第八話
「ん、んん~? シェル司教? なぜ止めるんですか?」
「これは私の獲物ですのでね」
間一髪という言葉がある。それほどギリギリの局面だった。
「くだらない。魔女は即刻駆逐すべきですよ。貴方、それでも司教ですか? いや、きっと違うんでしょうね。貴方みたいな野蛮な男がなぜ司教を名乗るのを許されているのか、僕には理解できないですよ。自分が何をしても許されるとでも思っているのですか? まぁそうでしょうね。昔から悪さをしては許されてきたんでしょう。実に不愉快だ。貴方はここに戻ってくるべきではなかった。司教の証をおいて即刻立ち去りなさい。だいたい貴方は――」
「――くだらない」
張り詰めた言葉の糸を断ち切ったのはロゼだった。
「何か言いました? 魔女の分際で」
「あぁ、言ったな。聞こえないか? 耳がついていないのか? なら聞こえるまで言ってやろうか。くだらないと言ったのだ」
ロゼは相手が口を開く前にさらに言葉を繋げて相手を黙らせる。
「たしかにシェル司教殿は馬鹿だ。ほんとに司教なのかと思わせるほど口は悪いし頭も悪い。低俗で醜悪で粗暴でガサツで獣じみている。おまけに女好きですぐに鼻の下を伸ばす。人間としても男としても最低で底辺の底辺なお手本のような人間だ」
だが、とロゼは言う。
「だが、自分の信念には忠実だ。自分の事をかえりみないほど忠実だ。自分の目的には自分が必要なくせにその自分をすぐに犠牲にしようとするそぶりも見られる。きわめて愚かな行為だろう。そしてそれは誰にも真似ができない。その行為を馬鹿にしていいのは本人だけだ。お前のような人間はシェル司教の足元にも及ばない。人が嫌がっているのがわかっている癖にそれを平気でグチグチと。お前の方がよほど性格がねじ曲がっている。お前はクズだ。人間のクズだ。そんな人間がシェルを馬鹿にするな! きわめて不愉快だ!」
「…………」
「魔女、お前……」
サクラが口を押さえてニヤニヤと笑っている。
「言わせておけば……」
右手はシェルに捕まれて動かせない。だが手というのは二本あるのだ。左手をロゼの顔面に伸ばそうとした時だった。
「はい、喧嘩はここまでだよー」
サクラが二人の間に割って入った。
「お嬢さん……」
「魔女をかばうのは重罪ですよ?」
「それだったら悪口言うのだって罪だよ?」
サクラはニコニコとやんわり言い返す。バスティーの右腕を掴んでいたシェルは、その右腕から力が抜けるのがわかった。




