6 ペスト氏
「ファンの子にもらったの。手作りよ」
「それはすばらしい」
「あなたのはいつも真っ黒ね」
「この色の手袋しか持っていませんので」
「私がつくってあげようか。明るい色の生地でつくるわ」
「それはありがたい。でも、私のイメージがありますから」
「もしも何かひとつ、黒以外の手袋をはめるとしたら何色がいい?」
黒手袋の男はアマビエ様をじっと見つめたまま、少し考えたのち、小声でつぶやく。
「ピンク……」
「ふふ。きっと似合うわ」
男の名はペスト。
全身黒の服装と、見られるものを死へと追いやるような不吉な瞳からブラック・デスの異名を持つ。
アマビエ様はペスト氏に見つめられるたびに、その眼差しに得も言われぬ魅力を感じていた。
2026年のことだ。
いっこうにワクチン開発が進まない新型コロナウイルスに致死性を跳ね上げる凶悪な変異が起こった。
電車のつり革を介した感染が拡がると、通勤・通学時に手袋をはめる人々が急増した。
とあるアパレルメーカーが抗ウイルス手袋なる商品を発売すると、にわかに話題になり、同商品を買い求める客が殺到した。
手袋の装着は外出時の基本的なマナーとなり、政府は全世帯に手袋を配布した。
後に手袋の感染防止効果は極めて限定的であることが判明したものの、その間に手袋の装着は国民の習慣となった。
ファッションとして、気休めとして、季節を問わず誰もが人前では手袋をはめるようになったのだった。
「ペストさん。コーヒーでいい?」
「はい。もちろん。ブラックで」
ペスト氏はアマビエ様から視線をはずし、カフェ・パンデミックのマスターの方へ顔を向ける。
「ずいぶん久しぶりじゃないか。今日は珍しいお客さんが多い」
「ご無沙汰しております。その節はどうもすみませんでした」
「気にしなくていいよ。私もあの人たちには困ってたから」
ペスト氏が最後にカフェ・パンデミックに来た日、「古い生活様式を守る会」の会合が開かれていた。
守る会と新新様式派の客が口論になり、乱闘になりかけたところを仲裁に入ったのがペスト氏だった。
その際に一員のひとりの腕を折った。
以来、ペスト氏は守る会から危険人物と目されている。
「今日はアマビエさんとデート?」
「そうだといいのですが。お仕事のお話です」
「マスター、奥の席を使っても?」
アマビエ様は柱の陰のテーブル席を指さす。
「どうぞ。ごゆっくり」
アマビエ様とペスト氏はテーブル席へ移動する。
ペスト氏はアタッシュケースを開き、仮面を取り出した。
鳥のくちばしのようなものがついた、奇妙な黒い仮面だった。