8 カラオケ・クラスター
午後7時。
コロナちゃんとロックダウンくんはカラオケ・クラスターに来ていた。
「私、一度でいいからカラオケに行ってみたいの。月に一度、施設に来ていた歌の先生が言っていたのよ。外の世界では、若者たちはみなカラオケに行くのだって。そこは歌うことの喜びにあふれた夢のような場所だって聞いたわ。私、昨日施設を出て、最初にカラオケ屋に向かったの。でも、16歳未満は保護者の同伴が必要だとかで入れなかった。ロックダウンくん、もちろん一緒に行ってくれるでしょう?」
コロナちゃんの脅迫的な懇願を前に、ロックダウンくんに断るという選択肢はなかった。
ロックダウンくんの実年齢は不明だった。
偽造マイナンバーカードに記載された生年月日によれば、2018年生まれだから、公的には16歳ということになる。
ぎりぎり成人に達しているから、カラオケ屋の入場も問題はない。
そんなわけで二人はカラオケ屋に来たのだった。
感染症の流行が始まった当初、密閉空間で複数人が大声を発するカラオケ屋は、集団感染の温床になると目され、強く営業自粛が求められた。
少なくないカラオケ屋が閉店した。
いくつかのカラオケ屋は、一人利用のみを許可する、リモートワーク場所として貸し出すなどの対応を行い、営業をつづけた。
結局、大人数をひとつの部屋に押し込め、順繰りに歌を歌わせるといった従来のカラオケのスタイルは下火になった。
2034年の現在は、独自の進化を遂げたカラオケが人気を博している。
大手カラオケチェーンであるカラオケ・クラスターでは、グループ客もひとりひとり個室ブースに案内される。
連携したブースの音声と映像は、各ブースに設置されたモニターを通して確認できる。
他のブースの音声はいつでもオンとオフが切り替え可能だ。
たいていのグループ客は、最初の数曲ずつは他のブースの歌に耳を傾けるものの、途中から各々がひとりカラオケに突入する。
カラオケでみんなと一緒に盛り上がりたいという欲求と、とにかく自分が歌いたいという欲求を同時に満たす合理的なシステムだ。
コロナちゃんは23番ブースへ、ロックダウンくんは24番ブースへ入った。
「コロナちゃん、見える?」
「見えるよー。へぇー、こんな風になってるんだ」
「意外と広いんだね」
「お、これがマイクか。結構本格的だ」
ロックダウンくんとコロナちゃんはモニター越しに会話する。
「じゃあさっそく歌ってみようか」
「どっちから歌う? もちろん私だよね」
「お先にどうぞ。マイクに向かって歌手名か曲名を言えば検索してくれるみたいだよ」
「うーん、どうしようかなー。ロックダウンくん、聞きたい曲ある?」
「え……。どんなのが歌えるの?」
「だいたい何でも歌えるから、好きなの言っていいよー」
児童養護施設にいる間、友だちのいないコロナちゃんは四六時中音楽を聴いて過ごしていた。
最新の流行歌から往年の名曲まで、ありとある曲を聴いた。
なんでも歌えるというのはあながち間違いではなかった。
「えーと、じゃあ『離れていてもそばにいる』なんてどう?」
ロックダウンくんは最近のヒットソングの曲名を告げた。
「『離れていてもそばにいる』!? 私、その歌好きじゃない」
「え……。それなら『フィジカル・ディスタンス』は?」
「ロックダウンくん、センスないなあ。やっぱり自分で決める」
「はあ……。どうぞご自由に」
「よし。やっぱりこれね。『死んだ男が残したものは』」
コロナちゃんがマイクに向かって曲名を発すると、モニターには次のように表示された。
《こちらの曲でよろしいですか。
「死んだ男が残したものは」(作詞:谷川俊太郎、作曲:武満徹)
よろしければ「OK」と言ってください》
「オーケー」
伴奏が流れはじめた。
およそカラオケに来て一曲目にはふさわしくない、陰鬱な音楽だ。
コロナちゃんの歌にロックダウンくんは度肝を抜かれた。
選曲の独特さもさることながら、歌唱力が驚異的だった。
とても14歳の少女のものとは思えない、深く染み入る声に、ロックダウンくんは魅了された。
「はぁー。気持ちよかった。やっぱり人目を気にせずに大きな声で歌えるって最高ね」
「コロナちゃん…‥。歌、うまいんだね……」
「そう? 次はロックダウンくんの番だよ。さあ、曲を選んで」
こんな歌を聞かされ後にいったい何を歌えばいいんだよ。
ロックダウンくんが困惑していると、モニターに何か表示された。
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