第十八話
「気に病む必要はありません」
「え?」
浮かれていた表情はどこに行ったのか、シェルは真面目な顔をして一冊の本を本棚から取り出した。
「あいつは、お嬢さんに気を使わせてしまう事の方が大きな負担になるでしょう。もし、それでお嬢さんが申し訳ないと思うなら楽しむべきです。そしてあいつを除いて楽しんだことを悔いるなら、ここで面白い本を見つけてあいつに読ませればいいのです。それで対等です」
「……司教様って、やっぱり司教様なんだね。なんかはじめて司教様っぽいこと聞いた気がする」
「気がするだけです」
サクラは笑い『そっか』となにやら腑に落ちたようだった。それを見てシェルは安心する。
「じゃ、どれにしよっかなー。司教様はどんな本にするの?」
「私はこれにしようかと」
そう言って持っていた本をサクラに見せた。
「冒険譚?」
「やはり本といったらこれでしょう」
鼻を鳴らして自慢気にする。その姿は少年のように見える。
「男の子って感じの本だね。お姉さんこーゆーの読むのかなぁ」
「読んでいた過去はどうでもいいのです。これを持って行った以上は読まなければなりません。そして、一度読んでさえしまえばこの物語の良さがわかるでしょう」
そうすれば虜になる事間違いないと自信を持っているようだ。そこまで言われるとサクラ自信が読んでみたくなってくる。
「お嬢さんはどれを?」
「うん? うーん、わたしはこれにしよっかなぁ」
そう言って見せたのはシェルとは真逆の恋愛ものの本だった。いかにも女の子が好き、という本だ。
「ほぉ、お嬢さんはそういった本が好きなんですか?」
「いや、まったく読んだことないんだけど、案外お姉さんが好きそうかなって」
「あの魔女がぁ? 恋愛ものが好き? まったく想像できませんが」
まぁ、先ほど自分で言った通りだ。普段読んでいなくても、興味がなくとも読まざるおえない状況なので読むしかない。
「読んだ後の反応が気になるとこですね……」
「……すっごい気になるかも」
これは違う楽しみができたと、二人はほくそ笑みながら本を持ってロゼの元に帰るのだった。
「……君たちはセンスというものがない」
本を渡されたロゼが開口一番に放った言葉はそんな呆れた言葉だった。
「両極端すぎる。私は物語より歴史など知識が増える本が良かったんだが」
「まぁとりあえず読め。読めばその良さがわかる」
「なんだその信じる者は救われるみたいなニュアンスは」
文句を言っても始まらないのはロゼ自身もわかっているが、どうしてもひとこと言わなければ気が済まなかった。そうでもしなければ、このあとの言葉が言いにくいからだ。
「まぁいい。まぁ、礼を言う。すまんな」
そんな謙虚なロゼを見てサクラとシェルは顔を見合わせる。
「礼を言うとか言って言ってねーし」
「謝ってるし」
二人は呆れたように首を振る。二人が何を言いたいのかわからずにロゼは首をかしげる。
「まぁ、お前はそれでも読んでろ。最初は気に食わなくても読み続ければ面白くなってくるもんだ」
「そんなものか?」
「うんうん、そんなもんだよ」
納得はしきれていないようだったが、もう読まないという選択肢はない。静かに本をぱらりとめくる。それが合図だったのかのように、ロゼの意識は本の中へと潜っていき、サクラとシェルの二人はそっと部屋を出た。
「いい休息になるかなぁ」
「なるでしょうとも。我々は時間を潰しましょう」
全員が残りの二人の為の休息を願っている。これが最後の休息になるだろう。数日後には生きていないのかもしれない。そんな苛烈な時間が待っているのだ。だったらそれまでの時間で好きな事をしても罰は当たらないだろう。
「どこから見て回りますか?」
「うーん、一番おっきな建物!」
「かしこりました。では、あそこですね」
二人は駆け足で向かったのだった。




