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みんなのコロナちゃん  作者: 新型
16/40

16 新しい日常(New Normal)

「うわーーーっ! あれ……? え……?」


 アマビエ様から膝蹴りをくらって最初に倒れた男は意識を取り戻し、二人の仲間が気絶しているのを確認する。


「あなた、まだやるつもり?」

「え……? うわっ、アマビエ様! いえ、めっそうもございません! ごめんなさい! ごめんなさい! どうかお許しください!」

「ま、いいわ。早くそいつらを連れて帰って」

「はい! いますぐに!」


 男は仲間たちに声をかけ揺さぶってみるが、意識を取り戻す気配はない。

 仕方なくひとりを肩にかけて運ぼうとするが、重さに耐えかねて膝から崩れ落ちてしまう。

 もとより意識のない二人を同時に運ぶなんて無理な話だ。


「あの……アマビエ様……。すいません……。運べません……」

「でしょうね。ところでそいつら、死んでないわよね?」

「はい。殺害はしておりません」


 突然けん玉が会話に割って入る。


「死に瀕するぎりぎりのところでとどまるようにダメージ調整をいたしました。一時間は立ちあがれないものと思われます」

「なんて都合のいい能力なの。あんた、やっぱりとんでもなく有能ね」


 けん玉と話すアマビエ様を前に、わけがわからなくなった男は再び恐怖に震えだす。


「うわーーーっ! ごめんなさい! ごめんなさい! どうか命だけは、命だけはお助けください!」

「だから別に殺しやしないって。ちょうどいいわ。いまから動画を撮るからあなたも出演して」

「はい……?」

「そこの死体に見えかねないのが映りこむとグロいから、あなたこっちのベンチに座りなさい」

 

 アマビエ様はベンチに向けてカメラを設置する。

 アマビエ様と男はベンチの両端に座る。

 

「ごきげんよう、諸君。光冠暦14年6月1日、深夜の配信を始める」

「え? これ、もしかしていまネットに出てるんですか」

「ライブ配信中よ」

「まずいっすよ、自分顔バレ禁止なんで」

「何言ってるの。あなたも活動家なら腹を決めなさい」

「なんかモザイクとかないんすか。あと声を変な声にするやつ」

「もう遅いわ。殺すよ」


 アマビエ様はけん玉をぎゅっと握りしめる。

 けん玉はバトルモードへの切り替えを勧めてこない。

 本気の殺意がないと起動しないのかもしれない。


「失礼。諸君、今朝予告していた重大発表は諸般の事情により、先送りとなった。これについては後日改めて発表する。その代わりといってはなんだが、本日はスペシャル・ゲストにご出演たまわる。紹介しよう。古い生活様式を守る会の会長だ」

「え? 会長ではないですよ」

「いいんだよ、そっちの方が箔がつく」


 アマビエ様は男に小声で耳打ちする。


「でも、自分、最近入会したばかりの新入りですし」

「いいから 話を合わせな。殺すよ」

「ひっ!」

「失礼。アマビエ・チャンネルへようこそ、会長。今日は謎につつまれた団体、古い生活様式を守る会の実態について、会長に伺っていきたいと思います。視聴者のみなさんも、守る会について噂くらいは聞いたことがあるでしょう。世間では、古い価値観をアップデートできない時代遅れの人々の集まりであるとか、ただの飲み会サークルに過ぎないとかいった誹謗中傷の声も多く聞きます。実際のところ、守る会はどういう団体なのでしょうか?」

「はい。本日はお招きいただきありがとうございます。そうですね……」


 「会長」は意を決して自分の考えを語ることにした。

 脅されているからではない。

 よく考えれば、多数の視聴者を抱えるアマビエ・チャンネルへの出演は、自らの主張をひろく伝えるまたとないチャンスだ。

 そもそもこの社会を変えたくて守る会に入会したのだ。

 せっかくの好機を無駄していいはずがない。


「古い生活様式を守る会は、その名の通り、「新しい生活様式」の無力化と撤廃を最終目標とする任意団体です。感染症対策の名目で定められた「新しい生活様式」は、いまや私たちの生活をすみずみまで管理、制限する権力と化しています。人々は「新しい生活様式」に則しているかどうか互いに監視しあい、それに反した行動をとる者を法の埒外で私刑に処す。このような相互監視社会の中で、私たちは窒息しかけています」

「なるほど。「新しい生活様式」が私たちの行動の自由を不当に制限しているというわけね。その考えには私も共感するわ。でも「新しい生活様式」とともにある「新しい日常」以後、社会が良い方に変わったところもあるのも事実では? 例えば、リモートワークが一般化したり、ハンコが不要になったり。ロボットやAIの活用による業務効率化も加速した。同一空間に人間が集まる意義がなくなって、私たちは過大な労働と移動の負荷から解放された。ある意味では、私たちはかつてよりも自由になったと言えるわ」

「そういう側面があるのは認めます。でもその自由を享受しているのはいったい誰なのか。現実には、移動と接触を伴う労働に少なくない人間が駆り出されています。ロボットによるスパイ行為や情報流出を警戒する大企業や研究機関は、いまなお単純労働に人間を用いている。しかもそういう仕事の現場は多くの場合、高リスクエリアだったりします。そしてその手の仕事に従事するのは経済的に困窮した人々です。貧しい人々、貧しい若者たちです。市場が貧しい人々を必要とし、「新しい生活様式」が貧困の固定化を後押しする。新たな社会秩序の下、自由と安全を享受できる者と不自由を強いられる者との二極化が進展する。それが「新しい日常」の実態なんです」


 その頃、コロナちゃんとロックダウンくんはインターネットカフェ・PCRのペアルームにいた。

 紫外線ランプルーム体験で身体に異常な熱を感じた二人だったが、いまは平常な状態に戻っている。

 コロナちゃんは漫画を読みふけっていた。

 ロックダウンくんは急遽はじまったアマビエ・チャンネルを見ていた。

 アマビエ様と「会長」のやりとりに釘付けになっていた。

 身体の熱は冷めたが、ロックダウンくんの内側の怒りの炎はめらめらと燃え上がっていた。

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