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第02話 唯一の接点

「どうして俺の名前を?」


 自転車を押して家路につく。

 その後ろをトボトボと歩く七城さんに、俺はそう尋ねた。


「音楽の授業で、一緒でしたので」

「一緒でしたのでって……」


 確かに週1の音楽の授業はAクラスとBクラスの中でも、音楽の科目を選択した人たちだけが集まる。俺と七城さんの唯一の接点がその授業だが、だからといって別クラスの人の名前まで覚えるようなものなのだろうか?


「な、なら音楽のクラスにいる人たちの名前を全員覚えてるってこと?」

「いえ」

「……どうして?」


 こんなに自分の名前を知っているということを聞き返すというのも気持ち悪いかな、とか変な心配をしながら俺は尋ねる。


「あの……。変な話なんですけど」

「うん」

「似てるって、思ったんです」

「似てる? 俺と七城さんが?」

「はい」


 彼女はこくりと頷いた。


 いったい何が似ているのだろうか?

 俺は心の中で首を傾げた。


 確かに、先ほど公園で見た七城さんの顔は……昔の俺の顔に似ていた。

 親と切り離された、迷子の顔に。


「……そっか」


 だから、少しだけ納得した。


「あの。すいません、変な話しちゃって」

「いや、なんか分かる気がする」

「本当ですか?」

「うん。おっと、ここだよ」

「真っ暗……ですね」


 俺はかつて駐車場だった場所に自転車を止めた。

 そこにあった2台の車はもうない。


 両親が死んでから、祖父が売りに出したからだ。


「ああ。親がいないんだ」

「…………」


 ぴり、と少しだけ空気が張り詰めた。


「お仕事、ですか?」


 少しだけ警戒した様子の七城さんが聞いてくる。


「いや、死んじゃったんだよ。10年近く前に」

「す、すみません。変なこと聞いちゃって」

「別に良いよ」


 七城さんは頭を下げてくれた。


 俺はいつもの反応なので肩をすくめる。


「そこが洗面台だから、手を洗うならそこね」

「はい」


 七城さんが手を洗っている間にスマホを取り出してメッセージを確認すると、岳から『宿題見せて』とメッセージが入っていたのでガン無視した。


「七城さん、もうご飯食べた?」

「あ、はい。食べてから家出したので」


 と、彼女が言った瞬間。

 くぅ、と可愛らしくお腹が鳴った。


「食べる?」

「で、でも。そこまでしていただくわけには……」

「良いよ。そうは言っても、レトルトしか無いけど」


 俺はそう言って冷凍庫の中から冷凍のパスタを取り出すとレンジで温め始めた。

 袋をゴミ箱に捨てる時、七城さんがキッチンの中を見ていたのが伝わってきた。


「どうかした?」

「あっ、いえ。その……あまり、台所を使われている様子が無かったので」

「あー。まあ、レトルトばっかりだからね」


 俺はそう言って、苦笑い。


「学校行って、バイトして帰るとさ。料理を作る元気は残ってないんだよ」

「……バイトは学費ですか?」

「いや、生活費。学費は奨学金でね」

「し、親戚は頼れないのですか?」

「祖父母がいるけど、高校の学費は払わないって言われたから」

「そんな……」


 七城さんが息を飲む。


「別に、大したことじゃない」

「大したことですよ!」


 ぐん、と七城さんが詰め寄ってくる。


「どうして、平気なんですか!」

「な、何が?」

「この生活に決まってるじゃないですか! なんでそんな平気な顔をしてるんですか!!」


 七城さんは藍の瞳を震わせて、誰かに怒っているようだった。


 いや、怒っているのだろうか? 

 それとも、心配してくれているだけなんだろうか。


 そんな様子も、美人がやればさまになるのが凄いな。

 と思いながら、俺は口を開いた。


「仕方ないんだよ。七城さん」

「仕方ないって……」

「俺は高校に通えてる。それだけで、充分すぎるんだ」

「そんなことって……」


 七城さんはしばらく何も言わなかった。


 何も言わない間に、レンジが鳴った。


「食べようか」

「……はい」


 夕食はお互いに無言だった。


 俺は何を切り出して良いのか分からず、七城さんは何を言うべきかを迷っているように見えたが、本当のところは分からなかった。


 食べ終わって、コンビニ弁当の容器をゴミ箱に捨てるとお風呂を入れようと思って席を立った。そして、


「あっ」

「どうかしましたか?」

「い、いや。何でもない」


 問題に直面した。

 そう。風呂である。


 こ、この前綺麗にしたはず……!


 俺は走るように風呂場に向かうと、排水口やら風呂場に落ちている髪の毛やらを徹底して綺麗にした。それはもう、毛の一本も残らないほどに綺麗にした。


 祖父にマジギレされながら自分の部屋を片付けた時よりも、直前までバイトが入っており全く勉強できなかった定期考査よりも焦った。


 何しろ相手はあの七城さんである。

 下手に汚いところを残せない……!


 ということで、いつもの3倍の時間をかけて徹底的に風呂場を洗ってお湯を張った。


「お風呂、七城さんが先に入っていいよ」

「えっ!? い、いえ! 入らなくても大丈夫です!」

「身体、冷えてるでしょ」

「な、なら。秋月君から先に入るべきです。この家のあるじですから」

「主って……。それを言うなら、客人である七城さんが先に入るべきでしょ」

「……で、でも」

「着替えはジャージで良い? 俺の古い奴だけど」

「良いんですか?」

「良いよ。もう使ってないやつだから」


 確か衣装ケースの奥に入ってたよなぁ……と、思い出しながら俺は言った。


「あの、秋月君」

「ん?」

「ありがとうございます」

「別に、良いよ」


 俺は七城さんから感謝を伝えられて、嬉しかったのだけれど少しだけ気落ちする部分もあった。


 俺には、このくらいしかできない。

 そう、思ってしまうから。


「では、お風呂。先にいただきますね」

「タオルは脱衣室にあるやつ適当に使って」


 そう言って七城さんが脱衣室に向かうのを見届けると、俺はソファーに身体を預けた。


「はぁ……」


 目をつむると風呂場からの音が聞こえてきて、何だか自分がいけないことをしている気分になったので、イヤホンをつけて動画を見ることにした。


「やっちゃったよ……」


 イヤホンを付けながら、ひとり言をつぶやいた。


「……あの七城さんがウチに…………」


 スマホではお気に入りの動画投稿者の動画を流しているが、内容が全く頭に入って来ない。そんなことよりも、頭の中は『あの七城陽菜がウチにいる』という事実だけで一杯いっぱいだ。


「まさか来るとは……思わないだろ……」


 誰に聞かせるわけでもないひとり言を呟かないと、心臓が緊張で押しつぶされそうだった。

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