13 インターネットカフェ・PCR
午前0時。
コロナちゃんとロックダウンくんはインターネットカフェ・PCRに来ていた。
二人がカラオケ・クラスターを出たとき、すでに23時を回っていた。
初めてのカラオケで思う存分歌った後の高揚したコロナちゃんは「今日はまだ帰りたくない」などとのたまった。
そんなわけで、ロックダウンくん行きつけのネットカフェについてきたわけだ。
そもそも二人に帰る場所などない。
ロックダウンくんは、長いこと定住所をもたず、ネットカフェを転々とするその日暮らしをしていた。
コロナちゃんにいたっては施設を出てまだ二日目で、初日の昨夜は公園で野宿をした。
ひとりで生きていくことは別に怖くない。
それでも外で寝るのは心細いものだと、コロナちゃんは思ったのだった。
「お二人でのご利用ですね。ペアルームにいたしますか?」
「はい」
受付のロボットの質問にコロナちゃんは答えた。
インターネットカフェ・PCRは、接客からルームの清掃、店内設備のメンテナンスまで大半の業務をロボットが行っていた。
500室はある大型店だったが、深夜帯の人間の従業員は二人だけで、主な仕事は客からのクレームへの対応くらいだった。
「いや、別々にしようよ」
「なんで?」
「ここで眠ったりするわけだし、男女で一緒に入るのはどうかと思うよ」
「かまわないわ。同意なく私の体に触るような人間は殺すから大丈夫」
「いや……そういうことじゃなくて……」
「それともロックダウンくん、私に何かするつもり?」
「そんなつもりはなくて……」
「ならいいでしょ。ペアルームにしてください」
「かしこまりました。ご利用時間はいかがいたしますか?」
8時間コースを選んだ。
これなら明朝8時までいられるから、ゆっくり眠れる。
いつものロックダウンくんは6時間コースだったが、今日はコロナちゃんがいるので長めのコースにしたのだった。
「ただいま期間限定で紫外線ランプルーム体験が無料で受けられますが、いかがいたしますか?」
「紫外線ランプ?」
インターネットカフェ・PCRは「PCがある!PCR検査が受けられる!」を謳い文句に登場したネットカフェだった。
創業当時は6時間以上の利用客に無料で新型コロナウイルスのPCR検査サービスを提供した。
使用したPCR検査キットの信頼性に対して疑問の声も多く出たものの、誰でも手軽に利用できることから一定の支持を集めた。
PCR検査の提供が終了したあとも「ネットカフェから健康を」を企業理念に、様々なヘルスケア関連サービスを提供している。
「特殊な紫外線を全身に照射できる特別ルームにご案内いたします。紫外線ランプルームに30秒間入っていただくことで衣服や身体に付着したウイルスを死滅させることができます」
「やってみる?」
「やめておこうよ。なんだか怪しいし」
「怪しくありません。紫外線によるウイルス滅却効果については多数の研究論文によって効果が証明されています」
「人体に有害だったりするんじゃないの?」
「有害ではありません。紫外線によるウイルス滅却効果については専門家会議でも認められています」
なんの「専門家」だよ、ばかばかしい、とロックダウンくんは思った。
「いかがいたしますか?」
「やらないよ」
「期間限定です。無料です。紫外線によるウイルス滅却効果については多数の研究論文によって効果が証明されています」
「しつこいな。昨日はこんなの無かったと思うけど」
「今月から始まった期間限定サービスです」
そうか、今日から6月だ、とロックダウンくんは思った。
ロボットはなおもしつこく体験を勧めてくる。
「本日6月1日午前0時から始まった期間限定サービスです。当店ではお客様が最初の体験者です」
「いや、だからやらないよ」
「でも私たちが最初の体験者だって。おもしろそうじゃない?」
コロナちゃんもこのサービスを信用しているわけではなかった。
ウイルスを死滅させるなんて言ってるけど、どうせ実際にはなんの効果もない、怪しく光る部屋が用意されているだけだろう。
エンターテイメントの一種だ。
でも、いまのコロナちゃんはどんなことでも経験してみたかった。
光る部屋があるなら、それはどんな風に光るのか、それを見て自分が何を感じるのか、知りたかった。
この世界で起こることすべてが新鮮だった。
「ロックダウンくん、怖いの?」
「怖いっていうか、ばかばかしいと思ってるだけだよ」
「私はやってみる」
「やめた方がいいって。危険があるかもしれないし」
「かまわないわ。いまの私には怖いものなんてないもの」
「かしこまりました。紫外線ランプルーム体験へのご参加を受け付けました」
「やらないよ」
「私ひとりでやる。ロックダウンくんは待ってて」
「おひとり様のみの参加で承りました」
「ちょっと待ってよ」
「それではご案内いたします。こちらへどうぞ」
ロボットに引き連れられてコロナちゃんは奥の通路の方へ歩いていく。
取り残されたロックダウンくんはたまらなく悔しく、心細くなる。
「やります! ぼくもやります!」