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第12話 はじめて

「凄いことになった」


 暗闇の中、ベッドの上にもぐりこんで1人スマホをつつく。


「これは凄いことになったぞ……」


 つい数時間前のことだ。風呂に行こうと思って立ちあがったら、ポケットに入れていた財布が落ちた。仕方のないことだ。適当に入れていた俺が悪かった。問題はその後。財布に入れておいたペアチケットが外に出てしまったのだ。


 とは言っても、俺はその映画を見るつもりは無かったし、誘うような相手もいないのでチケットは捨てるつもりだった。だが、七城さんはそのチケットを見て何か考えこむように目を伏せたのち、


『一緒に行かない?』


 と、向こうの方から映画に誘ってきた。俺はもう意味が分からなくなって、流されるままに「良いよ」と言ってしまった。そりゃ、七城さんと行きたくなかったかと言われると嘘になる。というか大嘘だ。本音で言うと一緒に行きたかった。


 でもまさか向こうから誘ってくるなんて。


「気ぃ使われてんのかな」


 思わず呟く。あり得そうな話だ。

 遊びに誘う女の子がいない俺を見かねて映画に誘った……。


「いや、ないか」


 俺は自分の呟きをすぐに否定した。


 七城さんはそんな人じゃない。優しい人……というか礼儀正しい人ではあるけど、誰かを(あわ)れんで一緒に映画に誘うような人じゃない。


「映画見に行きたかったのかな」


 一番考えられる説として濃厚なのが、これ。

 七城さんはスマホを持っていないと言ってたけど、いつもクラスの女子たちに囲まれているから、この映画の話は聞いているはずだ。けど、親が厳しくて見られなかった。


 あるなぁ。あり得る。


 スマホの検索履歴には『女の子 映画 一緒に』とか、『映画 女の子 初めて』と検索履歴ばかりが積み重なっていく。でも、出てくる記事は同じようなものばかり。『女の子と映画デートに行くときの注意10選!』みたいなサイトばかりで、溜息をついてしまう。


 これは、デートじゃない。

 七城さんと一緒に映画を見て、ついでに少しだけ買い物して帰る。


「いや、デートじゃん……」


 どっからどう考えてもデートだった。

 

 だから慌てて岳に連絡を取ろうかと思ったけど、すぐに止めた。

 どうせ変にイジられて終わるに決まってる。


 けれど、インターネットの情報もいまいち参考にかけた。どうにも書いてあることが薄すぎる。もうちょっと濃い情報はないのか。


 でも、その時ふと頭の中で岳の言葉がリフレインした。『蓮は深く考えすぎだな』と。


 深く考えすぎ。もしかしたら、そうなのかも知れない。

 そうだ。何を深く考える必要があるんだ。


 ただ一緒に映画を見て、ちょっと買い物するだけだ。

 それだけじゃないか。


 そう考える様にしたが、一向に緊張は収まらなかった。むしろ逆に緊張が高まったように思えた。その日、とにかく寝るまでに時間がかかった。



□□□□□□□□□□


 いつもはアラームで目を覚ますのだが、今日はアラームよりも先に目が覚めた。時間は朝の六時半。1時間も早い起床だ。寝るのが夜遅かったというのに全く寝れない。だというのに、眠くも無い。


「緊張しすぎだろ、俺」


 思わず自嘲した。その時、扉の向こう側から階段を降りる音が聞こえた。七城さんだろう。もしかして、いつもこの時間に起きてるんだろうか? 早起きだな。


「着替えよ」


 いつもは適当な私服でだらだらと休日を過ごす俺だが、流石にこの日ばかりは適当な服で済ませられない。岳と一緒に買いに行ったそれなりの格好で決めないと、七城さんにも失礼だ。


 ……いや、そうやって人のせいにするのはよくないな。

 ただ、七城さんの前でカッコつけたいだけなのかも知れない。


「馬鹿らしい」


 自分に毒を吐いて、俺はさっさと着替えて階段を降りた。

 階段を降りた先にいたのは、初めてみる私服姿の七城さんだった。


「おはよう。秋月君」

「あ、お、おはよう」


 思わずどもってしまった。それくらい、私服姿の七城さんは新鮮でとても……可愛かった。


「七城さんはいつもこの時間に起きてるの?」


 どもってしまったことを誤魔化すように俺が尋ねると、七城さんは唇に指を当てて考え込んだ。


「この時間が多いかな。早起きでしょ」

「ああ。びっくりしたよ」

「今日は秋月君も早起きだけど、休みの日は早起きなの?」

「ううん。いつもは遅いよ。今日は……寝れなくてさ。楽しみで」


 ちょっとだけ欠伸しながら、俺はそう言った。言い終わった後、『なんて言った?』と自問自答したが、あいにくと覚えていなかった。


 ただ、七城さんは後ろを振り向いて慌てた様子で朝食を作ろうと取り組んでいた。


「今日は……映画だね」

「そう、だね」

「秋月君は映画をよく見るの?」

「全然見ない。最後に見たのは本当に数年前とかだよ。七城さんは?」

「私は初めて見るよ」

「初めて!?」

「そんなに変、かな……?」

「いや、変じゃないけど……。珍しいとは思う」


 高校生になって映画を見たことないというのはかなり珍しい。でも、彼女の家庭環境を考えてみれば、説得力が倍増するので俺はそれには言及しなかった。


「いまやってる映画は小説が原作らしいけど、七城さんは知ってた?」

「名前だけはね。本屋さんに行ったときに店頭においてあるから。でも、読んだことはないかな。あ、秋月君。お皿取って」

「どうぞ。そっか、じゃあ2人とも見たことないんだ」


 俺は少し安心した。もし七城さんが先に原作を読んでいたり、映画を見ていたら知っている話を何度も見ることになるからだ。


「周りの女の子たちが話してるのは聞いてたんですけど、まさか見に行けるは思ってなかったかな。ありがとね。秋月君」

「良いよ。俺のチケットじゃないし」

「ううん。もらってきてくれたのは秋月君だから」


 そう七城さんに言われると、俺は何も言えないから黙ってしまう。もらった時は岳に『ゴミを押し付けるな』と思ったものだが、まさかこうして七城さんとデートにいけることになるとは夢にも思っていなかったから、岳に感謝だ。


「今日のお昼はどうする?」

「向こうでなんか食べようよ」

「買い食い?」

「買い食い……とはちょっと違うんじゃないかな」


 七城さんは時々、ワードチョイスが周りとズレる気がする。


「あ、そうだ。映画館まで何で行くの? 自転車?」

「いや、バスだよ。直通のがあるんだ」

「調べてくれてありがとう」

「……どういたしまして」


 1つ1つ、感謝されるとどうにもくすぐったいなあ……と、思いながら俺は返事をした。

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