第七話
ネルは興味を失ったように誰もいないカウンターに身体を向けた。話は終わりだ、という意思表示だ。
「師匠にお聞きしたい事があります」
顔は前を向いたまま、瞳だけを隣のロゼに一瞬向けた。聞くだけ聞いてやる、という事なのだろう。それがわかっているロゼは続きを言う。
「旅に同行してもらえませんか!」
「おい、何を言って――」
間髪入れずにシェルが反論した。それを掌で制す。
ネルは古い魔女だ。その知識はもちろん力もかなり強い。そんなネルが旅に同行して味方になってくれたら、どれほど心強いか。ここで折れる訳にはいかなかった。
「私たちはこれからアドミラル大聖堂に向かいます。私だけでは何かあった時にサクラを守り切れる自信がないのです」
「ならば行かねばいいだろう」
正論を返す。しかし、それで納得できる訳がない。
「師匠は知っていますか。旧アルヴェルト王国に這入ろうとすると不思議な結界に阻まれて違う場所に飛ばされる現象を。私たちはそれを調べる為にアドミラル大聖堂に行かねばならないのです」
「私が張った」
「…………はっ?」
一瞬何を言っているのか理解が出来なかった。
はった? はったとはどういう意味だ?
「私があの結界を張ったのだ」
「はっ!?」
ロゼは大声をあげていた。まさかの返答に驚きを隠せなかった。自分たちの予想は外れて答えがいきなり目の前に現れたのだ。同様するなという方が無理だろう。
「正確には一人で創り上げた訳ではないがな」
「ど、どういう……一体誰と……」
普通に考えて同じ魔女だろう。魔女同士が協力し合ってあの結界を創り上げた。誰もがそう思った。しかし、その予想は外れる。
「教会の連中とだ」
「はっっっ!?」
そう大声をあげたのはシェルだった。先ほども驚いたがこれはそれ以上に驚いた。天変地異もいいところだ。いったい何回驚けばいいのだろうか。ロゼとシェルは心臓が持ちそうになかった。サクラだけが静かにそれを聞いていた。
「あの中は死の世界だ。あれが広がれば人の世は終わるだろう。正確にいうのならば、結界を上書きして強化したと言った方が正しいか」
協力しあった産物ではない。しかし考えは同じだった。
「ま、まさか教会と魔女が協力関係に……そんな事が知れたら教会の信用が……」
なくなっても不思議ではない。
「教会の連中とは顔を合わせてはいない。ただ、結界をお互いに補助や強化を少しずつ行っているだけだ」
その結界を視ればわかる。自分が一番だと誇示するのではなく、ベースを崩さずに少しずつ手を加えていく。どこの誰かも名前も顔も知らない。だが、目的はわかる。この黒死病を封じ込める。その為に協力しているのだ。
「ほらー、やっぱり魔女と教会は仲良くできるんだよ!」
今まで黙っていたサクラがそう叫んだ。




