14 紫外線ランプ
直径1メートルほどの巨大な球体が天井から吊り下がっている。
球体は緑色にぼんやりと光っている。
部屋の中にそれ以外の明かりはない。
ほぼ真っ暗で壁が見えない。
とてつもなく広い空間のように感じられるが、実際には少し手を伸ばせば壁に触れられるほど狭いのかもしれない。
球体を挟んで向かい合わせにコロナちゃんとロックダウンくんは椅子に座っている。
堅すぎず柔らかすぎもしない適度な弾力性のある椅子は、長時間座っていてもきっと疲れない。
緑色の光に照らされたお互いの顔だけが見える。
「紫外線ランプルーム体験へようこそ。ただいま紫外線照射の準備中です。もうしばらくお待ちください。なお、ルームの中では絶対に話さないでください」
この部屋へ二人を案内したさきほどのロボットの声がどこかから聞こえてくる。
コロナちゃんが左手の人差し指を左目の下に当てる。
指を下に引っ張り、ベロを出す。
あっかんべー。
緊張していたロックダウンくんだったが、コロナちゃんのその顔があまりにおもしろかったので、思わず噴き出してしまう。
ロックダウンくんが笑うのを見て、コロナちゃんも笑う。
〈ネオエクストリーム紫外線ランプ実験に2名、確保しました〉
〈よくやった。被験者の属性は?〉
〈14歳の女性と16歳の男性です〉
〈了解。悪くない〉
案内役のロボットは、インターネットカフェ・PCRの本部と無声通信会話を行った。
PCRが提供するヘルスケアサービスは、効果が実証されていないだけでなく、安全性についても保証されていなかった。
無料体験と称して提供されるサービスの実態は、ネットカフェのユーザーを知らぬ間に被験者に仕立てる人体実験だった。
PCRは実験結果を機器のメーカーに販売することで巨額の富を得ていたのだった。
PCRが深夜の長時間コースを破格の金額で提供できるのは、こうした人体実験から得た収益によるところが大きい。
ネットカフェで寝泊りせざるを得ない不遇の人々に、ほんの少しのリスクを負ってもらう代わりに、安く寝床を提供する。
これは貧しい人たちを救う善行でもあると、PCRは自らの違法な人体実験を正当化していた。
〈照射レベルはいかがいたしますか〉
〈最初だし、ドカンと行こう。ドカンと〉
〈「ドカン」とはなんですか〉
〈超すげえって意味だよ〉
〈レベルマックスでよろしいですか〉
〈そうそう。マックスもマックス。マックスのさらに上くらいの勢いで〉
〈かしこまりました〉
ロボットは照射レベルをマックスに設定した後、安全設定を解除して、さらに5段階分照射レベルを上げた。
人体に予測不能な影響を与えかねないレベルだ。
「準備が完了しました。まもなく紫外線照射を行います。体験時間は30秒間です」
ロックダウンくんの緊張は最高潮に達した。
表情がこわばっているのが見てとれた。
コロナちゃんは声を発さずに「大丈夫」と口パクして、ロックダウンくんの手を取った。
え? いまなんて言ったの?
もしかして「愛してる」って言った?
ロックダウンくんは盛大に勘違いし、別の種類の緊張に襲われた。
「紫外線照射、開始します」
うすぼんやりと緑に光っていた球体は、ゆっくりと青に変わる。
数秒後にはピンクに、さらに紫に変わる。
紫の光は次第に強くなる。
コロナちゃんがほほえんでいる。
光りはやがて白くなり、どんどん輝度が高まる。
コロナちゃんの顔がはっきりと見える。
四方の壁も白く輝きはじめる。
つづいて天井も。
そして床も。
空間が白い光に満たされる。
コロナちゃんはいまも手を握っていてくれる。
何もない真っ白な世界でぼくらだけが空中に浮かんでいるみたいだ。
コロナちゃんに触れている手が熱を帯びているように感じる。
熱はやがて全身にひろがる。
全身が熱い。
燃えるように熱い。
真っ白な光りの中で燃える炎になったみたいだ。