第十三話
臆する事なく、胸を張って言った。それはこの喧嘩を買う、という意味だ。
「ふん、なら見せてみろよ」
ネルは先ほどと同じように右手を前にかざす。するとサクラは自分の意思とは関係なく一歩後ろへと下がった。
「わっ」
「ちっ」
ネルが押したのではない。それを証拠にネルは舌打ちをした。ならどういう事か。
「ロキ?」
サクラは自分の着ている毛皮を見やる。静かに唸り声が聞こえた。狼の感覚がサクラを救ったのだ。
「なるほど。面倒なものを持っている」
ネルはそれがなんなのかを理解する。その出どころも。
サクラは笑みを浮かべる。そして言葉を繋げる。
「いくよ、ロキ!」
着ていた毛皮を頭から被った。
伝説にある狼男、ワーウルフというのは満月を見ることで変身すると言われているが、諸説ある。そのもう一つの方法というのが、毛皮を被る事。
ロゼは思い出す。自分の友のあの姿を。始めた見た時は驚いたし、今でも鮮明に覚えている。あの二本足で立つ恐ろしい狼の姿を。
しかし、ロゼが見たものはリンドウとはかなり違っていた。狼の耳と尻尾は確かに見て取れる。身体もところどころではあるが毛皮に覆われているが、顔は人間であるサクラそのものだ。瞳孔は狼の瞳になり、少し犬歯が伸びているぐらいだろう。
半獣半人という言葉がふさわしい。
「ぐぼっ」
後ろの方でシェルの変な声が聞こえた。自分の鼻を押さえて鼻血を止めようとしているが、ドバドバと溢れているし眼はサクラに釘付けだった。どうやら刺激が強すぎたらしい。
「よし、完璧」
ぐっ、と拳を握って自分の状態を確認する。
「ほぉ」
ネルは思わず感心に似た声を出す。ただの人間にしては上出来だと。
「じゃ、いくよ?」
サクラはわざわざ言葉に出す。ネルからの返事はない。
二人が動いたのは同時だった。サクラは前に駆け、ネルは前に手をかざす。
「視える!」
ワーウルフと化したサクラはしっかりとそれが視えていた。ネルの掌からあふれ出すそれ。
「波動!」
通常では見ることが出来ない波動をしっかりと感じ取り、それに触れないように躱した。一瞬でネルの後ろへと回り込んだが、簡単にやられるネルではない。ネルの身体中からは波動が溢れた。近寄れないサクラは一度距離をとる。その攻防は一瞬の出来事であった。
「やるじゃないか、リリーの忘れ形見よ」
「あぶなかったー。もしかしてそれが力の元なの?」
「さぁな」
一つ、ネルの力について間違っている事がある。それはシェルが言った念動力の事だ。正確にいうならば、ネルの力は念動力ではない。
ネルの本当の力とは、自分の波動に絡めとったものを操作できるというものだ。それは生物であろうと無機質なものであろうと関係がない。意のままに操作をし、操れる。
「ん~、あの波動には触りたくないな」
感覚が鋭くなっているサクラはその波動が視え、その波動が危険だと感じ取っている。しかし、波動というのは身体から生まれるものだ。ネルに触らずに倒すのは不可能だ。こちらから攻撃をすれば、必ずその身体に触れる事になる。
「さぁどうするよ」




