18 会長
午前2時。
アマビエ様と「会長」の対話がはじまってから間もなく1時間が経過しようとしていた。
自らの思想を熱心に語る「会長」といつになく真摯に応答するアマビエ様の姿を、ロックダウンくんをはじめとする多数のアマビエ様のファンが見守っていた。
「会長、あなたの考えはよくわかったわ。私はあなたたちを誤解していたみたい。私たちには多くの部分で共通点があるようね。でも最後にひとつだけ確認させて」
「なんでしょうか」
「古い生活様式を守る会は、「新しい生活様式」への批判を強めるあまり、私たちが葬り去ったはずの旧来の悪しき制度や価値観の復権を唱えているように見受けられることがあるわ。たとえば家父長制だったり、男尊女卑的な考え方だったりといったね。でもそれは守る会の本意ではないということね?」
「それは明確に誤解です。たしかに守る会の会員の中には、そういったものを「伝統」と称して、取り戻すべきと考える者もいます。でもそれは守る会の総意ではありませんし、少なくとも会長である私の考えに反します。守る会は単純に元通りの生活に戻せと主張しているわけではありません。そうではなくて、「新しい生活様式」が変えてしまったもの、壊してしまったものをひとつひとつ吟味し、本当に守るべきものがなんなのかを見極め、改めるべきところは改めること。与えられた生活様式を遵守するのではなく、絶えざる思考によって生活様式を自ら決定していくこと。これこそが守る会の理念なのです」
「それを聞けて安心したわ。今日はどうもありがとう。とても楽しい時間だったわ」
アマビエ様は「会長」に向けて手を差し出す。
「会長」は不思議そうにその手を見る。
「あら、握手は守るべき文化ではなかったかしら?」
「あっ、いえ……。こちらこそどうもありがとうございました。
アマビエ様と「会長」は固く握手を交わした。
アマビエ様と古い生活様式を守る会が手を組んだ。
このビッグニュースはまたたく間に界隈を駆け巡った。
そして「会長」は名実ともに会長になった。
実をいうと、古い生活様式を守る会は、現在は会長の座が空位だった。
発足時からの会長と幹部の間で、役職定年延長をめぐって諍いが起こり、会長を含めた創設時メンバーがそろって脱会したのは1年ほど前のことだった。
以来、会長不在のまま求心力を失った守る会は、空中分解しかけていた。
ここに来て、突如として勝手に名乗りを挙げた新会長のことを、会員の多くはよく知らなかった。
しかし、なんとなく会長がいないのはまずいだろう、こいつが会長ってことで良いだろうという空気の中で、正式に会長として迎えいれられるようになる。
新たな会長のもと、守る会は再び結束力を取り戻す。
しかしこのことが新たな火種を生むだろう。
因縁の仲である結社ダイヤモンド・プリンセスとの対決が再燃するのは時間の問題だった。