28 ウィズコロナ宣言
「いちばんがダメなら2番でもいいです。いや、3番でも」
「だからできませんって」
「わかりました。10番以内なら何番でもいいです」
「順番は一切変えられません。あなたはいちばん最後」
「仕方ありませんね。間をとってせめて真ん中にしてください。これ以上は一切譲れません」
「譲るも何も、変更の余地はないんです」
「少しは妥協してくださいよ!」
「こんにちは!ここに来れば10万円もらえるって聞いたんですが、本当ですか!」
マジェスティックが、申請用紙のファックス送信順番繰り上げをしつこく交渉していたところに、ひとりの少女がサービスデザイン推進センターにやってきた。
コロナちゃんだ。
「ん?今は俺がこの人と話してるんだよ。ちゃんと順番を守ってね」
「順番を守るべきなのはあなただよ。お嬢さん、悪いがここはこどもの来るところじゃないよ」
「そうそう。給付金は世帯主じゃないと受け取れないんだ。狂ったルールだけど」
「年齢に関係なく一律で10万円もらえるって聞きましたよ」
「もちろんそうなんだけどね。世帯主。世帯主ってわかる?」
マジェスティックはコロナちゃんに定額給付金制度の説明を始める。
ものを知らない人間には丁寧に教えるべきである。
相手がこどもであろうとも、粘り強くやるべきである。
そうすることが世界をよくすることだと、彼は信じていた。
「家族の代表になる人。その人が家族みんなの分をまとめてもらうんだよ。まあ、もらえればだけど」
「もらえない人もいるの?」
「本当は全員が余さずもらえるべきなんだ。でも悪い大人たちがルールを捻じ曲げてしまった。給付金をもらうためには、家とこの場所を何度も往復したり、難しい作文を書いたり、長い時間順番を待ったりしたりしなきゃいけない。それはとてもたいへんだから、多くの人が10万円をもらう前に諦めてしまうんだ。俺はそれじゃいけないと思って「給付金10万円獲得必勝法」というサイトを始めた。そこを読めばどうやったら給付金がもらえるかわかるよ。だから家に帰ってお母さんかお父さんに相談するんだ。サイトを読めば10万円をもらう方法がわかるって言うんだよ。「給付金10万円獲得必勝法」だよ。覚えた?」
「お母さんもお父さんもいない」
「なんだって!? じゃあきみは誰と暮らしてるんだ? おばあちゃんか」
マジェスティックは親のいないこどもには人一倍興味が強い。
憐れんでいるというよりは、憧れているといった方が正しいだろう。
自身が母親から注がれた過剰な愛に辟易していたためであろうか、親のいないこどもに羨望の眼差しを向けていた。
「おばあちゃんもいない。私はひとりよ」
「一人暮らしなのか!? じゃあきみも世帯主だ。おめでとう。世帯主なら自分で10万円がもらえる」
「でももらうのはたいへんなんでしょ?」
「たしかにたいへんだ。だが、俺のアドバイスに従えば大丈夫だ。まず、家に給付金案内書引換券が届いているはずだ。それは持ってきたか?」
「いいえ。家なんてない」
「家がないだって!? じゃあどこで暮らしてるんだ」
「公園とかネットカフェとか」
「そりゃすごい!」
マジェスティックは家を持たない生活にも憧れを抱いていた。
まだ大学生であるにもかかわらず、高級マンションの一室を買い与えられ、金で買える欲しいものをあらかた手に入れてしまっていた彼は、物質的な豊かさから解放された生き方に夢を見ていた。
「でも弱ったな。給付金をもらうためには住所が必要なんだ。いろんな書類を郵送で受け取らなきゃいけないし、住民票だっている」
「住民票?」
「誰がどこにどれだけ住んでいるのかを証明するものだ。住民票の写しがないと給付金までたどりつけない。正確には、給付金申請用紙引換券をゲットする段階で必要になるんだ。よしわかった。まずは家を買おう」
「家を買うだなんて、そんなお金持っていない」
「心配いらない。ちょうど俺のマンションの隣が空いている。そこを買ってあげるよ。もちろんきみが家を持たない自由な生活をつらぬくって言うなら住まなくってもいい。必要なのは住所だ。ときどき郵便物をとりにくればいいんだ」
「ちょっとお兄さん」
傍らで二人の会話を聞いていた受付の男が口を挟む。
「さっきから聞いていればね、あなためちゃくちゃだよ。いま会ったばかりのこどもを相手にいきなり家を買ってやるだなんて。非常識にもほどがあるよ」
「ああ!? 非常識なのはあんたの方だろ。たった10万円ぽっちの給付金のために何度も何度もこんな場所に呼び出して、あげくに何ヶ月も待たせられるとか。おかしいのはこの制度の方だろーが!」
マジェスティックは会話を遮られたことにキレた。
だが怒りの大きさは受付の男の方が上だった。
「私だって好きでこんなことやってるわけじゃないよ! この給付金制度がめちゃくちゃだってことくらい、私だってわかってるよ! でももう後がないんだ。この仕事を失ったら、私もその子と同じように露頭に迷うかもしれない。私だって安心して暮らせる家がほしいよ……。あなたはたった10万円だって言うけどさ、私がここで汗水たらして働いてもらえる月給と大してかわらないんだよ……。本当なら私自身の申請書をいちばんに送りたいよ……。でもそんなことやってバレたらもうここにいられないって思うと、怖くてできないんだよ……」
マジェスティックは男の言葉を聞きながら、いかに自分が愚かで浅はかだったかを悟った。
給付金をもらうことも有料会員サイトのビジネスもどうでもよく思えた。
「そっか……。あんたもたいへんなんだな……。悪かったよ……」
「とにかく二人とも帰ってくれ。私は私の仕事をしなきゃならん」
「あのさ、ちょっと思いついちゃったんだけどさ、俺たち3人で新しいビジネスをしないか……?」
「は?」
「ビジネス?」
「そう!いま、ピーンと来たんだよね。これ絶対当たるよ! 俺たち3人でやればね。月10万どころじゃない。100万は稼げるよ。それぞれがね」
「あなたまたわけのわからないことを……」
「絶対いけるって。よし。3人のチーム名をつけよう。えーと‥‥…、そういえばきみ、名前は? ちなみに俺はマジェスティックね」
「コロナ」
「コロナ……、コロナ……、コロナとともに……、コロナと一緒に…‥、一緒に……、ウィズ……、ウィズコロナ……、ウィズコロナ! よし。俺たちはウィズコロナだ!」




