第二十話
サクラとシェルが部屋に帰ってくると窓からぼーっと外を眺めているロゼが居た。その眼は虚ろで何を考えているのか予想できない。きっと何も考えずに本当にぼーっとふけっているようにも思える。
「お姉さん?」
サクラが声をかけてそこでようやくロゼは二人が帰ってきていた事に気が付いたらしい。
「あぁ、帰っていたのか。おかえり」
心ここにあらず、といった感じで二人は顔を見合わせる。声をかけていいのだろうか。どうしたのかと聞いてもいいのだろうか。自分たちが声をだしてもいいのだろうか。
そんな雰囲気が部屋の中を覆っていた。
「……二人ともとんでもないものを持ってきてくれたな」
その静寂を切り裂くことが出来るのは本人しかいない。ロゼは静かにそう言った。
「どうしてくれるんだ。続きを……続きを持って来ぉぉぉぉぉいッ!」
大声を張り上げて抗議する。その顔は怒りではなく高揚感に満ち溢れていた。その顔を見た時に二人は、自分たちの選んだ本が正解だったのだと理解した。
「……そんなに面白かった?」
「面白かった! なぜ私は今までの人生でこれを、この手の本を読んでこなかったのか! 過去の自分に説教がしたい!」
「それは自業自得だろ……」
「わかっている。わかってはいるが、止められないんだ!」
「ん~、この本に続きはないけど、他の本には続きがあるやつがあるかもしれないし、もっと長い本を探してこようか?」
「うむ、よろしく頼む!」
「いや、待て待て待て」
さすがにそれはまずいとシェルが二人を止める。
「さすがにそこまで時間に余裕はないでしょ。その前に満月になります。もし、本を読みたいのなら、すべてが終わってからです」
満月の日は近い。それに遅れることなど、他に気を取られることなどあってはならない。すべての優先事項はそこにある。
「よーし、サクサク終わらせて本を読むかー」
「お姉さんのテンションが、へん」
「これは私たちに責任が……」
どうやら予想を大幅に上回る事態が起きているようだったが、これは止められるものでもないし放置してもいいだろうという結論に至った。
嬉しい誤算というやつだ。
それからというもの、この内容について語りたいと言い出したロゼは無理矢理二人に本を読ませて自分たちの意見をぶつけ合った。
数日が過ぎても連絡は何もなかった。連絡があるとは思わなかったのでそこは気にしなかった。あくまで来るかもしれないという可能性があるだけ。
三人は窓から夜空を見上げる。
「けっこー丸くない?」
「いえ、端が少し欠けていますね」
「では、明日には満月だろうな」
沈黙。
明日だ。明日が待ちに待ったその時だ。
夜空を見上げて三人はこれまでの事を思い出していた。
明日。明日すべて終わるかもしれない。
明日が最後の日になるかもしれない。
そう思ったら物思いに耽らずにはいられなかった。
時間は過ぎる。
同じ速度で変わることがない。
だが、あの場所だけは。
あの場所だけは、止まったままになっている。
それを正常に戻す。
三人はそれ以上何も言わなかった。ここまで来れば想いはひとつだ。
黒死病を止め、世界を救う。
自分の命も危うくなるかもしれない状況が近づいているが、それを怖がる者など一人もいない。
明日が早く来てほしいと願ったのだった。




