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魔女物語  作者: 夜行
第二章「士官学校」
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序幕



 子供の将来を決めるのは親なのか、子供自身なのか。

 どちらがいいかと問われて、親は即答出来ないだろう。何が正解で、何が不正解なのか。その二つの事しか考えられない時点で意味はない。正解が不正解の場合もあるし、不正解が正解の場合だってあるだろう。物事を考えるときに必要なのは三つ目の視点だ。

 リリーは悩む。どうすればこの子にとって一番の選択が出来るのだろうかと。短い人生の中で楽を多く与えるか、苦を多く取り除いてやるか。三つ目の選択肢は、見つかりそうもなかった。長い時を生きてもわからない事はある。生きれば生きるほどにわからない事が多く溢れてくる。

 世の中は矛盾に満ちていた。

 それでもこの子となら、どんな結果になろうともまぁ悪くないと思える。それだけで十分だと気が付いた。

「リンドウよ、士官学校へ行ってみぬか?」

 思った事は口にする。それが一番いいのかもしれないと思った。少しは人間としての人生も歩ませてやらねば。それがいつか経験として生きるにあたって必要な事になるだろう。

「しかん、学校って、なに?」

 当然意味はわからない。だから、説明をする。

「王都には二つの騎士団があるんじゃよ。お前たちを最初に助けた教会騎士団。それと王国騎士団。士官学校はそれらの騎士を育成する場所じゃな」

 あの時、アルヴェルトの王から聞いた話だ。その話を聞いた時、リリーはこれはリンドウのためになると思った。人間としての道へと誘導してやれそうな気がしたのだ。

「へ~」

 リンドウの興味は一つに絞られる。

「学校に行けば強くなれる?」

 強くなってあの約束を果たさなければならない。

 魔女を、母親を守る事。

「なれるじゃろうな」

「じゃ、いく。いって強くなってみせる」

 この時代に強さは必要だ。最低でも自分の身を守れるぐらいには、その強さがないと生きにくい世の中だろう。

「この話、アルビノにもしてみるがよい。一緒の方がお前もいいじゃろ」

「そうだね。明日にでも話してみるよ。一緒に行けたらいいな、学校」

「まぁそうは言っても、行くのは十二歳になってからじゃが」

 士官学校は入れる歳が決まっている。十二歳から十八歳まで、六年間学校に通って騎士のなんたるかを身につけるのだ。

「あと六年もあるぅ」

「それまでに精進せい。きっとお前の背が儂と一緒ぐらいになった頃じゃろうな」

「ぼく、頑張って大きくなるよ!」

「期待しておこう」

 いつか背も抜かれる日が来るだろう。抜かれたら嬉しいだろうか、悲しいだろうか。待ち遠しいような、そうでもないような複雑な気分だった。

 いずれにせよ、その日は確実にやって来る。ならそれまでは、今の関係を楽しむしかないだろう。

「リンドウよ、一緒に風呂入るか」

「うん」

 せめてその日までは――。




「ってなわけで~、アルビノ、一緒に学校いかない?」

 ざっくりとリンドウは説明と言えない説明を終えた。

「なるほどな」

 それでもアルビノはしっかりと内容を理解したらしい。

「あの助けてくれた隊長に会えるか。それに強くなれるなら行くしかないだろ」

「あの隊長さんすごかったもんね~。あんな風になれたらいいね」

 命を救われた人物には憧れるものだ。しかも子供ならなおさらだろう。あの恐怖の中でも二人の脳にはしっかりと刻まれていた。

「でも学校いけるのは十二歳からだから、それまでは自分たちで努力しないと」

「俺はこのローブをある程度制御できている。できてないのはお前だろ」

 あれからアルビノはローブをある程度使いこなすことが出来ている。自分の意思で翼を出して飛んだりもできる。

 しかしリンドウの方はまったく制御できていなかった。そもそも自分の意識を保つことができない。

「ん~難しいよね……」

「それを止める身にもなってくれ」

「ごめえん」

 いつも暴走したリンドウを止めるのはアルビノとリリーだった。直接は攻撃されることはないが、それでも当然動くので止めなければいけない。

「森を抜けて王都へ行ったときは本当に焦った」

「……大変もうしわけありませんです」

 たまたまリリーが王都から家に帰るときに出くわしたので、なんとか止める事が出来たが、リリーがいなければ今頃王都中にワーウルフが出たという噂が広まっていただろう。それこそ、また教会騎士団が出張って来る可能性がある。

 そうなれば退治の標的にされかねない。

「お前は意思が弱いんじゃないか? 意思というか覚悟か」

 自分の境遇とは正反対だ。だからそんな風に思った。アルビノ自身は何を犠牲にしてもペストを殺すという目標と覚悟がすでに出来上がっている。反対にリンドウは、言い方は悪いが温室育ち真っただ中だろう。生きることに対しての覚悟などない。

「覚悟、か」

「お前はわかってない。魔女を守りたいんだろ。今は魔女に危害を加えるやつがいないから危機感がまったくないんだ。でもそれがあってからじゃ遅いんじゃないのか?」

 アルビノのいう事は理解できる。リリーを守ると言っても何から? それもわかってない。だから覚悟が足らないのだ。

「そう、だね。覚悟か。目標。明確な言葉に出せる行動理由が必要なんだね」

「その理由を狼の毛皮にもわからせる事ができれば、意思疎通ができれば、きっとお前は自由にワーウルフの力を扱えるようになるんじゃないのか?」

「うん。がんばってみるよ。僕にも譲れない覚悟を見つけ出してみせる。そして協力してもらう」

 ポン、と狼の毛皮を軽く叩いた。その毛はまるで今も生きているかのような肌触りだ。いつか制御できる日が来るのだろうかと不安になる。

 でも、母親の顔を思い浮かべたらなんだか出来そうな気がしてきた。

 そうだ、自分の為ではなく人の為。

 すべては母親の、リリーの為。それだけの為に生きている。そう思えた事は間違いではないはずだ。

 それからアルビノはこの事をペストに話す事になるのだが、気が進まなかった。理由は簡単だ。借りを作るような気がした。

 自分ではどうしようも出来ないから頼るしかない。自分の両親を殺したペストにお願いをしなければならい。それがどうしようもなく嫌だったが、先の事を考えればそれも仕方がないと割り切る事ができた。

「頼みがある」

「あら、なにかしら?」

 ペストはそんな事を初めて言われたので上機嫌だった。

「……十二になったら、士官学校へ行きたい」

「学校。学校に行ってなにをするの?」

「騎士になる為の訓練を受けたい。そこで技術を教わって身につけたい」

「そして、あたしを殺したい、と?」

 そう問われてアルビノは迷う事なく、偽ることなく頷いた。ペストは正直でいいと思う。

「いいわよ」

「いいのか?」

「いいわよ」

 ペストは同じ言葉を繰り返した。

「あなたが決める事にあたしは反対はしない。目標があるんだったら嫌な事にも立ち向かうあなたの真っ直ぐな心をあたしは邪魔したりしないわよ。それに楽しみだし」

 最後の言葉は単なる挑発だ。アルビノもそれをわかっている。

「それじゃ、頼んだ」

 承諾は貰った。これで胸をはって学校に行ける。

 これからの六年が待ち遠しかった。

 




 月日は流れていく。

「おい、なんで魔女集会行かなかったんだよ!」

 それは絶対的なものだ。

「忘れてたのよ」

 抗う事はできない。

「俺がリンドウに怒られるんだぞ!」

 ゆっくりとだが、確実に。

「リンドウはリリーから言われたんでしょうねぇ」

 平穏で。

「次の魔女集会には絶対に行けよ!」

 何もない毎日だとしても。

「あなたが空を飛んで連れて行ってくれたら行くわ」

 それが平和。

「馬車の後ろに括り付けてやる」

 ただの日常を過ごすだけの日々が。

「あら、怖い」

 平和なのだろう。

「う~、寒いのぉ」

 雪がしんしんと心に沁みる。

「毛皮かしてあげようか?」

 だが、そばにいるだけでいい。

「それはお前のもんじゃ。お前が使うべきもんじゃよ」

 それだけで暖かく感じる。

「ぼくのものはままのものだよ。だからいいの」

 親の知らないところで子は成長をする。

「そうか。なら貸してくれるか」

 それがどんなに喜ばしいことか。

「うん、魔女集会気を付けてね」

 親にならないとわからない。

「良い子に留守番するんじゃぞ」

 風が季節を運ぶ。

「おら、さっさと用意しろよ。もう馬車が来てるぞ!」

 ふんわりと春の匂いがした。

「もうそんな季節なのねぇ」

 いったいあと何回味わうことになるのだろうか。

「しみじみしてんじゃねー。さっさと乗れ」

 この子と。

「ままー、今日は遅くなる?」

 森は真っ赤に染まる。

「なっとしても一人だけ帰ってくるわい」

 命は枯れ、大地へと還る。

「だめだよー。ネルさんに怒られるよー」

 それが自然。

「あの石頭め」

 魔女はその自然を拒否した。

「やばい、寝過ごした! おい起きろ魔女!」

 穏やかな日差しが心地いい。

「もう間に合わないわね。今回はお休みしましょう」

 まどろみの中で夢をみる。

「くそ! なんで今回は昼から魔女集会があるんだよ!」

 夢なのか、現実なのか。

「今回は遅くなるかもしれぬ。というか二日ほど帰れぬかもしれん」

 人間は成長をする。

「大丈夫だよ。アルビノのとこ行ってる」

 それが少し羨ましい。

「それがいいの。夜は冷える。風邪をひくなよ」

 一緒に歳を重ねるというのはどんな感じなのだろう。

「大丈夫だよ。いってらっしゃい、まま」

 それは魔女には決して叶う事のない願い。

「アルビノ、今日一緒に魔女集会に行かない?」

 白銀の世界が広がる。

「意味がわからん」

 歩けばしっかりと自分の軌跡が見てとれる。

「そのままの意味よ。あなたを他の魔女たちに自慢したいの」

 たしかに存在しているんだと思えた。

「……もっと意味がわからん」

 たしかに、ここにいる。

 何かが変わったとしても、姿形が変化しても、心が変わったとしても、きっと見つけ出してくれるだろう。

 季節は過ぎ、アルビノの背はペストと頭一つ分低いぐらいまで成長をし、リンドウはリリーとほぼ同じぐらいの背にまで成長をしたのだった。





「諸君! 君たちはこれから六年の月日をこの場所で過ごす事になる! 王都に恥じぬように切磋琢磨をして王都の為に戦うのだ! それから――」

新しい門出だ。

 これから人間としての生活をして生きていく。それが嬉しくてたまらなかった。

「これから頑張ろうね」

 前に立っていたリンドウが後ろを振り返ってアルビノにこそっと言った。それにアルビノは「あぁ」と返事を返す。

 今二人は、士官学校の入校式に参加している。その数およそ百名。いったいこの中から何人の騎士が生まれるかはわからない。途中で挫折する者もいるだろう。そういった者はある程度の技術を身につけていれば傭兵として流れる事があるらしい。

 しかしアルビノはどんな苦難が待ち構えていようとも、この場所に残ることを決意している。その決意は次への目的の為に絶対に必要だからだ。

 技術を身につけて魔女を殺す。

 ようやくその一歩を踏み出せたことに歓喜する。ようやくスタートラインに立てた気がした。

 入校式が終わって部屋へと案内される。

「同じ部屋で良かったねー」

「そうだな」

「ま、これ、ままが裏から手をまわしたって言ってたけど」

「あ~、王様に直接言ったのか」

「みたいだね。まぁなんとかなってよかった」

「なんとかなるのがすごいと思うが」

「アルビノは一年間この寮で過ごすの?」

「?」

 入校後、一年間は寮での生活が義務付けられている。それは団体で行動するという基礎を身につける為だ。しかし、リンドウの言い方はそれをしないように聞こえた。

「僕は一応寮の部屋は借りるけど、毎日家に帰るよ?」

「……は?」

「いやだって、まま一人とか可哀想だし、離れて暮らすなんてありえないよ」

 何を当たり前の事を、という感じでリンドウは言った。

「……いやだって、お前……規則」

「母が病で看病しないといけないってアルビノは言わなかったの?」

「…………」

 きょとんとした表情でそんなことを言われたら返す言葉もない。

「まだまだだねぇアルビノは。てゆーかペストさんにすっごい止められたんじゃないの?」

「……まぁ、それなりに」

 最初の一年は寮暮らしで家には帰らないと伝えたときのペストの落胆といったらなかった。それを振り切るのにどんなに苦労したことか、思い出しただけでも身震いしてしまう。

「夜遅くなったらここに泊まるけど、それ以外はなるべく帰る予定」

「そっか」

 成長してもリンドウのマザコンっぷりは変わらないと少し安心したのだった。





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