第13話 お願い
2人そろって同じ時間に家を出て、バス停に向かった。他愛のない話をして、バスを待っていると少しだけ遅れてバスがやってくる。バスの中にはそれなりに人がいたが、全部の席が埋まっているほど人で溢れているわけでもなかった。
「あそこ空いてるよ」
七城さんが後ろの方に空いている席を見つけて、すっと座った。俺はその横に立っていると、七城さんが服を引っ張った。
「ね。座らないの?」
「ん? ……ん」
……良いの?
と、聞きたくなったが、俺はそれをぐっと飲みこんだ。隣に座るのに許しをもらうのも変な話だ。俺は頷いて、七城さんの隣に座った。ゆっくりとバスが進み始める。休みの日の午前中ということもあって道はそこまで混んでおらず、すぐに映画館につくだろう。
「ね、秋月君」
「どしたの? 七城さん」
「ありがとう。我儘に付き合ってくれて」
「わが……なにが?」
俺は純粋に言葉の意味が分からずに聞き返した。
果たして彼女は一度でも我儘を言っただろうか?
「映画に行きたいって言って、連れてってくれるから」
「ああ、なんだ」
俺は七城さんの我儘が可愛いらしいもので、ほっと溜息をついた。
「そんなの我儘でも何でもないよ」
「じゃあ……なに?」
七城さんがいたずらっ子っぽく笑う。駄目だ。可愛い。俺は思わず息を飲んでしまった。彼女のその笑顔を見てしまうと、俺は駄目になる。ただでさえ良くない頭が溶けてしまう。
「お願い、じゃないの?」
「お願いかぁ」
あっているか分からないけど、とりあえず俺はこの状況に一番当てはまりそうな言葉を選んだ。映画を見に行きたいって我儘よりも、『お願い』という方が正しい気がする。
まあ、そんなものの正しさを選んだところで何の意味があるのかという話ではあるが。
「じゃあ、お願いを聞いてくれてありがとう。かな?」
「良いよ。そんなにお礼しなくても」
「なんで?」
ちょっとだけむすっとした声で、七城さんはそう言った。
俺はどう答えていいか分からなかったから、とりあえず正直に伝えることにした。
「だって……なんか。くすぐったいから」
「でも、私もありがとうって言わないと気持ちが悪い」
「あー」
確かにそう言われたら俺の負けである。
完敗。白旗でもあげよう。
「そういえば、秋月君は……」
バスが停止する。赤信号だ。
七城さんは聞きづらそうに俺を見る。
「彼女さんとか、いるの?」
「いないけど」
即答。それにほっとした表情を浮かべる七城さん。
何でよ。傷つくじゃんか。
「良かった。いたら彼女さんに悪いから」
「彼女がいたら、一緒に映画には行かないよ」
「確かに。そうかも」
でも、彼女がいないことは構わないのだ。
高校を卒業するまで彼女を作らないと決めているから。
せめて、大学に入ってから。それまでは、青春に蓋をする。
「七城さんはいるの?」
「いません」
これもまた、ちょっとだけむすっとした顔で答える七城さん。心外だ、と言わんばかりの顔である。
「私にいるように見える?」
「うん」
「なんで」
「何でって……可愛いから」
俺がそういうと、七城さんはちょっとだけ黙って……下を向いてしまった。
少しだけ顔が赤い。七城さんは肌が白いから顔が赤くなった時にすぐ分かる。もしかして照れてるのだろうか? 七城さんは可愛いなんて言われなれてそうだけど。
「可愛いと彼氏がいるものなの?」
そして、ゆっくりとそう聞いてきた。
「多いんじゃない?」
「じゃあ、秋月君も彼女さんが居てもおかしくないよね」
「なんで?」
「かっこいいし、優しいから」
「……………」
そう言って、ちょっとだけドヤ顔する七城さん。やり返したと言わんばかりである。俺はそれにツッコミを入れるよりも先に、七城さんに飲まれてしまって黙り込んでしまった。『かっこいい』、なんて面と向かって言われたのは初めてかも知れない。
それが気恥ずかしくて、ちょっと下を向いてしまった。
でも、1つだけ訂正しておかないといけないことがある。
「俺は……優しくないよ」
「優しいよ」
「……違うよ」
七城さんは俺の返答にしばらく考えていると、にやっと笑った。
「じゃあ、かっこいいことは認めるの?」
「……あい?」
変な応答をした俺はそのままフリーズ。安物のアンドロイド端末よろしく沈黙した。犬の性格は飼い主に似るらしいが、スマホの持ち主である俺はスマホに似てしまったのかも知れない。
と、頭の裏で現実逃避気味に考えてから、
「い、いや。だって……。かっこいいって、主観だから……」
「じゃあ優しいも主観だよ」
「………………」
はい負け。再びの敗北。俺はぐうの音も出ずに黙り込んだ。
というか、そもそも読書家の七城さんに一切本を読まない俺が言葉で説得なんて無理があった。最初から勝ち目のない戦である。
そもそも戦いなのかという話は置いておいて。
「……じゃあ、うん。そういうことで」
そして、渋々俺は七城さんからの評価を受け入れた。
「なんで優しくてかっこいい秋月君には彼女がいないの?」
そしてグイグイ聞いてくる七城さん。ちょっとキャラ変わった?
いや、もしかしたらこっちの方が素なのかも知れない。学校では抑圧しているだけで。
「彼女は作らないことにしてるんだ」
俺がそう言った時、少しだけ七城さんは表情をこわばらせてから、
「どうして?」
と、聞いてきた。
「だってほら、両親がいないことを伝えたら引いちゃうだろ?」
「引きませんよ。秋月君は頑張ってるから」
「ありがとう」
……本当にありがとう。
それはお世辞でも、言われるだけで救われた気持ちになれる。
「両親がいないことを伝えて引かれるから、彼女を作らないの?」
「どしたの。結構グイグイ来るじゃん」
「もっと自分を出していいって、秋月君が言ったんだよ」
「確かに。いや、彼女を作らないのはそれだけじゃないよ。俺はバイトで忙しいから遊べないし、時間も取れないから……」
「じゃあ、両親が居ないことを聞いても引かないで、遊ばなくても良い人なら彼女でもいいの?」
「良いのって……。それは別に良いけど、それって彼女の意味があるのかなって思うんだ」
「どういうこと?」
顔に『?』の表情を浮かべながら聞いてくる七城さん。
「だってさ。高校生だよ? 普通は遊びたいじゃん」
「そう、なの?」
「まあ、普通は」
普通じゃない2人で話しても意味ないか、と思いながら俺は続けた。
「なのに、遊べないのに彼女を作っても向こうに悪いから」
「じゃあ、秋月君は告白されても断るの?」
「そうだね」
俺は頷いた。
「逆に七城さんは告白されたらどうするの?」
「そんなの……人によるよ」
と、俺の方を見ながらそう言った。
「まあ、そうか」
そうだよな。すごく当たり前の回答だ。
むしろ、告白されても断るとか言ってる俺の方がおかしいという自覚はある。
しかし、噂によれば彼女はそれなりに告白されてきてるはずだ。
でも、全て断っている。果たして彼女のお眼鏡に叶う人はいるのだろうか。
そんなことを考えていると、ようやくバスが映画館に到着した。