4 新しい生活様式
午後4時。
コロナちゃんの初めての労働は終了した。
業務内容は驚くほど単純だった。
作業場はどこかの大学の研究センター内の物流倉庫。
大学名や研究内容はバイトスタッフには明かされていない。
コロナちゃんに任された仕事は、1辺の長さが20㎝ほどの立方体のボックス(こちらも中身がなんなのかは不明だ)を指定の段ボールに箱詰めしていこと、これだけだった。
時給4,000円で7時間労働だから1日で28,000円。
かなり割のいいバイトだ。
ただし、危険を伴う場所ではあるのだろう。
現場監督は防護服を着用していた。
防護服が不足しているとかで、コロナちゃんたちにはN95マスク2枚のみが支給された。
これを午前と午後で1枚ずつ使用する。
医療物資の不足が深刻だった時期には、医療現場ですら使い捨てマスクを3日間使用したというから、これでもずいぶん待遇はいい方だ。
業務を終えてバス停へ向かう途中、コロナちゃんは見知った顔を発見した。
「あっ、ロックダウンくん!」
「ああ、お疲れ様」
「もう帰るところ?」
「うん。そうだけど」
「センターの中にカフェテリアがあったでしょ。ちょっとお茶していかない?」
これまでに勤務後にバイト仲間から誘われたことなんてなかった。
戸惑いつつも、ロックダウンくんは快諾した。
ロックダウンくんはカフェテリアでオレンジジュースを購入し、窓際の席に腰かけた。
カフェラテを持ったコロナちゃんはロックダウンくんのすぐ隣りに座った。
「ねえ、ちょっと近くない」
「え?」
「ほら、2メートル」
政府はつい先日「新しい生活様式」第74版を発表したばかりだ。
「新しい生活様式」は、2020年に最初のバージョンが定められて以来、たびたび改訂され、現在に至る。
内容は情勢に合わせて細かく置き換わったが、制定以来変わらないものもある。
人との間隔はできるだけ2m(最低1m)空ける
会話をする際は可能な限り真正面を避ける
発症したときのため誰とどこで会ったかをメモにする
俗に言う「ソーシャルマナー3原則」だ。
「でもロックダウンくん、抗体保持者でしょ。私もだし」
「そうだけど、そういうことじゃいないだよ。マナーなんだから。誰が抗体保持者かなんてわからないんだし。ほら、人の目もあるし」
「ふーん。意外と頭が固いんだね」
コロナちゃんは不満そうに1席分横にずれる。
「きみは今日が初出勤だからわからないかもしれないけど、こういう場所で働いてるってだけで、厳しい目を向けてくる人も多いんだよ」
「でもどうせここにいる人たちって、みんなこのセンターの関係者でしょ」
「まあそうかもしれないけど。ほら、話すときはこっち見ないで」
「ねえ、あなたに話したいことがあるの」
コロナちゃんは突然神妙な声色になった。
ロックダウンくんは、思わずコロナちゃんの方に顔を向けずにはいられなかった。