12 承認されざるレムデシビル
席につくと、例のごとくペスト氏はくちばしの仮面を装着した。
マーズはふざけてくちばしをつかんでぐるぐる回す。
「いつみてもおもしろいな、これ」
「マーズさん、どうかやめてください。中にいるのは人間です」
「あはは」
「さっそくはじめましょう。それで? 見せたい商品というのは?」
「こちらです」
ペスト氏は、高さ50cmほどの白い物体をテーブルの上に置いた。
丸頭に大きな二つの目、短い手足の2頭身ロボット。
「これは……。レムデシビルじゃない?」
「その通りです」
「おお、懐かしいな」
レムデシビルは、いまから8年前、新型コロナウイルスが凶悪な変異を起こした2026年に一時的に流通した自律二足歩行型ロボットだ。
感染症の脅威がピークに達する中、不足する労働力を補うために、政府は次世代ロボット事業への大規模な支援を行った。
レムデシビルは異例の速度で商用化を承認され、もっともはやく市場に出た次世代ロボットだった。
超高精度のAIと愛嬌のあるビジュアル、小型ながらも人の代替作業を柔軟にこなす使い勝手のよさでまたたく間に人気になり、広範囲にひろまった。
しかしながらプライバシー保護の観点から重大な欠陥があることが判明し、翌年には全品回収の騒動となったのだった。
「たしかロボットが取得した全情報が流出してリコールになったのよね?」
「ええ。ですがこれは、当時出回ったレムデシビルとはまったく別のものです」
「どういうこと?」
「レムデシビルは開発段階では二つのタイプが存在していました。ヒト従属型とヒト超越型。前者は、文字通り人間に仕え、人間のために尽くすタイプのロボットです。承認されたのはもちろんこちらの方です。他方で、ヒト超越型レムデシビルは、最終的にロボットは人間を超えるもの、人間の利害とは無関係に自律して存在すべきものという設計思想に基づいて開発されました。外見こそどちらも同一ですが、内部のプログラムは全く別物なのです」
「つまりこれがそのヒト超越型レムデシビルというわけね?」
「へえ、おもしろそうじゃん」
「レムデシビルの製造メーカーはリコール騒動後、表向きはロボット事業から撤退しました。しかし開発チームの一部は、その後もヒト超越型レムデシビルの研究をつづけた。その試作品をあるルートから譲り受けました。もちろん公には認められていないロボットです」
「よし、買おう!」
「待って。興味深い話だけれど、性能がいかほどのものかわからないと決められないわ。ちょっと動かしてみてくれる?」
ペスト氏は深く息を吸って少し考えてから答えた。
「かまいませんが、覚悟してください。こいつは起動させて最初に見た人物を親だと認識します」
「へえ。じゃあ私がお母さんやる。サーズはお父さんでいい?」
「あとから親を変えられないってわけね? つまり起動させる前に買えと?」
「気に入らなければ、お代はいただかなくても結構ですよ。それよりももう一つご忠告差し上げます。親を変更できないだけではありません。一度起動させたら、人間には二度と停止させることができないのです」
「なるほど。そこも人間から自律しているってわけね。本気で止めようと思ったら物理的に破壊するしかないと」
「ええ、まあ、破壊できればの話ですが」
「え? もしかしてこいつ、強い?」
「パワーもスピードも人間の数十倍ありますからね」
マーズは目を輝かせた。
サーズは嫌な予感がした。
「動かしたら最後、あなたたちはこいつを殺すことができないんです」
ペスト氏はレムデシビルの頭のうしろに手を置いた。
レムデシビルの大きな二つの目が光り、サーズとマーズを見た。