2−0.「この調子で動かしていきましょう。全てはあの人のために」
内職って気持ちいい。
星々の煌めく新月の夜にて、平原に立つ一つの影があった。
「生存者、ゼロ、と。白昼の往来で堂々と暗殺してさあ……後処理がしんどいんだけど」
『まぁ、仕方ないって。精神がまだ安定してないし』
「魂年齢そろそろ二十歳のくせに……」
愚痴りつつも仕事するあたり、仕方ないというのはわかっているようだ。
魔力線を通して聞こえてくる声の主に文句をぶつけながらも、仕事を終わらせる。
「っしゃあー終わったあ! いえーい自由ってサイコー!」
『まーた退化してるよ。っと、そろそろ隠れた方がいいかもね?』
叫んだ直後にそんなことを言われ、慌てて周囲を見渡す。
自分以外のモノの気配がないことを確認して、一息つく。
「……じゃあ、そろそろ切るわ。頑張ってな」
『言われなくとも。そっちこそ、怪しまれないようにね?』
その後、プツンと音を立てて通信は切れた。
最後に誰も見ていないことを確認して、ひとり呟く。
「その発言が既にフラグ」
どこからか杖を取り出し、呪文を唱える。
その数秒後、彼はその場から消え去った。
後には、満天の星空と、何もない草原が広がっていた。
◆
時は少し遡り、零が拠点を出発した頃のこと。
王都から馬車で一週間ほど離れた岩場に、一つのキャンプがあった。
「す、す、ス……スカルリーパー」
「パ……パパラッチは無しですか?」
「魔物じゃないから却下」
そこでは、3日ほど前に魔王軍幹部を倒した勇者たちがしりとりを繰り広げていた。
"魔物縛り"で、試合はもう終盤。知識が試される場面である。
「あ。んー、寄生虫、ですかね」
「と……トってある?」
「ありますよ」「ある」
「えー……」
一人の友人を手伝いに送り、三人は一番の大役を譲り合っている。すなわち、帰還時の演説というとてつもなく面倒くさい役を。
「トレント、じゃないトイ系も行った、後は……」
悶々と考えている友人を待っていると、テントの入り口付近から声が掛けられた。
「馬車の準備が整いました。このテントもじきにたたみますので、準備の方をお願いします」
「わかりました。すぐに出ます」
向こうに素早く返答し、幼馴染に声をかける。
「はーいお疲れ様でした。対象者は勇樹でーす」
「だぁあああああ! くっそ負けたー!」
体を投げ出しなげやりになる勇樹。この北川勇樹という幼馴染は、オーバーリアクションと一発芸に定評がある。今回もうまくやってくれるだろう。
「ほら勇樹、ここはもう出ますから起きてください」
「へーい……」
なんだかんだ言いつつも負けたからにはちゃんとやる。責任感は妙にあるので他人から慕われやすいのが勇樹のいいところだ。
そんなこんなで支度を終わらせてテントから出る。約一週間滞在したこの"スフィル岩場"ともお別れだ。
ふと、一羽の小鳥が目に止まった。地面に降りていて、青い体に一本の白い線が縦に入っている。
ジッと観察して確信すると、高速で弓に矢をつがえ、撃ち抜いた。
小鳥はすうっと消え、矢がそのまま地面に突き刺さった。
地面に突き刺さった鏃を引き抜き、矢を矢筒に戻す。この世界はゲームではないから、矢は重力に従うし使い回しが可能な部位もある。
「何かあった?」
先に行っていた友人が戻ってきていた。
拡散した魔力を感じたのだろう。
「ええ、使い魔が一匹。あんまり魔力も残っていなかったので、偵察用の使い捨てかと」
「ん。行こ。待ってる」
「了解です、千輝」
清水千輝、女性の方の幼馴染。言葉を省略して伝える癖があるが、何故か伝わる。何にも臆さない精神の持ち主で、コミュニケーション能力が高い。
彼もまた、この濃いメンツに似合うほどの、濃いキャラである。
二人は馬車に乗り込み、程なくして馬車は出発した。
◆
馬車に揺られて、小一時間。
「えー、クイーンアント、です」
「またトぉ!? えーっと……」
必死で考える勇樹を嘲笑うように時は過ぎ──
「……はい、五分経過。勇樹の二連敗ですね」
「なんで一人増えたのに負けるんだ……」
「それは、勇樹さんの運が悪いとしか……」
「瑞希、これに必要なのは運じゃない。作戦」
鐘平瑞希、大企業『リンベルコーポレーション』の令嬢でありクラスメイト。彼女に関して語れることはあまりない。せいぜい半年程度の付き合いだ。そして、唯一の「普通の人」である。
先ほどは罰ゲーム回避のために撤収の手伝いをしていたのでいなかったのだ。
その瑞希のフォローを千輝が粉々にしたところで、勇樹が呻く。
「で、『ト』って何かあるわけ……?」
「“トゥーン”シリーズがまだありましたよ」
「あ、あああー!! それかー!」
わざとらしく突っ伏す勇樹。他の三人からは失笑(または嘲笑)が漏れる。
二連罰ゲームを課せられて絶望する勇樹を放っておき、話し始める三人。
六分経った。
……ふと、懐かしい気配を感じて、南東の方を見やる。
そちら側にあるのは、一つ。年中暗い、あの森だ。
「どーした? 勝人」
紅城勝人。勇樹と千輝の幼馴染であり重度のネットゲーマー。そして、とある異質な特技を持つ彼は、一抹の不安と希望を胸の内にしまい、勇樹の問いに答えた。
「少し。向こう側に似た気配を感じたもので」
新米に悟られないよう言葉数を少なくして会話する。
この少女は光の側にいる。少なくとも、十五、六歳の本業は学生だと信じ込んでいるくらいには。
「そーか……どっちに行くと思う?」
「こっちですかね。パレードの最中にでも探しておきます」
「サボらない。一律全員が出席すべし。特に舌が回る奴」
面倒くさい任務を合法的に抜け出すことに失敗した舌がよく回る奴は、愛想笑いを浮かべてやり過ごす。
そんな勝人と対照的な顔を浮かべているのが勇樹だ。
少ししんみりしたような、物憂げな表情を浮かべている勇樹を心配して、勝人が声をかける。
「勇樹? どうしました?」
勇樹は二、三度瞬きをすると、歯切れが悪い答えを返した。
「……あ、いや、罰ゲームどーしよっかな、って思ってさ」
「回文ギャグでも作ったら」
「むずすぎるだろそれ」
千輝のセリフに反射的にツッコんだ勇樹。その後「駄目だ」「やり直し」などと呟いているあたり検討しているのだろう。ツッコんだのに。
妙なこだわりを見せる勇樹、この世界に来てさらに口数が少なくなった千輝、周りに溶け込んでいるようで本音を巧みに隠す勝人。
「あー、できたけど通じない。やり直し」
この世界に来て半年。未だ、馴染んでなどいなかった。
◆
とある豪華な一室で。
「気付かれたわね。まぁ、無理もないけれど」
小鳥を放った張本人は、目を潰されても、余裕の表情を浮かべていた。
魔族にあるような角も尻尾もない。獣人のような耳もない。至って普通の形の耳だ。
けれど、明らかに、「人間」ではなかった。
「あの子は勘がいいから、次からはもう少し隠していきましょうか。……それと、レイにはちゃんと伝わったかしら」
呆れるほどに察しがいい知り合いの顔を思い浮かべ、思案にふける。
アヤがいい方向に動かしたようで、コッチに向かってきている、と偵察組から報告があった。
「あの一瞬で気付くのがレイだから、問題ないとは思うけれど」
零の様子を遠巻きに観察していた小鳥は、彼女が放ったものだった。
それで伝わるほど、零は異常に察しがいい。
察しが良くなければ、ゲームの世界とはいえ「王」の位置には着けない。
「この調子で動かしていきましょう。全てはあの人のために」
次回からが本番。今回まではプロローグ。