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第31話 悪夢

 俺と付き合っていると陽菜が言うようになってから、周りの俺を見る目が急に変わった。変わったと言ってもいい意味ではない。え、あれが七城さんと……? という目ばかりである。辛い。


 見る目が変わったのは俺だけじゃない。陽菜に対してもみんなの見る目が変わった。『七城さんが()()()笑うとそうなるんだ』という好意的な目で見られるようになったのだ。


 そう。陽菜の笑顔が違うのだ。


 俺は学校で陽菜が本当に笑えるようになったことが嬉しい反面、自分一人に向けて欲しかったという嫉妬反面で素直に喜べなかったけれど。


「蓮君、顔赤いよ? 大丈夫?」

「ああ、大丈夫。……陽菜が可愛いから照れてるだけ」


 学校からの帰り道、陽菜に顔色を指摘された俺は笑顔で返す。

 陽菜は心配そうに俺の顔色を読み取って、本当かなぁ? と首を傾げた。


「体に気を付けてね、蓮君」

「うん。ありがとう」


 陽菜を家まで送っていった俺は自転車に乗って方向転換。くるりと回って自宅に帰る。


 ……駄目だ。頭が痛い。

 しかもちょっと熱っぽい。帰って寝よう。


 俺はそんなことを考えながら自転車を漕いで家に帰ると、体温計を取り出して熱を測る。すぐに機械音がなったので確認すると、なんとなんとの37.6℃。


 完全に風邪を引いている。

 店長に休みの連絡を入れると「お大事に」と快諾してもらった。飲食店だから体調不良には敏感なのだ。


 俺は着ているものを全部脱ぎ捨てて、ベッドにもぐりこむ。


「頭痛いなぁ……」


 学校にいた時はこんなに体調は酷くなかったんだけど……と、思い返してみたら陽菜と一緒に帰りたくて我慢していただけだということに気がついた。馬鹿だなぁ、と自嘲。


 多分、疲れが出たんだろうと思う。


 ここ連日、バイトのシフト調整や奨学金のこと、そしてなによりも陽菜と付き合い始めたという大きなことが幾つも重なって……それが一気に解決したから、張り詰めていたものが決壊したんだろう。


「……寝るか」


 一人暮らしをしていると、体調を崩した時に誰も助けてくれないのが辛い。


 俺はスマホを取り出すと岳に『悪いけどスポーツドリンク買ってきてくれないか』と送信。すぐに既読がつくと、『どした?』と返ってきたので『風邪ひいた』と返す。『七城さんに看病してもらえ』という文章とともに煽るような顔文字がセットで届いた。


 ということは岳が買ってきてくれる流れである。俺はスマホから手を離すと、目をつむった。眠気は無かったが、重い(まぶた)を閉じた瞬間に急に睡魔が俺の意識を掴んで底へと引きずり込んだ。


 すぐに悪夢が襲ってきた。


□□□□□□□□□□□□□□□□□

『可哀想に……。顔が分からないほどぐちゃぐちゃになったんですって』

『お子さんはまだ小学生でしょう?』

『どうしてこんなことに……』

『……事故だよ。この仕事をやっていればよくあることだ』


 声が聞こえてくる。


『身体が残っただけ幸いだよ』

『子供が残ってるんだぞ! 言葉に気を付けろ!』


 まだ覚えている。

 その日はちょうど夏休みに入った日のことだった。


『……保険は』

『降りるだろう。じゃなきゃ、この仕事やってられねぇよ』

『この子はどうなるの!?』


 約束をしていた。小学6年生のことだったから、中学生になるまでに夏休みは家族で旅行にいこうと言っていた。俺は思春期だったから恥ずかしかったけど、本当は喜んでいた。


『ダイスケさんか、久我さんが引き取ることになるんじゃないのか』

『馬鹿言え。親族がいるんだ。赤の他人よりも祖父母の元に預けられるに決まってるだろ』


 夜の10時を過ぎても、2人は帰ってこなかった。

 不思議に思った。けれど、時々2人の帰りが遅いことはあった。


 だから、待っていた。

 いつものように、帰ってくると思っていた。


『ハヤトに連絡はした?』

『彼に迷惑はかけたくない。これは我々の問題だ……。私たちの……不注意による事故だよ。私たちに償わせてくれ……』

『償う!? どうやって! 誰が最後までこの子の面倒を見るんだ! 誰か責任を持てるのか!? 適当なことを言うな!』


 その日、夜の11時を回った時に酷く暗い顔をした両親と同じ会社で働いている人がやって来た時でも、俺は最後まで意味が分からなかった。ウチにやって来たのは3人だった。彼らが代表して、ウチにやって来た。そして、何が起きたのかを全て説明してくれた。


 俺は冗談だと思った。

 何が起きているのか理解が出来なかった。


『……君は』


 両親の葬儀は祖父母がやった。

 お金は全て会社が出したと言っていた。


『これから、辛いと思う』


 両親の骨を抱えて、俺の前に立った人の顔を俺は覚えていない。みんながシオリさんと呼んでいたことだけが嫌に残っている。顔は思い出せないのに、名前だけが心の底に刻み付けられている。


 嫌だ。どうして思い出す。思い出すな。


 耳をふさぎたい。

 けれど、腕はがっちりと固定されてしまったかのように動かない。


『でも、大丈夫。大人を、頼って』


 嫌だ。嫌だ。嫌だ。


『私は君のお父さんと、お母さんに……お世話に、なった』

『…………』


 忘れさせてくれ。忘れさせてくれ。

 こんなもの、見せないでくれ。


『私たちも君を……助けるから』


 違う。そんなもの欲しくない。

 あなた達に助けてほしいわけじゃない。


『だから……ごめんなさい』


 謝らないで。こっちを見ないで。

 可哀想じゃない。俺は誰かに助けてほしいわけじゃない。


『…………ごめんなさい』


 会いたいだけなんだ。

 話したいだけなんだ。


 父さんはどこに行ったんだ。

 母さんはどこに消えたんだ。

 どこに行ったら会えるんだ。


『……ごめんなさい』


 約束してたんだ。もっと話したいことがあったんだ。

 父さんが死ぬなんて思って無かった。

 母さんが死ぬなんて思って無かった。


 

 もっと一緒に居たかったんだ。

 

 なんでみんな俺を見ないで喋るんだ。

 どうして誰も俺を見てくれないんだ。


「……もっと、おれをみて」


 心の蓋が壊れた時に、俺はどうすれば良いんだ。

 この寂しさは、どうすれば消えてくれるんだ。


「俺を……見てくれ」


 1人は、嫌だ。

 本当に、嫌なんだ。


□□□□□□□□□□□□□□□□□


 ふと、頭に冷たいものが載せられた感触で目が覚めた。


「おはよう、蓮君。大丈夫?」

「……あれ、陽菜?」

「うん。葵さんから連絡をもらって、蓮君が風邪ひいたって」

「……それで、か」


 頭を動かして窓の外をみると、とっくに日が落ちて真っ暗になっていた。思っていたよりも眠っていたらしい。けれど頭が重い。悪化しているかもしれない。


「これが暁君に頼んでたスポーツ飲料。お腹空いてたら今からお粥作ろうと思うけど蓮君食べる?」

「……うん」


 暁君って一瞬誰かと思った。岳のことだ。

 岳のことを苗字で呼ぶ人は少ないから名前忘れてたわ。


「蓮君、さっきまでうなされたけど大丈夫?」

「……あ、ああ。大丈夫だよ」


 俺がそういった瞬間、陽菜の目が変わった。


「嘘」


 そして、陽菜が俺の手を握った。


「一緒に居て欲しいって思ってる」

「……うん」


 俺は陽菜に手を握られた瞬間、さっきまであった寂しさが溶けていくのが分かった。


「……一緒に、いて欲しい」

「当たり前」


 陽菜はそう言ってほほ笑んだ。

 俺はそれが、たまらなく嬉しかった。

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