第五話
「あん?」
何を言っているんだこいつは。と、思いつつもシェルは頭の中で計算をした。
二十三年前の事件。翌年にサクラが産まれる。
「……お嬢さんって年上!?」
「違うそうじゃない!!」
ロゼはシェルの能天気な頭を叩いた。
「見た目と年齢が合っていないと言っているんだ!」
手紙の内容からするとサクラは二十二歳ということになるだろう。だが、その見た目はどう見たって十代の半ばほどにしか見えない。
まるで見た目の成長止まっているように思える。
そして、その現象はたった一言で説明がつくのだ。
黙っていたサクラが横に首を振った。
「……ううん、違うよ。私は人間だよ」
誰もが魔女という言葉が頭に浮かんだが、それを否定する。
「いや、しかし……」
事実だけに眼を向ければそれはありえない事だと誰もがわかる。しかし、それを否定するサクラ。
「私は、人間だよ。魔女じゃない」
これ以上問い詰めるのは良くない。ここを切り開くのはシェルの役目だった。
「ま、私はお嬢さんが人間でも魔女でも年下でも年上でもどっちでも好きですよ」
押し問答はここまでだ。たしかに気になる事ではあるだろうが、今はそれよりも優先させることがある。ロゼと繋いだ手を二回ほどギュっギュッと握って合図をだした。二人しかわからない合図だ。それを感じとってロゼは思いなおした。
「そうだな。たしかにどっちでもいい事だったな。すまない。大事な手紙の途中だったのに」
「……ありがとう」
いつかは言われる日がくるとは思っていた。その時にうまく説明できるかが心配だったが、それは杞憂に終わった。なんという事はない。一人の個人として見てくれている。それだけで十分だった。
「じゃ、続き、読むね」
『君には生きてほしい。
僕の代わりにこれからの事を見てほしいんだ。
君が今、どういう状況かはある程度しかわからないけど、君ならきっと大丈夫。
どんな絶望の淵からだって這い上がって来れる。
僕はそれをずっと見て来た。
だから、きっと大丈夫。
最後に、僕の娘のこと、よろしくね。
リンドウより』
静寂が広がる。誰も彼も言葉が見つからなかった。
ただ一人を除いて。
しかし、正確に言うならばそれは言葉ではなかった。氷が弾ける音だ。
アルビノの凍った身体がパキパキと弾けた。
「アルビノ……」
ペストが驚いてアルビノを見る。それだけでわかる。
アルビノは生きようとしている。この状況から抜け出そうとしているのだ。
愛した息子がそれを望んでいる以上、ペストは自分の想いを貫く事は出来なかった。深く眼を閉じて決意を固めるしかない。
「……サクラ、だったかしら」
「うん」
「薬をちょうだい」
そう言われてサクラは少し困った顔をしながら鞄に手を入れて、薬の入った小瓶を取り出した。
「……実は、非常に言いにくいんだけど、これ一本しかなくて」
ロゼの心臓が跳ね上がる。その責任は自分にもある。声を出して講義をしようとした瞬間、シェルに口を塞がれてしまった。
「おい、魔女。今言うべき事はそれじゃない。これからどうするかだ」
お前に非はない。あれは仕方がない事だった。事故のようなものだったのだ。ロゼはそれを自身で認めたくはないが、この場で駄々をこねる訳にもいかないので黙って頷いた。
それに比べてペストは冷静だった。考えるまでもない。
「ならそれはアルビノに使ってちょうだい」
「でもそれじゃ……」
「私はもう何回か死んでいるし自分の命はどうでもいい。この子が助かるなら私の命をあげるわ」
きっとこの凍り付いた身体は正常に戻ることはないだろう。温めたところで細胞が元に戻ることはない。もう死んでいるのだ。今、ペストに意識があるのはこの力がペストが発してるからに過ぎない。それを解除すれば自然の摂理にしたがってペストは死ぬだろう。
「でもっ……」
「他に解決方法なんてないでしょ? 私が死ねば黒死病もこの冷気もこれ以上広がらない。あとはゆっくりと消滅していくはずよ」
ペストの言う事はわかる。それが最善だという事もわかるが、はいそうですかと返事はできない。
サクラはロゼとシェルの方に視線を向ける。二人とも解決策を考えているようだったが、見当たりそうにない顔をしていた。
「解決策……細胞が死なずに……」
「半分ずつ飲むっていうのはどうですか?」
シェルが提案をする。
「それじゃ効果は半分になる可能性がある。つまりどっちも助からない可能性がでてくるだろう」
「そうだよな」
「水で薄めて二本にするとかも同じで却下だな。私が言った事をなんら変わらない結果になるだろう」
「う~む……」
「悩んでくれるのは嬉しいけどね、この子に一本飲ませてあげるのが一番よ」
「わかってる、わかってるけどちょっと待って!」
まだ時間はあるはずだとサクラは思考をフル回転させる。
「薄めて、二本に、でも効果は半分……。細胞が、再生できれば……」
サクラは何かを思いついたのように鞄をひっくり返した。そして空き瓶を手に取って更に思考を深くする。
「いや、でも……。私以外に効果があるか……」
「サクラ……」
思考の沼から意識があがってくる。
「一つ、提案!」
現実的ではない。結果がどうなるかわからない。でも可能性はある。
サクラは薬を空の瓶に半分だけわけた。
「半分だけ飲ませるつもりか?」
それでは意味がないだろうとロゼは言う。
「違う。こうする」
言うなりサクラは自分の手の皮膚を噛みちぎった。
「ちょっ!」
シェルが焦って止めに入ろうとするがロゼが動かなかったので近寄れない。駈け寄れよ、とロゼを睨むがロゼの顔には一筋の光が見えていた。
「そうか!」
「そう。私は高い再生力を持ってる。この毛皮のおかげもあって今はすごい速さで傷も治る」
サクラとネルが戦った時、サクラはガラスの剣で斬られたがその傷はすぐに再生された。あの時の再生の速さにはあのネルでさ驚いていたのだ。
その血を薬と混ぜる。
薬とサクラの血が、半々になり瓶をうめた。それを軽く振って薬と血を混ぜる。色が変わっていくのがわかった。それは幻想的でこの色はなんだと聞かれても答えられないような色をしている。
「できた!」
もう、後戻りはできない。純正の薬はもうないのだから。
「これを飲んで!」
自分が生きる未来があるのだろうか。それはどれぐらいの確率なのだろうか。またアルビノと人生を過ごせるのだろうか。淡い期待だけが浮かんでは消えていく。その沈んだ意識を引き上げてくれるのは、背中を後押ししてくるのはたった一人の友人だった。
「待つのじゃ!」
この場で初めて聞く声が木霊したのだった。




