第六話
全員が無意識で声のする方を見た。そこには全員がよく知った姿があった。
「な、んで……」
サクラが亡霊を見たかのように呟く。
ロゼは眼を見開いてサクラに視線を戻した。
「お嬢さんが二人ッ!」
シェルは歓喜の声をあげた。それに無意識にシェルの顔面を殴るロゼ。
「痛い! なんで!?」
「ちょっと黙ってなさい」
その者はゆっくりと近づいて来た。
「なんじゃ、やっぱり生きとったかペスト」
「あなた……」
視線をペストからサクラにやり、目の前で足を止めた。
「よくここまでたどり着いたな。さすが儂とリンドウの娘じゃ」
「……お、おかっ、おかあさん」
サクラはリリーに勢いよくしがみついた。
「おい、魔女。あれって」
「サクラの母親だ。ああやってみるとほんと瓜二つだな」
その容姿は双子のように見える。それほど違いを探すのに苦労しそうなほど似ている。
「し、死んだ、かとっ……」
「勝手に親を殺すな」
優しく頭を叩く。
「死にきれんかった」
リリーは悲しそうに、申し訳なさそうに、困ったかのような顔でそう言った。
「お前が旅に出たあと、リンドウの後を追うと思って薬を煽ったんじゃが、リンドウがまだこっちには来るなと突き返されてもうての。それでも意識が戻ったのは一年ぐらい前じゃった」
一度死んでいた。その死の淵から救ったのはリンドウだった。大事な娘を一人にするなと怒られてしまった。
「それから準備を整えて後を追った、という事じゃな」
「おかあさぁぁん」
涙をぽろぽろと流しながら何かを訴えてくる。文句の一つや二つなどでは足りないだろう。それほどの事をしたのだ。
なだめるように、安心させるように頭を撫でる。いつまでもこうやっていたいがそうもいかない。
「続きは終わったあとでじゃ」
抱き着くサクラを剥がして凍り付いている二人を見る。
「ペスト」
「しぶといわね。あなたも、私も」
ただの皮肉だ。知った仲だから言える。
「悪いがお前たちを助けるぞ。お前たちの意見など知らぬ。そうしなければ世界が滅ぶのでな」
「……外の世界は大変みたいね。まぁ私は世界なんてどうでもいいけど。ただ、アルビノだけ無事なら」
「安心せい。その為に儂は来たんじゃ」
そう言うリリーの袖を引っ張るサクラ。
「儂、たち、でしょ?」
驚きと申し訳なさの表情をするリリー。だが、すぐあとには柔らかい笑みを浮かべた。
「そうじゃな」
サクラの頭をポンポンと優しく叩く。そして気持ちを切り替える。
「順番を決めるかの」
「順番?」
「そう順番じゃ。薬を飲ませるのは一番最後がいいじゃろう」
「そっか。順番か」
「他の順番は何があるのですか?」
「そうじゃなぁ」
リリーは手をアゴにあててアルビノを見る。
「まずはあれをどうにかせんといかんじゃろなぁ」
あれ、と言われて普通ならなんの事だかわからないだろうが、この場合はすぐに全員があれの正体を理解する。
「破邪の矢、か」
「そうじゃ。物理的にあれをどうにかせにゃ始まらぬ」
「……単純に抜いて大丈夫なのでしょうか?」
「まぁ、抜くしかないじゃろう」
リリーが言い終えると全員がある人物の方に視線をやる。
「ん? んん? なんだ?」
「シェル司教殿、君の役目だ」
「俺ぇ?」
「あれには魔女は触れられない。人間として司教として男として、あれを抜け」
「うんうん。私は薬を飲ませるから司教様お願い」
「やりましょう!」
固く拳を握って決意を表明する。ロゼはなんと単純な男だと少し呆れる。
だが、もう一つ問題が残っている。それはペストが破邪の矢を握っているという事だった。その身体は凍り付いているので動かす事はできない。破邪の矢を引き抜くにはペストの手が邪魔なのだ。
全員がその事を認識した時だった。
「斬り落としてちょうだい」
「いやいやいや、何を言っているんですか」
「この手が邪魔なのでしょう? この手がなければアルビノを救えるのでしょう? だったらこんな手はいらないわ」
「お前は、なんとゆーかほんと……」
はぁ、と大きなため息をつくリリー。
「よし、ロゼ。ペストの手を斬り落とせ」
「ちょっ、えぇ!?」
「お前の持つそれなら斬り落とせるじゃろうし、傷口が聖なる力で焼かれれば変な事も起きぬじゃろう」
変な事、という言葉に思わず身の毛もよだつ。だが、全員が一つ一つ役割を担っているのだ。自分だけが出来ませんでは話にならない。
ロゼはペストを見る。
「……いいんですね?」
「いいわ」
ペストは即答する。その瞳からは覚悟が伝わってくる。
「わかりました」
「じゃお姉さんが斬って、司教様が矢を抜いて、私が薬を飲ませる、と。ん? おかあさんは?」
一人だけ何もしないのかと視線をやるとリリーはニヒルに笑った。
「一番手は儂じゃ」
何やら自信満々に言うが、何をするつもりなのかまったく予想がつかなかった。
「なにするの?」
「秘密じゃ」
この場面で秘密にする意図は何があるのだろうかと不安にさえ思う。そんな表情を見てリリーは言う。
「ただ驚かせたいだけじゃから何も心配いらぬ」
「……余計心配なんだけど」
高笑いをしてみんなが驚いた顔を想像してほくそ笑む。
「みな、準備をせい。手を斬ってからはスピード勝負じゃぞ」
ぶっつけ本番の失敗は許されない。そんな中で緊張するなと言われる方が無理があるだろう。だが、この瞬間の為に長い旅をしてきたのだ。この瞬間を待ち望んでいたのだ。
自然と深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。全員の顔からは緊張は消えていた。
かくして世界を救う瞬間は訪れたのだった。




