1‐10.「気を付けろ。情報は出所が命だ」
遅くなりました。少し短めです。
もう関わることはない。
とでも言わんばかりに、話が終わるや否やアヤはどこかに行ってしまった。
おそらく、レイ様とやらの元へ向かったのだろう。
センリは雷が走った方向へ顔を向け、直ぐに戻した。
別に、あの雷獣を捕まえることが任務ではない。
それに、雷獣の体毛には毒があり、触ると思考低下などの状態異常を引き起こすとされている。このことを知らないのは人間くらいのもので、割と有名な話だったりする。
そんなセンリの行動を気にかけてか、アンリが多少控えめに尋ねた。
「センリ、まだ気にしているです?」
「……うん。本当に、四天王……それも第二位が、来るのかな」
アヤと話して手に入った情報は、レイ様のことだけではない。
世界の危機や勇者についてなど、センリたちの想像も及ばないところまで、聞くことが出来た。
そこには、魔王について、などの簡単には信じがたい情報もあった。
それが、魔王軍四天王第二位・空操魔族が、現在滞在している街に襲来してくる、という情報。
空操魔族は、自身の周りの空間を丸ごと操る、チートじみた能力を持つ。
魔族の種類は、獣人より多いと聞く。絶対数を種族の多さでカバーした形だ。
その中でも、空操魔族は、弱点が無いと噂される種族。
そんな大物が、自ら人間の街にやって来る、という。
「来ると考えて準備するです。もう少し情報は必要なのですけど」
「……わかった。とりあえず、報告」
センリは、アンリの言葉に頷き、街を目指して歩き始めた。
森の中に戻る途中、一度だけ後ろを振り返る。
森の奥で、何かが光ったような気がしたが、結局何もわからなかった。
◆
二人が森から帰ると、ギルド内は既に大騒ぎだった。
喧騒で何を言っているのかよく聞き取れなかった二人は、依頼達成のついでに、受付嬢に聞くことにした。
「……はい、ご協力ありがとうございました。ギルドマスターがいらっしゃるまで少々お待ちください」
「あの、何でこんなに騒がしいです?」
「ああ……実は、この街に宣戦布告があったんです」
「「宣戦布告(です)?」」
それは、もしかして。
二人の頭に浮かんでいる答えは一致していた。
「はい。魔王軍四天王第二位から、『幻獣を全て解放しなければ人間を全て殺す』と……それに応じなかったので、まずはこの街の人間から、と」
幻獣はその能力に目を付けられ人間に捕まることがある。この国、スヌト王国はそれが顕著で、捕まえた幻獣の数は二桁に昇ると言われている。
そして、幻獣がいるといないでは人々の生活に大きな影響を与える。自分の生活が脅かされると考えた王国の上層部が素直に応じるはずもなく、最初はこの街が対象になった。
「……バカばっかり」
「仕方ないです。頭が固いですから」
ため息をつく二人に、苦笑する受付嬢。
否定をしないのは、心の中では同意しているからか。
そうこうしているうちに事務員に呼ばれたギルドマスターに呼ばれ、二人は防音機能の付いた応接室へ入った。情報漏洩防止のため、また人目を避ける依頼の報告などのため、こういった部屋が用意されているのだ。
「それじゃあ、報告を聞こうか」
席に着くなり、ギルドマスターはそう言った。
二人はかわるがわる、レイ様について報告をしていった。
名前について──「レイ様」と呼ばれていたが本名は不明。
外見について──見たことがないような無表情、オーダーメイドらしき服とマント。
能力について──魔導の我流、つまり魔術を扱う。炎と氷に関係があるらしい。
報告し終わったのは、この部屋に入ってから十五分程度経った後だった。
「……そうか。詳細な報告、感謝する。報酬は三割増しにしよう」
思わぬ多額の追加報酬──追加報酬はおおよそ一割り増しが普通である──に、アンリの目が輝く。その横で、センリがため息をついた。
アンリの金好きは有名だ。そして、浪費家なことも。
二人がいつまで経っても拠点を持たないのは、持たないのではなく持てないからなのかもしれない。
二人を苦笑しながら眺めていたギルドマスターが、ふと真顔になった。
情報を書き留めたメモとにらめっこしつつ、呟く。
「……あれ? 雷獣に毒なんてあったか?」
その言葉を聞いた途端、二人の動きが止まる。
お互いに顔を見合わせ、目線会話を繰り広げたあと。
「……ぶ、文献で」
アンリの目力に負けたセンリが苦し紛れに答えた。
「……そうか」
ギルドマスターからどこの誰が書いた文献か聞かれなかったことにホッとしながら、これ以上ボロがでないように応接室から退室しようとする二人。
「あぁ、ちょっと待て」
まさか、出所を聞かれる──という心配は、杞憂に終わった。
メモをまとめたギルドマスターが席を立ち、二人に近づく。
どうやら依頼書を渡してもらうのを忘れていたようだ。
報酬三割増し、と書かれた依頼書を受け取った二人に、ギルドマスターが忠告した。
「気を付けろ。情報は出所が命だ」
人間らしい黒の髪をかき上げ、ギルドマスターは去っていった。
二人は、ギルドマスターとは反対方向、受付がある方に歩いていった。
ギルドマスターの長い耳が、彼らの脳内に焼き付いて離れなかった。