0.『オレが帰るまで、死ぬな。……報告書、書いとけ』
初めましての方は初めまして。見覚えがある方は今作もよろしくお願いします。リディリエルと申します。
今作はプロットぶっ壊れによる打ち切り作の「黒歴史チート勇者」のリメイク作品となっております。
リメイク前を読むとわからなくなると思うので読まなくていいです。
リメイク前の作品から来たという方は楽しんでいってください。
わざわざリメイク前も読んだよと言う方は違いを楽しんでいってください。
では、創めましょう。
俺の親友、真白 零は、紛うことなきツンデレである。
二つの相反した想いを持つ、矛盾した存在──ツンデレ。
矛盾しているからこそ、あんなことが起こるのだ。
◆
俺は走る。六月の蒸した気候が、風となり肌を撫でる。自転車があれば楽だったが、あいにく、自転車は修理に出ている。帰還予定は一週間後だ。
止まっているように感じる景色を駆け抜け、ただ親友のもとへ急ぐ。
自分の駆動音はまだ生きている。耳じゃない、自分の内側から聞こえてくる声を信じ、ひたすらに走る。
軽くだが準備運動はしてきた。それに、もともと体力はある方だ。速度こそ無いが、持久走は速い方だった。
幾度となく感謝をしてきたこの体だが、こんな時は、この体が恨めしい。
人通りの少ない道を選んで抜ける。たまにすれ違う人々がびっくりしたようにこちらを見てくる。スマンな、急いでるんだ。
漂ってくる臭いを振り切って、人の流れを遡り、目指すはただ一か所、親友の病室。
病院に着く。裏口に回り込み、いつものように乗り越え、特別病棟へ急ぐ。面会は、最初から受け付けられていない。それに、表向きには、患者すらいない。
音を立てないように非常階段を駆け上がり、四階のドアを開く。
四〇四号室。縁起が悪いとしか思えないその部屋は、何の意図があるのか監視カメラの「死」角に存在する。……本当に、縁起が悪い。
いつも通り開いているドアから中に入る。音を立てないことも忘れない。
中には、ベッドが一つ、机が一つ。電気はついておらず、窓はカーテンが閉まっていて、薄暗い。
ベッドサイドには、VRマシン。没入型の、俺が零の両親を説得してプレゼントしたやつだ。
その隣には、ノートパソコン。既に開かれていて、ディスプレイにはデータの移動が完了しました、と表示されている。よく見ると、USBが差し込まれていた。
さっきまで操作されていたのだろう、パソコンは、零の方を向いていた。
そして、部屋の主は──動かなかった。うつ伏せで、顔は見えないが、起きていないのは明らかだった。
そっと、手首をとって脈を計る。一分経って、二分経っても、一回も動きはしなかった。
名前にそぐわない黒の瞳はもう開かない。その四肢が命令を受けることも、表情筋が仕事をすることも──。
手遅れ、だった。
カーテンは閉まっていたが、窓が開いていたようで、俺の目の前に風が吹いた。伸びっ放しの長い髪が、主の意思も聞かず動く。カーテンの隙間から光が差し込み、向こう側に太陽を覗かせる。
夢なら、どんなによかっただろう。
ここが、VR空間であれば、どんなによかっただろう。
ログアウトして、また死んだよ、別ルート探してみようか──なんて、言えればよかったのに。
いつもの通りには、もうならない。二度目なんて、とても。
三年間。俺と零の、VR──シンクロオンラインで過ごした時間。
俺にとっては、短い。けど、零にとってはあまりにも長い、あの激動の日々。
零に、どれだけの変化をもたらしらだろう。
今となっては知る由もないが──一つ、言えることがある。
零にとって、シロオン(シンクロオンラインの略称)は、文字通り、世界だった。
病室に生きている現実より、現実らしい、生きられる世界。
あの日々が、あの日々だけが、零の生活している時間だったのだ。
俺はもう一度、零からのメールを見る。
遺書と変わり果てた、俺の走るキッカケとなったメール。
──────────
オレの親友に託す
現世の箱庭ひとつだけ
砂から出るは機器か金
遺産の在処は電紙の中
金星月より都にて待つ
この座は全て勝者へと
荷物積みしは人の身へ
ネズミを潰すは王命に
昔の誓いは借りとして
留守を任せて旅とする
──思い出せ、原点
我が都は永遠と共に
──────────
盛者必衰──全ては永遠でないことを知っていてなお願う、「永遠」。
誰が、と聞かれたら、俺はこう答える。──「帝国住民。全員だ」と。
零の興した、帝政ではあるが民に優しい国。ゲームだからこそできる国。システムではあるが、NPCも、プレイヤーも仲が良かった国。
主は、もう居らず。残されたのは、何も知らない者たち。そんな彼らを、大切に、国宝より、自分より重視していた主は──。
気付けば、涙が零れていた。
「……っ、なんで……零の……前じゃ」
──泣かないと、決めていたのに。
そこから先は、言葉にならなかった。三年間の、零と過ごした記憶。零の中二病期。そして、もっと前。まだ、二人とも健康だった頃の──
零の前だから。自分より生の短い零に、謝らせたくなくて。零のせいじゃない、けど絶対に自分のせいだと言うあのツンデレ帝王様に、生きてもらいたくて。
涙は見せない、そう決めていたのに。
せき止めていたモノが溢れだした。懐かしく、戻れない記憶。そして、全てが変わった、あの記憶も。
想いは涙に、言葉は記憶に。些細な出来事などどうでもいいくらいに、小さな決断など吹き飛んでしまうくらいに、全てをぶつけて、泣いた。
──そうして、どのくらい時間が経っただろう?
零はいない。いなくなった。けれど、時間は過ぎていく。
世界の停滞は止まり、今日が記憶に刻まれる。六月二十三日、零の十八回目の誕生日。俺の誕生日から二ヶ月程過ぎた、梅雨の季節。
未練がない、と言えば嘘になる。けど、自分は、あの方の部下。御命令は、自分の感情より優先される。あの国は、帝政だから。
そうして、折り合いをつける。
いつか再会したときに、最高の成果を報告できれば。最上級の”デレ”が見られるだろうか?
そんなことを思いつつ、放ってあった段ボールに形見を詰め込む。コレも、何度片付けろと言っただろうか。
机の上に、何かが置いてあるのが見えた。
近寄ってみると、それは、白い紙だった。
裏返してみた。
そこに書いてあったのは、辞世の句。
遺書と呼ぶには短すぎる三十一文字。
遺書と呼ぶには、重すぎる一文だった。
粗方の整理を終え、段ボール箱を抱えて病室を出る。来た時よりも、部屋は暗く、荷は重くなっていた。
去り際、零の声が聞こえた気がした。
『オレが帰るまで、死ぬな。……報告書、書いとけ』
「かしこまりました。帝王様も、ほどほどに」
俺は空耳にそう返事し、来た道を戻り始めた。空は、零が文句を言いそうなほどの快晴。
ああ、やはり陛下はツンデレだ。
ちなみに、次の日は台風だった。
『冷えた手は 紅く汚れて 恐れられ 滴り落ちる 薔薇色の水』
──レイアース・ヒュドール……真白 零
◆
──こうして、王は旅立ち、従者は後を継いだ。
遺された人形は焼かれ、土に還った。
では、もうひとつの人形はというと──。
最初に言っておきます。
不定期投稿です。
ちなみに本日は三話更新します。