5 カフェ・パンデミック
午後6時。
アマビエ様は、カフェ・パンデミックを訪れる。
カフェ・パンデミックは、濃厚接触カフェの老舗にして最大店舗のひとつである。
入場時の検温義務もなければ、席と席を隔てるパーティションもない。
名物マスターと会話できるカウンター席が10席。
対面で座れるテーブル席が150席。
さらに、定員がそれぞれ10名、20名、30名の3つの会議室を備える。
「いらっしゃい。アマビエさん、こんばんは」
「こんばんは。マスター」
「ずいぶん久しぶりじゃないか」
「ええ、ここのところ忙しくて」
「例の計画の件かい?」
「そんなところ」
「いよいよ実行するのか」
「ふふふ、秘密」
カフェ・パンデミックは開業から間もなく14年周年を迎える。
14年前、多くの飲食店が廃業するか、デリバリーとテイクアウトを主体とする業態に転換する中、古本屋を営んでいたマスターが一念発起して開業した。
人々が出会い、集まり、自由に議論する場としてのカフェ文化の復権を唱えてのことだった。
当時は座席数12席のごく小さな店舗だったが、時代に逆行するユニークなコンセプトが評判になり、同様の店が全国に拡がった。
コロナ禍の第3派、第4派が到来した際に、公権力からの摘発や、近隣住民からの嫌がらせが激化すると、形だけを真似た類似店は次々に閉店したが、カフェ・パンデミックは生き残った。
現在では店舗規模を拡大し、国内有数のカフェとなっている。
「最近はどうなの?」
「この前の「生活様式」の発表でまた客は減っちゃったね」
「今回は結構引き締めが強いものね」
「いつものことさ。まあすぐに戻るだろう」
「今日はダイヤモンド・プリンセスの連中は来てるの?」
「まだみたいだな。彼らはいつも深夜だから。「守る会」の人たちが会議室を使ってる」
「結社ダイヤモンド・プリンセス」「古い生活様式を守る会」といった各種団体がカフェ・パンデミックを根城にしていた。
マスターは彼らの思想信条に共鳴するものではなかったが、いかなる団体であれ集会の自由は認められるべきと考えているから、他の客に危害を加えない限りは、彼らを排除するつもりはなかった。
ただ、両団体が最近毎日のように集会を開き、何かを始めようとしていることに一抹の不安を抱いていた。
もっとも不穏な動きをしているという意味では、目の前のアマビエ様も同様だったが。
「今日は誰かと待ち合わせ?」
「ええ。マスターも知ってるひとよ」
「誰だろう?」
「ヒント。黒い帽子」
「ああ、あいつか」
「さっそく来たみたい」
「やあ、アマビエ様。今日も素敵な手袋ですね」
全身黒ずくめでシルクハットをかぶった男が、アマビエ様の横に座った。
男は、黒い手袋をはめた手で、赤い花柄のアマビエ様の手に触れた。