3 アマビエ様
午後1時。
アマビエ様は起床する。
就寝は午前5時だったから、今日もきっちり8時間の睡眠を確保できた。
人間は眠りたいときに眠り、起きたいときに起きるべきである。
アマビエ様はこれを何よりも守るべき信条としていた。
起きるなり、アマビエ様はカメラの前に立つ。
腰のあたりまで届かんとする長い髪をかき乱し、話しはじめる。
「おはよう、諸君。光冠暦14年5月31日の活動開始を宣言する」
アマビエ様の日課である、寝起きのライブ動画配信がはじまった。
起床時刻のさだまらないでたらめな生活をアマビエ様が送れるのは、むろん定職についていないがゆえである。
動画配信による広告収入、そしてファンからの「喜捨」により生計を立てていた。
「本日の朝餉は、豚のもも肉を塩漬けにし薄切りにしたものと牛の乳を固めたものとをはさんだパンである。いざ食さん」
アマビエ様はサンドイッチを食べはじめる。
カメラはズームし、アマビエ様の口元を映し出す。
くちゃくちゃと過剰に音を立ててサンドイッチを頬張りながら、アマビエ様は語る。
現代が弱者にとっていかに生きにくい時代であるかを懇々と語ったのち、格差の拡大と階層の固定化を推し進める政治家や大企業、マスメディアへの弾劾がつづく。
アマビエ様が動画配信を始めてから6年になる。
年齢・性別不詳の異様な風貌と独特の語り口で人気を博している。
とはいえ、固定のファンは15万人ほどで、並み居る配信者の中で特段にファンの数が多いわけではない。
広告収入だけなら、さして大きな金額は見込めない。
「われらが世は、依然として混迷を極める。諸君、わが似姿を描け。それを広く知らしめ、その益金を喜捨せよ」
アマビエ様の収入の多くは、特異な「喜捨」のシステムから生み出されていた。
アマビエ様の熱烈なファン、俗にアマビエ信者と呼ばれる人々は、連日のようにアマビエ様をモチーフにしたイラストや漫画、アニメ、ゲーム、小説等を創作し、販売した。
それらの創作物から得られる利益の10%がアマビエ様に寄付される仕組みが確立していた。
一点一点の売上は微々たるものだ。
たいていはひとりも買い手がつかないか、ごく少数の信者同士で相互に売買して得られる程度の売上でしかない。
しかし一日の間につくられる創作物は5千点から多いときで2万点にも及ぶため、最終的にアマビエ様の手に渡る金の総額は決して小さくない。
アマビエ様は得られた金の使途を3つに分ける。
3分の1は自らの生活と動画配信に関わる諸経費に。
3分の1は慈善団体や研究機関への寄付に。
そして残りの3分の1は、ある秘密の計画を実行するための資金となる。
「それでは本日の朝餉の会を終了する。最後に、本日光冠暦14年5月31日午後8時、危機に瀕するわれらが世の重大局面に際して、緊急に取り組むべき課題を宣言することを予告する。諸君、座して待たれよ」
仕事中のロックダウンくんは作業の手を止め、アマビエ様の配信に聞きいっていた。