1‐11.「……勝手にしろ」
すいません遅くなりました。
それと今年は受験期なので投稿頻度が落ちます。ご了承ください。
かれこれ、数十分はこうして睨み合っている。
「……」
「……」
長すぎる紫の髪、綺麗な空色の軍服(もちろんオーダーメイド)と赤青のリバーシブルマントに身を包んだ、冷気も暖かく感じるような視線と無表情が武器の少年──すなわち、零と。
白色と背中の水色の毛、そして深い黒色の瞳を持つ、粘り強さとつぶらな瞳が武器の雷獣──すなわちアヤが。
お互い一歩も譲らぬ気迫で、静かな喧嘩をくり広げている。
言葉を発さないのは、口撃で決着がつかなかったからである。
堂々めぐりの論争の末、視線喧嘩で決着をつけることになったというわけだ。
「……」
「……」
無口無表情気温低下攻撃VS最強の定番ことつぶらな瞳攻撃の激戦は、根負けした零が目をそらしたことにより終わった。
零が目を戻すと、アヤのつぶらな瞳が真っ直ぐに見つめ返してくる。
……どうやら、譲る気はないようだ。
『レイ様。勝ちましたので許可をいただきたいと思います』
零は深いため息の後。
そう主張するアヤから視線を微妙に逸らしながら。
およそ常人には聞こえないような小さな声で、ポツリと呟いた。
「……勝手にしろ」
付き合いの長い人が見れば、それが彼なりの"デレ"であることが分かっただろう。
恐ろしいほどに自らの感情表現が苦手な零は、意見の衝突の際、素直に相手の意見を受け入れることができない。
それは、ツンデレの証拠でもあり、帝王の証でもある。
帝政──個人の意見でなければ、零はその能力を発揮できないから。
そして、その性質を理解していたアヤは。
『ありがとうございます』
素直にお礼を言い、零の前から去っていった。
おそらく、今日も来ているあの二人を迎えに行ったのだろう。
寝ぐらにしていた洞窟はもう封鎖してしまったので、新たな寝床である木の上で喧嘩を繰り広げていた。
アヤの方へ向けていた視線を切ると、零は寝返りを打つ。
バランスの悪い木の上だというのに、落ちるどころか木が揺れさえもしない。
ただ、零の身につけているマントだけが、重力に従ってパサリと落ちた。
暗く黒い森の天井へ目を向けた零の脳内には、とある思考が渦巻いていた。
(……変わって、ない、か)
前世と変わらぬ動き。変わらぬ音。
零が、積極的な行動をためらう理由がここにある。
(……結局は。何も、変わっていない)
零の能力は、ゲーム……つまり、上限のある世界から来ている。
ゲームであるのなら、どんなに暴れても、世界は壊れない。壊れる前に、落ちるから。
だから、自らの全力を振るうことができる。
けれど、ここは現実だ。
世界に上限がないということが、零を止める。
少し力を入れれば、壊れてしまうのではないか?
振るう力に、世界が耐えられるのか?
そんな思いが、零をためらわせていた。
現実の体のまま異世界にこれたのなら、そんな悩みはなかっただろう。
──力を振るわなければ、世界に影響が出ることはない。
いつからだろうか。
零が、そう考えるようになったのは。
思うように行動できるこの世界で。
全力を出せば、魔王討伐など一週間程度で終わってしまうというのに。
零は、未だ最初の地から出ていない。
これが普通の人なら、同じ魔法を与えられただけの人なら、力に溺れるか、威力を知らず使うのだろう。または、力を封印するか。
しかし、その便利さを、扱い方を。
何より、制御の仕方を。
知ってしまっている。
(……別世界に来ても、変えられない。自分でさえも)
先日の、調整ミスが再生される。
もっと大規模に、あれが起こったら?
零の実力ならそんなこと起こるはずがないのだが、影響を過度に恐れるあまり、現実をそのまま認識できないでいる。
もとより、零の制御は完璧だ。
状態変化を操る腕はもちろん、それに付随するエネルギー操作、風による探知など、誤差をも制御するほどの実力を持つ。
それは、感情による変化があまりにも少ないから。
それが揺らぐのは、感情が揺れた時。
すなわち──
「もう、変わらない。何であっても」
──トラウマの再生。「他人」がいると"恐怖"したときだ。
◆
普段は全く訪れない、森の浅い場所にて、アヤは人を待っていた。
初めて零の意思に逆らい、粘り勝ちをして二人の幻惑解除の権利をもぎ取った。
幽閉の森の結界調整を済ませ、木の上へ登る。
幽閉の森は中にいるモノを惑わす森。といっても、中に暮らしている動物たちが迷ってしまっては意味がない。
そんなわけで、幽閉の森の結界には効果調整機能が付いている。
その機能で、零たちは迷わない。……のに、持ち前の方向音痴が邪魔をする。
そればかりは本人の問題なので、アヤにできることは道を教えることくらいだ。
(レイ様は、本当に……似ていますね)
思い出すのは、初代の姿。
お調子者で、よく笑い、よく強がる人だった。
行き場のない仲間を、保護してくれて。
あの人にも、やることはあるはずなのに、私たちのやりたいことに付き合ってくれた。
……分かっている。本当は。
あの人が、人間に絶望してたってことくらい。
行き場のない怒りを抱えていたことくらい。
それでも、あの人は笑っていた。笑っていながら、悲しんで……憎しんでいた。
『ごめんな……さよなら』
最後に聞いた声は、悲しみに満ちていた。あんな声は、初めて聞いた。
もう、悲しませない。
自らの主人に喜んでもらうことが、雷獣の生きがいだから。
だから、この道を進む。
世界に主人を認めてもらうために。
当代が、安心してこの世界で暮らせるように。
二人分の足音が聞こえる。どうやら、待ち人が近くまで来たようだ。
登っていた木から降りて、二人を出迎える。
「……アヤさん? なんでこんな浅い場所に?」
Sランク冒険者、アンリとセンリ。
双子の渡り者が、アヤを見つめ返していた。