第十二話
「念動力って?」
「自分の意のままに物を動かせる力ですよお嬢さん」
「えーすごーい。いいなぁ」
「たしかに師匠はそんな感じだが。それがどうしたというのだシェル司教殿」
口に出すのも恐ろしい。古い、古い昔話だ。
「文献によると……その念動力を使う魔女というのが――始まりの魔女」
「えっ?」
「はっ?」
二人は最近その名前を聞いたばかりだった。有名だが、昔すぎて生きてはいないだろう魔女。
「お前のお師匠様はな、魔女の始祖だ」
全員の視線がネルへと向けられる。こんな小さな子供の魔女が魔女の始祖? 一番初めに魔女として覚醒した人物?
誰もこの沈黙を破る事が出来ずにいた。唯一破れるのは本人だけだ。
「久しぶりに聞く呼び名だ。よく知っているじゃないか小僧」
声色で人を殺せそうなほどの声だった。今までと何も変わってはいない。勝手に聞く相手がその言葉に恐怖を乗せているだけだ。
「し、師匠が、始まりの魔女?」
ロゼすら知らなかった。たしかに貫禄はあるし、知識も豊富だ。だが、それとこれとは話が別だ。
「わかったらそれを置いて失せろ」
命まではとらない。すぐにその言葉の意味を全員が理解した。ロゼとシェルの視線はネルからサクラへと移る。正直なところ、シェルは今すぐにでも逃げ出したいと思っている。全員が助かるならそれに越したことはない。生きていればチャンスはまた巡ってくるだろう。
ロゼは悩む。どちらの選択肢が最善なのかを。しかし、それよりも優先されるのはサクラの想いだろう。ロゼはサクラの言葉を待つ。
「いやだよ」
サクラは臆することなく、遠慮をすることもなく、そう言い放った。
ネルはめんどくさそうにため息をつき、サクラを見据えた。
その瞬間だった。
「お嬢さん、逃げてください」
シェルが再び結界を組もうとする。サクラが拒否をしている以上、考えは変わらないだろう。きっと戦闘になる。しかし、勝てる見込みなどありはしない。相手は魔女の始祖だ。その恐怖は文献の中で嫌というほど味わった。せめてサクラだけでもこの場から――。
「お前は邪魔だ。どいていろ」
結界が構築されるより早く、ネルは手をシェルに向けた。
「う、ぉおおおおっ」
すると何かに押されるように、何かに引っ張られるように、シェルは遥か後方へと吹っ飛ばされていく。
「司教様っ?」
手を掴む事すらできなかった。まるで紙のように飛ばされてしまった。一応眼に見える範囲にはいるが、そこからここまで戻って来るのには早くても数十秒はかかるだろう。それだけあれば十分だった。
「痛い目をみるぞ」
「師匠!」
「黙れよ、元人間。私は力づくでこれを奪う。お前を殺してでも奪う」
ネルは冗談を言わない。それが本気なのがロゼにはわかる。
どうすればいい。
ロゼの頭は答えにたどり着きそうになかった。
「大丈夫だよ、お姉さん」
サクラの言葉にハッと我に返った。
「わたし、強いから」