転生前の遣り取り
「$%+>€#+さん、あなたは死んでしまいました」
「はぁ、そうですか」
真っ白な空間で告げられた事実を俺は、大した感慨もなく、受け取った。
正面に立つのは、権天使の階級にあると名乗った二対の翼を背に広げる絶世の乙女だ。名乗ったとはいえ、人の聞き届けることができるような発音ではなく、便宜的にメタトロンと呼んでいる。
そもそも、死後の俺は個人記憶に著しい欠損があり、自分の名前も把握していない状態で、自分の死など他人事以外の何物でもない。この欠落状態のために、先程の呼び掛けにあった名前も聞き取ることはできなかった。
「それでどうなるのでしょうか?」
「はい、あなたの死亡事態は、運命の書の規定通りであるため、問題はないのですが、あなたを担当した守護天使が死後の諸々の処置をミスりました」
「え?」
「そのため、あなたの個人記憶に著しい欠損が発生。記憶を元に、罪業診断等を行うため、その手続きが停止。天国にも、地獄にも、連れて行くことができません」
「ん??」
なんか、地獄とか不穏だなと思いつつも、守護天使の報告書で充分ではと問い掛ければ
「原則、罪業診断は当人の記憶によってのみ行われます。これに例外はなく、なんらかの理由で記憶が欠損した場合は、天界法、第七千八百七十二条により、新たな人生を歩んでもらうこととなっております」
「はぁ?」
「なお、条項の制定理由は、隠れ堕天使による不正予防となっております」
「それで、その担当の方は、堕天使だったので?」
「いえ、ただのおっちょこちょいです。見守ってきたから、天国行きでいいよね!と即断して、役所仕事を放棄して、記憶の白紙化を実行したようです」
「へぇ」
どうやら、俺は一応、まともに生きていたらしい。でも、天国行きでなんで、記憶の白紙化?
「天国というのは、輪廻転生待機場所ですので」
「なるほど、それで新たな人生というのは?」
「そのままの意味です。ちなみに、あなたの人生でなければならないため、残留した記憶を保持した上での人生です。あなたの世界は文明が成熟しており、戸籍管理等がなされていますので、もっと乱雑な管理がなされている異世界にご案内いたします。こちらの不手際ですので、多少の融通は効きますが、何かありますか?」
「はぁ、それでは世界の終末まで、永眠して過ごしたいですねぇ。それで、生命たちの見る夢世界で、好き勝手に生きて、時に天使のお告げを、時に悪魔の囁きなどして、気楽にやっていきたいです」
率直な我儘を口にすれば、メタトロンさんはとても表情豊かに、口角を痙攣らせ、目蓋を痙攣させました。
何故でしょうか?
「……えっと、それは夢魔の類になりたいということでしょうか?」
「そうなるんですか?じゃあ、それで」
「あなた、天使の前でよく、そんなことが言えますね。夢魔は悪魔の一種ですよ」
「そうなんですか。ベルフェゴールとか、好んでましたね」
「あの豊穣神を好んでいた……?信仰していたとかじゃなく?」
「はい、そもそも、信仰心の薄れた国の人間ですし。神仏悪魔、超常たちは創作資料でしかなかったですね」
「むぅ、何ということ。目の前の実物を見ても、そんなことが言えるとは」
「いや、あなたが天使を自称してるから、メタトロンさんと呼んでいますけど、私からすれば、天使か、悪魔か、神か、仏か、それとも、神と同位次元のよくわからない何かかなんて判別つきませんからね?」
「そ、それはそうですが、この神々しい翼を見ても、それを言いますか!」
「擬態する生き物なんて珍しくないと思いますよ?あと、俺の魂が自己防衛反応で、あなたの姿を決定している可能性だってありますし?あっ、髪撫でても良いですか?」
「何ですか、唐突に、まぁ、はい、い、良いですよ。少しだけなら、この地上にはない手触りで私を天使と認めなさい」
若干、頬を紅潮させ、メタトロンさんが絹糸の如き黒髪をこちらに向ける。
俺は無遠慮に近づき、頭を撫でるように、手の甲でその髪に触れた。
「おぉ!これは落ち着きますねぇ。うんうん、スッと抜けるようなこの手触り。まさに天女のような滑らかさ。ほのかな温もりが素晴らしい。あっ、ついでに、首筋を甘噛みしても?」
「だ、ために決まっているでしょう!!な、何言ってるんですか!!この変態!」
「いやぁ、だって、もともと第二の人生とか乗り気じゃないですし、このまま魂消失で良いかなぁと、あと、わりと一目惚れなので」
「む、むぅ」
不満げに頬を膨らませるメタトロンさん。
消失を天秤にかけての告白?いえ、これは罠よ、きっとベルフェゴールの差し金なのよ、とかぶつぶつと言っている。
その様子はとても無防備に見え、思い切ってカプッと甘噛みしてみた。
「ヒヤッ!!?」
「うまうま」
「ちょっ、何やってるんですか!食まないでください!ひゃっ!舐めるのもダメです!!離れなさい!」
一通り堪能したので、手痛い反撃を喰らう前に退く俺。顔面をこれでもかと紅潮させたメタトロンさんは、アウアウと口を開け、呆然としている。
死んだからか、開放的になってんな。と自己分析をしてみたり。
「それで、メタトロンさん?」
「ひゃっい!?えっと、何ですか?」
「俺、どうなるんですか?」
「むむぅ、なんかバカバカしくなってきました。確か、魔王職の席が一つ空いていたはずなので、そちらで怠惰の魔王でもやって、人類の停滞に刺激を与えてください」
「なるほど、勇者と魔王による流転システムですか」
「えぇ、まぁ、世界によっては、本物の悪魔が暗躍してたりしますが、あなたが就職するのは、こちらで管理してあるまぁ、嫌われ役みたいなもんです」
「そんな役回りですよねぇ、でも、不満の捌け口がないと、みんな腐っちゃいますもんねぇ」
「えぇ、その通りです。と言うわけで、功績を積んで、天使に魂の次元を昇華させてください。そのあとなら、その、こ、こ、こ……」
「こ?」
「こ、恋人になってあげなくもないです」
「はぁ、先は長そうですねぇ。心変わりしてしまいそうです」
「なっ!!仮にも、あそこまでしておいて、責任とって下さい!!この野郎!」
その後、天界で、祝福の鐘の音が聞こえたとか、なんとか。