存在しないはずのもの
お題:とてつもない男の子
必須要素:MD
制限時間:15分
「それ、なんていったかしら?」
「えーっと、なんだったっけな。たしかMDっていうやつ」
「ミニディスク、でいいの?」
「詳しい事はわかんないよ。ただ、曲を入れるのに使ってる人が当時は多かったみたいだ」
廃屋と言って差し支えのない、瓦礫の山の中の小屋。ぼさぼさの髪と分厚い眼鏡の少年が、数多の差込口がある大きな機械にMDを挿入する。
「ほら、音楽が流れてきた」
「これ知ってるわ。大昔の人気曲の一つね」
「へえ、好きな曲?移そうか?」
「好きになりそうだけど全体を聞いたことはなかったから、お願いするわ」
私は自分の腕を彼に差し出して、記録装置への読み込み用のコネクタを露出する。
音楽データとともに、私が他の仲間に彼を差し出さないようにするための命令と、曲を手に入れた過程のカバーストーリーを入力される。
私はそれを受け入れて、何事も無かったかのように廃屋を出た。
(こんな命令を受けなくたって、彼のようなとてつもない男の子を失いたいと思うわけはないのに)
思ったことは、口には出さない。私だって、この世界を生きる新世代だ。
旧世代……炭素生命の人間が生きているということが、それだけで大事なのは理解している。
旧世代が生み出した情報生命が、情報の世界から旧世代の生きていた物質の世界へのリンクを手に入れて100年ほど。
死んだはずの人間がまだ生きていることが知れたら、彼はどうなってしまうだろう?
それを考えると、新世代にはないはずの恋心というものが、ひどく傷んだような気がした。