第十七話
「なんにもない部屋だな」
他の司教に会わないように隠れながら部屋へと向かった。途中でシスターに声を掛けられ、ゴミを見るような眼を向けられていたがサクラとロゼは連れて行かれる側なので無傷だった。傷ついたのはシェルだけ。もう二度とここには戻って来れないかもしれないと小声で何やらぶつぶつ言っていたが二人は呑気なものだった。
かくしてシェルの部屋へと到着。二人を部屋の中へと招き入れ、ロゼの第一声があれだった訳だ。
広くはない長方形の窓が一つあるだけの質素な部屋だった。あるのは机と椅子。そしてベッドだけ。生活感など一欠けらも感じられない、人が住んでいたのかもわからないほどの虚無のような部屋だった。
「ほんとに何もないね。司教様、いじめられてたの……?」
思わずサクラが憐みの眼を向けてくるが、シェルは少し笑い窓を開けて空気を入れ替える。一つしかない椅子を引いて、サクラに座るように促し、ロゼにはベッドを指さした。シェルは窓枠に背中を預けて答える。
「もう、ここには戻って来るつもりはなかったですからね。というか、きっと自分はこの旅で死んでここには戻って来れないと思っていましたので、それで全部整理したんですよ」
まさか、こういう形で戻って来る事になるとは、と自分に呆れて少し笑った。
「そっかぁ」
「ふ~ん」
「よかったね、戻ってこれて」
「どうでしょうね。無理矢理飛び出た訳ですから、教会側からはどのツラ下げて戻って来た、と思われているでしょう」
視線が痛い痛い、とまた笑う。
「君の友人は嬉しそうだったがな」
「どうだか」
一人でも自分の帰りを待っていてくれる人がいるというのは救いになる。それは間違ってはいないが、それを認めるのも恥ずかしいものがある。
「しかし、満月の夜までここに居られるのか」
「まぁ、なんとかなるだろ」
「適当だな」
「問題があるとすれば、時間が余ってしまった事だな」
「と、ゆーと?」
「暇って訳だ」
両手を少し上げて呆れた仕草をする。
今までは目的があった。ひたすらゴールが見えない道を進んでいたが、今回は一つ手前のゴールには時間がある。それまでは動くことが出来ない。
「まぁ、久しぶりの休息、という感じになるか」
「休息、ねぇ」
「ゆっくりしよー」
サクラだけがニコニコしている。どんな時も幸せそうだなぁとロゼは気が緩む。
窓から見える景色は教会の中の風景を映し出していた。色々な建物が存在しているし、それらは芸術的にすら見える。自然と胸が躍る気分だ。
そんな景色に眼を輝かせているサクラを見てロゼは申し訳ないと思ってします。きっといつもなら三人で行ってみようと言い出すだろう。だが、ここではそれが出来ない。理由は簡単だ。ロゼが魔女だからだ。魔女が教会内部をうろつくなど自殺行為だ。そんなロゼを想ってサクラは自分の好奇心を押し殺しているのだろうと簡単に察しがついた。
「二人で行ってくればいい」
そう言われてサクラとシェルは顔を見合わせる。
「サクラだけだと心配だからな。シェル司教殿、デートする代わりにしっかりと案内と護衛をしてやれ」
「デ、デ、デードだと……」
シェルにはこう言ってやるのが効果的だろう。
「君がやらなくて誰がやるというのだ」
「まかせたまえっ!」
単純で良かった。
「いやっ、でも……」
サクラは言葉を濁す。シェルと二人で行くのが嫌なのではなく、ロゼを一人にするというのが心配なのだろう。だったらここは心底明るく振る舞うべきだ。
「まぁ、待っているあいだ暇だろうから、二人で何か本でも見繕ってきてもらえると助かる」
ことさら何でもないかのように告げる。
「う~、わかった」
そこまで言われたら納得するしかない。シェルはウキウキでそんな空気はないようなものだ。すぐにサクラの手を引いて部屋を出ていった。
「まったく、慌ただしいな」
こんな狭い部屋でも一人でいると広く感じた。




