だるげに身体を起こすと階下から何かの音が聞こえてきた。


「……ん?」


 テレビでもつけっぱなしにして寝ただろうか? 

 と、思いながら下に降りるとキッチンに制服を着た女の子がいた。


 紺の髪が朝日に煌めく。


「おはようございます。秋月君」

「お、おはよう。七城さん」


 そう言えばそうだった。昨日家に泊めたんだった。

 すっかり忘れていた俺は驚いた顔で七城さんを見た。


 そして、その視線が七城さんの綺麗な顔から、コンロへと移った。俺が一度も触ったことのないフライパンが、コンロの上に置いてあった。ガスは付いていないので、もう何かを焼き終わった後なんだろうと思う。


「……どしたの?」

「差し出がましいことかもしれませんが、朝ごはんを作ってみました。秋月君、体に悪そうなものしか食べてなかったので」


 七城さんがそう言って机の上を掌で指し示した。


 机の上には何年ぶりに見たかと思うようなお皿にのった食パンとスクランブルエッグ、あとどこから買ってきたのかソーセージも焼かれていた。


 あれ、ソーセージはウチにはなかったはずだけど……。


 ということは近所のスーパーで買ってきてくれたのだろうか?


「あの、迷惑でしたか?」


 心配そうにこちらを覗いてくる七城さん。


「い、いやいや! ご飯を作ってもらえるなんて久しぶりだったから……。っていうか、お客さんの七城さんにそこまでしてもらって悪いなって」

「いえ、私もこれくらいしか返せるものがないので」

「別に気にしなくても良いのに……」


 俺はそう思ったが、受けた恩は返した方が気持ちはいい。

 そう考えると七城さんの行動にも納得がいった。


「食べてみてください」


 七城さんが食事を勧めてきたので、俺はそれに甘えることにした。


 スクランブルエッグには醤油がかかっているようだったので、まずそれを一口。


 というかウチにある調味料は塩・胡椒・醤油だけなので必要最低限の味付けなのだろう。俺はそれを口に運ぶと、その健康的な味に身体が痺れた。


「美味しい」


 自然と口をついて、そう言った。


「ありがとうございます。スクランブルエッグですけどね」


 俺がぽつりと漏らした言葉に七城さんが笑う。


 確かに卵を適当に焼いただけだが、俺はその適当に焼くのですらも面倒臭いと思ってしまう人間なので久しぶりにちゃんとした食事を取っているような気がして、心が暖かくなった。


 パンを食べ、ソーセージも口に運び、気が付けば全部食べ終わっていた。


「ごちそうさまでした。美味しかったよ」

「そんなに大した料理じゃないですけどね」


 七城さんは苦笑い。


「作ってくれてありがとう」

「いえ、一宿一飯の恩義ですから!」


 七城さんはフライパンを洗いながら、振り向いてそう言った。

 良く知らない言葉が出てきたので、俺は苦笑いで返しておく。


「ああ、後片付けはこっちでやっておくよ」

「そういうわけにもいきません。立つ鳥跡を濁さずです」

「なるほど」


 ことわざで例えるのが好きなんだろうか?


 七城さんは毅然とした態度で言いきって食器とフライパンを洗い終えると、丁寧に元あった場所に片付けた。


「着替えないと学校に遅れますよ」

「あ、ああ」


 俺は言われるままに着替えを取りに2階にあがる。

 すぐに着替え終わると、荷物を持って階下に降りた。


「今日は学校……行くの?」

「はい。家出したとは言え、学校には行かないといけないですから」


 俺の問いかけに七城さんは頷いた。


「ここから学校までの行き方は大丈夫?」

「はい。公園までの道は覚えているので、大丈夫です」

「そっか。じゃあ、それで……」

「あの、私が先に出た方が良いですよね」

「うん、そうだね。俺と一緒に登校して変な噂流されたくないでしょ?」

「いえ、別にそんなことは無いですけど」

「そ、そう?」


 割となんとも思って無さそうに七城さんが返してきたので、俺はちょっと拍子抜けした。


「でも、秋月君に迷惑はかけられませんから、私が先に出ます」


 七城さんがそう言った次の瞬間、家のチャイムが鳴った。


「……あ」

「新聞ですか?」

「いや、ウチは新聞取ってない。俺の友達だ」


 インターフォンに出ると、やはりそこには岳がいた。


『はよしろ。起きてんだろ』

「ちょっと待て。今から行く」

『うい』


 岳の返事を聞く前にインターフォンを切り、七城さんに向きなおる。


「やばい。友達が来た」

「ど、どうしましょう」


 まさか一緒に外に出るわけにもいかず、少しだけ狼狽うろたえる。

 ……そういえば、こっちに。


 俺は戸棚を開いて、中を探しているとすぐに見つけた。この家の合鍵だ。


「これ渡しておくから悪いんだけど、家の鍵閉めてもらってもいい?」

「え? は、はい。それは、大丈夫ですけど……。これって、合鍵ですよね?」

「そうだけど、俺の家に居たことがバレるよりこっちの方が良いかなって」

「…………」


 七城さんは黙って合鍵を見た。


「あの、秋月君」

「はい?」


 岳を待たせているので急いで出ようとしたとき、後ろから七城さんに呼び止められて、


「ありがとうございます」


 不思議な感謝をされた。


「どういたしまして」


 しかし深く考えている暇はないので俺はそう返すと、玄関で靴を履き替えている途中で玄関に七城さんの靴があることに気が付いた。慌ててそれを靴箱に隠すと、リビングにいた七城さんにそれを伝えて、ようやく外に出た。


「おせぇよ、蓮」

「さっき起きたんだよ」

「1人暮らしの特権だな」

「誰も起こしてくれないけどな」

「それが良いんじゃねえかよ」


 岳はそう言って笑う。


「そうでもないよ。1人暮らしつっても、飯は自分で作らないといけないし、家の掃除とかも自分でしないといけないし」

「あー、確かにそれは面倒そうだな」


 七城さんはそろそろ家を出ただろうか?

 家出したことで、両親との関係が悪くなってないと良いんだけど。


「だからよ、蓮。お前も彼女作れって」

「彼女に全部やらせんのか?」

「馬鹿、一緒にやるんだよ」

「……そう言うことか」


 彼女は作るつもりがないので適当な返事をしながら、学校に向かう。


「あ、悪い。コンビニよっても良いか」

「昼飯か? 身体に悪いんだからコンビニ弁当やめとけよ」

「男の自作弁当だって体に悪いだろ」

「どういう理屈だよ」

「茶色一色になるだろってこと」

「そんなの作るやつ次第だろ……」


 と、岳からまともなツッコミを受けながらコンビニに入った。

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