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魔女物語  作者: 夜行
第一章「日常」
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第三幕



 雪が降りしきる寒い日だった。

 家のポストにある一通の手紙が入っているのをリンドウは見つけた。すぐさまリリーの元へと持って行く。

「ままー、お手紙入ってたよー?」

「手紙?」

 まったく心当たりがないので眉間にシワをよせて手紙を受け取った。ポストとは名ばかりでほとんど機能していない。魔女に手紙を出すものなどいないのだ。しかしそれはリリーが忘れているだけだった。

「あぁ、もうそんな季節かのぉ」

 手紙の中身を見る前にリリーは察しがついたらしい。手紙の縁を綺麗にハサミで切っていく。手紙を開くと文字が空中に浮かび上がった。

『次の満月の夜に魔女集会を執り行う』

 たった一行の文だった。

「はぁ~、めんどくさいの」

 肺のどこにそんな空気が入っているのかと思うほどの溜息をリリーは吐き出した。リンドウはまったく訳がわからずにキョトンとしていた。

「まじょしゅーかいって?」

「ん? その名の通りじゃよ。この地域の魔女が集まるんじゃ。年に四回。つまり一つの季節に一回ずつじゃな」

「へ~。楽しそうだね」

 そう言われてリリーは嫌な顔をした。

「んなわけあるかいっ。面倒なだけじゃよ。くだらん話し合いをせにゃならんしなぁ」

 はあーあ、と溜息しか出ないらしい。

 リリーはリンドウを抱き上げて頭を撫でる。

「お前も連れて行きたいんじゃが、さすがにまだ早いしのぉ。良い子に留守番をしておくれよ」

「おるすばーん?」

「あぁ、心配じゃ。一人にするのが心配じゃ。いっその事、集会なんぞ休んでやろうか」

 険しい顔をして本気でそう考えるリリー。別に一人ぐらい居なくても支障なんてものはないし、集会よりも我が子の方が何十倍も大切だ。そんな事を思っていた。

「ダメだよサボっちゃ。お友達に会いたくないの?」

「おともだちぃ?」

 はてさて、そんな人物いたかと思考を巡らせてみた。魔女同士が友達というのはそう言えば聞いた事がないなと思った。所詮、顔を知っている程度の認識だ。

 と、そこである事を思い出した。

「あぁ、そういえば」

 自分の記憶が正しければ貸しを返して貰う約束をしたはずだ。しかし正直なところあの魔女には会いたくないとも思う。もしもヘソを曲げて戦闘にでもなったりしたらこちらがタダでは済まないし、そんな事になったら子育てが出来なくなる可能性もある。

 だが、魔女の貸しは絶対だ。どんな要求でも受け入れなければならない。

「恨みを買うのも嫌じゃしのう……」

 う~ん、と頭を悩ませる。何で返してもらうか。どうせならリンドウのタメになる物が良いが、そんな物を魔女が持っているはずもない。

 まぁ次の満月まで多少の日にちはあるし、それまでに考えておこう。

「……リンドウよ。何かほしいものはないか?」

 とりあえずリンドウに聞いてみた。

「ほしいもの? ほしいもの……う~ん、そうだねぇ……」

 どうやらリンドウも中々思いつかないらしい。似た者同士の親子だなと嬉しく思っていると「あっ」と何かを思いついたらしい。

「ぼくね、本で見たんだけど――」

 そのほしいものを聞いたリリーは聞かなければ良かったと頭をよりいっそう悩ませる事となった。




 冬の満月の夜。

 リリーはいそいそと準備をしていた。しかし頭の中では本当にサボってやろうかと考えていたが、息子のリンドウの言葉を思い出して嫌々準備をしている。

「ぐっ、はっ~……いきたくない」

 まるで駄々をこねる子供のようだ。それでも頭では一応理解しているので準備をしている訳だが。

 それに頭を悩ませているのはリンドウに言われたほしいものだ。むしろそっちの方が難易度が高い。

「どうしたもんじゃろなぁ」

 天井を仰ぐしかない。そんな思いに浸っていると部屋の扉が開かれた。

「ままー? 準備できた~」

 まるでどちらが親かわからないではないかと、リリーはニヒルに笑った。

「おうよ。ばっちりじゃ」

 などと言っているがリンドウには何がどうバッチリなのかわからなかった。おもわず首をかしげる。

「まま? いつもの格好と全然変わらないよ?」

 そんな事を言われてリリーは人差し指を一本立ててチッチッと舌打ちをした。

「これじゃからお子様は。ほれ、よく見てみい」

 お子様は関係ないのだろうが、リリーに言われてリンドウはまじまじと服を見る。それでも違いがわからなかった。

「かーっ、お前はふぁっしょんせんすがないのー」

 お子様にはそんなものはわかるはずはない。

「ほれ、触ってみい。そしたらわかるじゃろ」

 そう言われて服の一部分に触れる。

「こ、これはッ!」

 お子様らしからぬ声と、目をクワっと広げて驚きの表情をあらわにする。

 すりすり。

「どうじゃ、肌触りが違うじゃろう?」

 要は生地が違うのだ。いつもの服は動きやすい柔らかな素材で出来た服だが、魔女集会に来ていく服は生活感がまったくない。正直、動きにくそうと言われればそうだ。

 簡単に一言でいうならば、ただの見栄だろう。

「ま、正装なんでもんはただの見栄じゃしの。ある程度の刃物なら傷一つつかんほど、頑丈な布で出来ておるありがたーーーい服なのじゃぞ」

「……魔女集会って傷がつくかもしれない危ないとこなの?」

「…………」

 一つの言葉からその先を察したのだろう。本当に頭の良い子だとリリーは嬉しく思う。

「そうじゃな。話し合いが決裂したときには喧嘩をする者もおるよ。魔女は基本傲慢で頑固じゃからな」

「ごーまん」

 少し言葉の意味が難しかったかと思ったが、リリーはあえて説明をしなかった。

 行かないで、なんて言われたら本当に行く気もなくなるが、行かなかったら行かなかったで後々面倒なことになる。

 リリーはそっとリンドウの頭を撫でた。

「良い子で留守番できるな?」

「あい!」

 力強い返事だった。安心できる。リリーはリンドウをひょいっと抱っこして抱きしめた。

 愛しい愛しい我が子。

 いつか自分を置いて死んでしまう我が子。

 だったらそれまでしっかり思い出を作ろう。

 一人になったときに、思い出して笑えるぐらいの楽しい日々を作ろう。

 いったいどれぐらい抱きしめていたかわからなくなったとき、家の外に気配を感じてリリーはリンドウをそっとおろした。

「迎えが来たようじゃな」

 外に出ると、そこには馬車が止まっていた。天蓋つきの立派な馬車だ。それこそ貴族でもこんな馬車は持っていないのではないかと思えるほどだ。しかしその馬車を見てリンドウは恐怖した。

 馬が二頭いるにはいるが、骨だったのだ。骨が白い息を吐き出して鳴いている。

「大丈夫じゃよ。とって喰われたりはせん」

 リリーは膝をおって最後にリンドウの額にキスをした。

「行ってくる。良い子にな」

 ひらひらと手を振りながら馬車へと乗り込む。すると骨だらけの馬は静かに走りだした。当然ながら明かりなんてものはない。ただ、夜の暗闇を駆け抜けていく。

 馬車の姿が見えなくなってようやくリンドウはハッと気が付いた。

「いってらっしゃい、まま」

 早く帰って来てほしい。そう思いながら静かに家の扉を閉めたのだった。





 ギィン、と冬の空の下に金属音がこだました。それも一回や二回ではない。連続で聞こえてくる。それだけを聞けばジングルベルの音色のようにも聞こえるが、そうではない。

 雪がしんしんと降っている中で二人はいた。

 少年アルビノは雪よりも白い髪をなびかせてどんどん攻める。相手を休ませることなく攻め続ける。自分が諦めるか相手が諦めるかの勝負だ。寒いなどとは泣き言は言ってられない。

 魔女ペストは特に動くこともなく、それを余裕の表情で受けていた。よくもまぁこの寒い中で体力が持つものだと感心する。きっとこの真冬の空の下でも復讐心という炎は消えることなく、燃え上がっているのだろう。

 だがそろそろ時間だ。

「そろそろ終わりにしましょうか」

「まだ終わってねぇ!」

「あなたの終わりはあたしが死ぬまででしょう? 残念ながら今日はもう終わりよ。だってほら」

 別にアルビノの注意をそらして不意打ちを決めようという訳ではない。ペストは誰も居ないはずの方向を指さした。そこにあったのは立派な馬車だった。およそ六人は乗れるであろう豪華な馬車だ。だが、それはただ一人の為にここにある。

「な、なんだありゃ……」

 御者台の上には誰も乗っていない。骨だけの馬が四頭いるだけだった。アルビノは今までペストを殺そうとしていたことも忘れて馬車へと駆け寄って行った。

「すっげぇ……どういう原理で動いてんだこれ」

 まじまじと骨だけの馬を見る。これが動いている理屈がわからなかった。それに答えたのは答えになっていないペストの言葉。

「これは他の魔女が操作しているのよ」

「他の魔女。お前は出来ないのか?」

「出来ないわ。魔女だって得意不得意があるのよ」

「じゃ、お前は何が得意なんだよ」

 聞いて後悔する事になる。

「殺す事は得意ね」

 アルビノの事など気にする事なく言った。聞かれたからそれに答えただけであって、ペストは何も感じなかった。

 アルビノの脳裏に浮かんだのはもちろんあの時の事だった。

 絶対に殺してやる。

 今は無理でも、何を失ってでも絶対に。

「あたしはそれ以外は全然ダメね」

「そうかよ」

 取り乱したら負けだと思ってアルビノは必死に気持ちを堪えた。

「じゃ、行ってくるわね。しっかり留守番するのよ?」

「はっ? こんな時間からどこに行くってんだよ」

「どこって、魔女集会でしょ?」

「なんだそりゃ?」

「あら? 言ってなかったかしら? 一つの季節に一回、魔女たちの集会があるのよ」

「そこで悪だくみでもしてるってか」

 ただの皮肉だ。

「まぁそんなところね。くだらない悪だくみよ。めんどくさい」

 冗談のつもりで言ったが、肯定されてしまった。しかもペストの表情を見る限り、本当に面倒くさそうだった。

「てゆうかお前、その恰好で行くのか? 正装しないのか?」

「これがあたしの正装よ」

「いつもと変わらないじゃないか」

「いつも正装を着ているのよ」

 ただの屁理屈だとアルビノは思ったがそれ以上は何も言わなかった。気になったのは一つだけ。

「……いつ、いつ帰ってくるんだ?」

 この言葉は心配して言っている訳ではない。

「そうねぇ。早ければ明日のお昼には帰りたいと思っているけど、頑張って夜が明けるまでには帰るわよ」

「帰ってきたらすぐに殺してやる」

 それまでに罠を仕掛けるなどの作戦を立てねばとアルビノは思った。そんな事はもちろんお見通しなので、ペストはシニカルに笑ってアルビノの頭を撫でた。

「触ってんじゃねー」

 手を弾かれてもペストは笑顔だ。

「期待しているわ」

 ペストは名残惜しむ様子もなく馬車へと乗り込んだのだった。




 魔女集会。

 魔女集会とはその地域に住んでいる魔女たちが一つの季節ごとに一回集まって集会を開くというもの。その魔女の数は十三人。上限は十三人でそれ以上はその地域には魔女は住めない事になっている。もし仮にどうしても住みたい場合、先人の誰かと入れ替わる事。どうやって入れ替わるかは本人たち次第となる。これは魔女たちの掟である。

 そんな十三人が冬の満月の夜、一堂に会する。

 リリーを乗せた馬車は闇の中を走り続けて、ある洞窟へと這入っていった。

「いつ来ても湿っぽいのぉ」

 馬車から見える景色と言えない風景にリリーは溜息をついた。洞窟の内部は入り組んでおり、正解の道は一本しかない。どこまで続くのかわからない道を走っていると急に洞窟内部がひらけた。それは終わりを告げる合図だった。

 洞窟のくぼみにロウソクが何十本、何百本と並べられていて怪しげに炎たちが瞬いている。奇妙なのはその蝋が減らない事だ。広い洞窟内から十三本に分かれている道の一つの通路に入る。

「ご苦労じゃった」

そこで馬車を降りて骨の馬に労いの言葉を投げた。

 まだ少し時間があるようだ。リリーの前には大きな細長い仰々しい扉がある。時間になればこの扉が勝手に開いて、集会が始まる。

 ほどなくして集会への扉は開かれた。

 リリーは迷うことなく前へと進んでいく。目の前に広がるのは円卓を囲う背もたれの長い椅子。そこに続々と魔女たちが無言で座っていく。どれも見慣れた顔ばかりだった。

 円卓の十二時の方向の一番の数字に座っている魔女が立ち上がった。

「諸君、よくぞ集まってくれた。それでは魔女集会を執り行う」

 そう言ったのはこの地域で一番長生きをしている魔女だった。名前はネル。見た目はリリーよりも若い子供だ。しかしその歳は七百歳を超えている。この地域を取り仕切っている長老格の魔女だ。

「今日の内容は我らが地域の国、王都アルヴェルト。そこの王が病に倒れたのだ。これは由々しき事態である。今後の魔女の存続にも関わって来るかもしれぬ」

「はい。どういった事でしょう?」

 そう聞いたのは十番に座る魔女だった。片手をあげて首をかしげている。

「アルヴェルトの王は魔女に理解がある人間だ。だが、他の人間は魔女を毛嫌いしている者が多い。その理解ある人間がいなくなったらどうなると思うよ?」

「……なるほど」

 核心を言わなくても全員が理解した。

 今の王都アルヴェルトは国王が魔女の事を理解している。だから国民もそれに従っている。しかし世間一般では魔女は嫌われている。なぜなら人間にはできない事をするからだ。

 単純にいって、恐ろしい。

 だから関りを持ちたくない。

「戦争が起こりそうじゃな」

 リリーは本心を言った。視線は集まるが避難する声は上がらなかった。それが事実だからだ。だったらどうするか。

「王の病を治すしかないだろう」

「でもそのままにしていても王は人間だからそのうち死ぬ。別になにも変わらないのでは?」

 そんな声が他の魔女から上がった。

「そもそも王が死ねばその子が後を継ぐだけだろう。その子は現在の王とは思考が違うのかね?」

「……正直に言って、今の王とは不仲だしあまりいい人間とは言えないのだ。しかも王位継承はその子しかおらん」

「じゃあ尚更じゃありませんこと? 早かれ遅かれその子が王位に就くのでしたら戦争は避けられませんわ」

「少しでも長く平和な時代を。これが我ら魔女の考えだ。その事を忘れるな」

「まぁたしかに」

 一同は沈黙する。

「そこでだ。王の病を治す担当を決めたいのだ」

 ネルはそう言ってリリーを見た。

「はあーあ、じゃろうな」

 リリーは言われるまでもなく観念した。

「花の魔女リリーよ、其方よりも植物に詳しい者はここにはいない。治すとまではいかずとも、延命させる薬を作ってほしいのだ」

「簡単に言うてくれるの。そんなもん作れたら儂は今頃大金持ちじゃわい」

 はん、と鼻をならして抗議する。

「ま、今後の未来がかかっとるようじゃしな。出来る限りの事はするが」

 そこでリリーの頭をよぎったのは息子のリンドウの事だった。きっと今から生きにくい世の中になってくるだろう。せめてあと十年。リンドウが大人になって成長すれば一人でも生きていく事ができるだろう。それまでは何としても現在の王に生きてもらわなければならない。

 すべては息子の為。

 リリーは決意をする。病が治ればそれが一番いい。実際にどんな病なのか見てみないとわからないものがある。

「おい、ネルよ。一度儂を王の元へと案内せい。それからでないと薬は作れんぞ」

「まかされよ。元よりもそのつもりだ。他の魔女たちは王都へは姿を隠して這入るように。変な噂がたったらかなわんからな」

「御意に」

 方針が決まった時だった。今まで一言もしゃべっていなかったら魔女が言葉を発した。

「ちょっといいかしら?」

 その声を聞いた瞬間、一気に空気が張り詰めた。魔女全員が一斉に懐から小さな小瓶を取り出して構えた。それを、喋った魔女に投げつけようという訳ではない。

 これは、解毒薬だ。

「……なんだね、黒死の魔女よ」

 ネルでさえ小瓶を用意している。他の魔女に至っては、泣き出しそうな者もいた。

 黒死の魔女と呼ばれた魔女は真っ赤に燃える瞳と真っ黒な滝のような長い髪、それに黒いローブを身に纏っていた。

 名前はペスト。

 黒死の魔女として恐れられている女だった。




 誰もがペストの言葉を待った。この地域の魔女の中で一番恐れられている人物だ。機嫌を損なえば全員が死ぬ恐れがある。それほどペストの力は強い。

「……君には一番上等な馬車を準備しただろう。何かまだ不満があるのかね?」

 ネルはこの場の代表として口を開いた。それにペストは首を横に振った。

「いいえ。そのことではないわ」

 馬車は満足しているという事だ。

「だったら何かね? 君が発言するとは珍しい」

 周りの魔女はかたずをのんで見守る。

「ちょっ、お前離さぬかっ」

 一人の魔女がリリーの後ろに隠れてブルブルと震えている。

「リリリリリーさんっ、そのお薬わたしのと交換しましょうっ。わたし薬作るの得意じゃなくって」

「あほかお前。これは儂のじゃ!」

 などという攻防が繰り広げられている。そんな様子を見てペストは立ち上がった。一斉に緊張感が押し寄せる。さきほどのリリーの後ろにくっついていた魔女はどうやら気絶したようだ。

「この集会、もう終わるわよね?」

 言い換えたら早く終わらせろ、という事なのだろう。

「あぁ、もう終わる。いや、終わりだ」

 ネルは刺激しないようにそう言った。ペストは満足気な表情をして踵を返す。その瞬間に全員の気が抜けるのがわかった。

「は~……助かった」

 誰かがそう言った。これ以上は集会を続ける事は出来ない。答えは出たので問題はないかとネルは内心思った。

「それでは魔女集会を終える。次は春の満月の夜だ。それでは解散とする」

 こうして魔女集会は終わった。と、同時に。

「あっ」

 リリーが何かを思い出したようだ。急いで椅子から立ち上がって走りだす。

「お、おいリリー。どこに行く気だ?」

 その方向はマズイ。ネルはそう思って声をかけたが、リリーは気にもとめなかった。その方向とはペストの後だ。ペストはすでに円卓の間から外に出ており、馬車の元へと向かっている。急がなければならない。

「おい待て、黒死の魔女よ」

 なんとかギリギリで間に合った。ペストは既に馬車へと乗っていて今にも出発するとことだった。

「なにかしら?」

 ペストは早く帰りたそうだったが、リリーにはそれを止める権利があった。

「お前、儂に貸しがあるじゃろ。それを返して貰うぞ」

 それも魔女の掟の一つだ。相手が望むものを、要求を必ず受け入れなければならない。それがどんな事でもだ。

「そうね。そうだったわね。たしかにあたしはあなたに貸しがある。で? 何を要求するおつもりなのかしら?」

 そう言われてリリーは悩んだ。一応、候補はあるものの、それをペストに頼むのはやはり気が重い。というか嫌だ。しかしこれも愛しい我が子の為だと思い、口にしようとしたが、ふと。

「お前、なんでそんなに早く帰りたいんじゃ?」

 たしかに魔女集会など面倒ではある。それでも今までペストはこんな事を言った事はなかった。だから少し気になったのだ。

「……その質問が貸しの返しかしら?」

「んな訳なかろーが。ただの世間話じゃよ」

「…………」

 ペストは少し嫌そうな顔をした。つまり言いにくいことなのだろう。それがわかったリリーはいっそう興味を持った。

「なんじゃ、そんなに言いにくい事なのか?」

「……まぁ、あんまり知られたくはないわね」

「ほぅ」

 そこで会話は一度途切れた。リリーはペストが話すのを待つという沈黙だ。ペストはそれが理解できたので一度大きな溜息をついてから重く口を開いた。

「あなた、あたしが怖い?」

「あん? そりゃ怖いじゃろ。お前の事が怖くない者などおらんと思うぞ?」

 何を当たり前なことを、とリリーは普通に言った。

「でしょうね。あたしもあたしみたいな力を持った魔女がいたら、そりゃ怖いし関係を持ちたくないわ。でも……」

 言うか言うまいか。ペストは悩んだ。言う義理はない。でもどこかで聞いてほしいと思う自分がいた。それが口を動かす。

「ただ一人だけ。あたしの事を怖がらない人がいるのよ。きっと、あたしの帰りなんて待ってないでしょうね。でもあたしは早く帰りたい」

「……なんじゃお前。男でもできたのか?」

「男? まぁあの子、性別は男よね」

「あの子?」

 そこでリリーはわかった気がした。

「お前、子供が出来たのか?」

「その表現は少し違うわ。拾ったのよ」

「拾った!」

 リリーはどこかで聞いたことのある話だと思った。それは紛れもない自分とリンドウの事だろう。点と点が一気にリリーの中で線へと繋がった。

 リリーはニヒルに笑う。

「おいペスト。いい事を思いついたぞ」

「あら、なにかした?」

 リリーは自分の身の上もすべてペストに話した。自分も人間の子供を拾った事。子育てに奮闘中な事。そして我が子のリンドウの頼み。

「お前の息子と儂の息子。一度会わせてみぬか?」

 リンドウがほしかったもの。それは友達だ。当初、リリーはペストからの貸しをリンドウと友達になれと言おうとしたが、相手はあの黒死の魔女だ。それに気が合うとも思えなかったし、何よりも危険だ。だが、ペストにも同じような境遇の子供がいる。これはいい関係になりそうだった。

「……なるほどね。それは良い考えね」

 自分の子の為。同じ歳ぐらいの友達の存在が、我が子の成長を大きく助けるだろう。お互いに利益にはなる。断る理由はどこにもなかった。

 それからリリーとペストは打ち合わせをしてお互いの子を会わせることにしたのだった。



「おかえりなさい」

 早朝にもかかわらずにリンドウはリリーが帰ってくるなり出迎えて抱きついた。

「良い子にしておったか?」

 リリーも抱きしめ返す。たった数時間だったのに久しぶりに会ったような感覚だ。当たり前だが何一つ変わってない。それがまた嬉しく思えた。

「リンドウよ。お前のほしいものが手に入るかもしれんぞ」

「え!? ほんとうに!?」

 目を輝かせて聞き返した。リリーは笑みを浮かべて頷く。こんなにも喜んでくれているのだ。それが嬉しかった。

「あぁ、本当じゃ。じゃから明日、会いにいこう」

 正直なところ不安もある。仲良く出来なくて傷ついたらどうするか、はたまた相手はペストの子だ。本当の子ではなく人間の子だからあの力を受け継いでいるはずはない。でもその場にはペスト本人がいる。一応、何が起こってもいいように準備をしておく必要がありそうだ。

 リンドウは、はしゃいで喜んでいる。その喜びを少しでも無駄に出来ない。不安と期待に胸を躍らせながら明日を迎えよう。




 ペストは家に着くと視線を感じた。それは紛れもなくアルビノの視線だ。部屋の窓を見上げると、案の定アルビノがこちらを見ていた。が、すぐに隠れるように顔をひっこめた。

「あらあら、恥ずかしがり屋さんねぇ」

 心配していた訳ではないだろう。それはペストもわかっている。きっと殺す対象が居なくなるのを恐れていたのだろう。だから見張っていた。それでも、自分の帰りを待っていてくれる人がいるというのは何とも言えない気分だった。

「ただいま」

 一人の時には一度も言った事のないセリフを口にした。もちろんアルビノからの返答はない。それでもいい。ただ居てくれるだけでペストは満足だった。

 自分がいない間に逃げようと思えば逃げ出せたはずだ。助けを求めて教会にでも行けば、大人を連れて来て自分を殺す事も出来たかもしれない。しかしアルビノはそれをしなかった。理由はペストを殺すのは絶対に自分一人の役目だと認識しているからだ。

 ペストはゆっくりと二階にあがってアルビノの部屋のドアをノックする。当然ながら返事はない。

「はいるわよ」

 中に這入るとアルビノは寝ていた。もちろん寝たふりだろう。当然ペストは気付いているし、アルビノは気付かれているとわかっている。

「ただいま」

 ペストはもう一度言った。

「あなたに報告があるわ。明日、魔女が来るの。その子供も一緒に。あぁ、魔女の子供と言っても魔女じゃないわよ? 普通の人間。あなたと同じで拾われたんですって。それで友達がほしいらしくてね。会ってあげてね」

 ペストは要件だけを伝えた。当然、反応はない。

 ベッドの淵に腰をおろして、アルビノの真っ白な髪を撫でた。

「明日の、もう今日だけど、お昼ごろに来るらしいから」

 まだ太陽は登らない。冬の太陽は遅くて困る。あと二時間は登らないだろう。

 コテン、とペストはベッドに横になった。もちろんアルビノがいる横でだ。息子の顔を見たら急に眠たくなった。まだリリーたちが来るまで時間はあるし、このまま寝てもいいなと思う。そんな事を考えているだけど瞼はどんどんと重くなっていく。このまま寝たらアルビノに殺されないだろうか。脳裏にそんな事がよぎったが、まぁそれでもいいかと思ってペストはアルビノの体温を感じながら眠りへとついたのだった。




 少しの仮眠をとって目を覚ませば日が昇っていた。隣にはまだ眠りこけているリンドウの姿がある。幸せそうな、間抜けな寝顔だ。その寝顔をいつまでも見ていたい衝動にかられるが、そうもいかない。今日は約束がある。

 きっとペストは客人が訪れるという経験がないはずだ。忌み嫌われて来たのだから当然と言えば当然。だったら手土産ぐらいは持って行った方が良いだろう。向こうで一緒に昼食をとってもいい。久しぶりのピクニック気分だ。弁当を準備して籠に詰め込む。

「よし、ま、こんなもんじゃろな」

 弁当といってもパンと木の実だ。ペストが用意していたらしていたで全部みんなで食べればいいし何も問題はない。

「リンドウ! そろそろ起きぬか! 出かけるぞ!」

 大声で呼んでも反応はない。どうやら夢の中で一足先に遊んでいるのだろうか。部屋に行けば、案の定まだヨダレを垂らして眠っていた。

「まったく……」

 平和だなぁと思う。

「これ、お前の言い出した事じゃろが。起きぬか」

「ぅ~ん……」

 どうやらやっと夢の中から戻ってきたようだ。

「ほれ、早く準備をせい。もたもたしておったら昼が過ぎてしまうぞ」

 馬車を走らせていったいどのぐらいの時間がかかるのだろうか。まぁそこは骨の馬に聞けばいい。

「よし、準備万端だよ、まま! いこう」

「なーにが準備万端じゃい。服が後ろ前じゃぞ」

「え?」

 リリーはリンドウの着ている服を少し持ち上げた。

「ほれ、まわれまわれ」

 百八十度まわればいいだけだ。そうすれば前が前に、後ろは後ろになる。だが。

「これ、まわりすぎじゃ」

 こんな他愛もない事が楽しい。ついつい無邪気に遊んでしまう二人がいた。

「はっ、そろそろ本当に出発せねば間に合わんくなってしまうぞ」

「まま、遊びすぎ」

「どの口が言うか、どの口が」

 リンドウの頬を両手でつねってみょーんと伸ばす。それを二人は笑いあう。

 馬車の骨の馬にリリーが行き先を告げる。

「ペストのところまでいってくれ」

 すると骨の馬同士は顔を見合わせた。

 え? ペスト? あの黒死の魔女の? という言葉が読み取れる。

「まぁ、そうじゃな」

 そう答えると骨の馬は明らかに嫌がっていた。

 いやいやいや、それはないっすよー。言葉は喋れなくてもそんな雰囲気だ。

 まだ死にたくないよなーっと馬同士で会話しているのがわかる。

「お前たちは何か勘違いをしとるな?」

 え? と馬の頭にハテナマークが浮かんで見える。

「死にとうないってお前たち、既に骨だけで死んどるぞ?」

 沈黙。

 馬が人間ならば、ポンと手を叩いた事だろう。既に死んでいるのなら怖いものはないわーという感じで骨の馬はペストの元へ行くことを了承してくれた。

二人は馬車へと乗り込む。

「よし、行くか」

「しゅっぱーつ」

 リンドウの掛け声と共に、車輪は回りだしたのだった。




 それから約一時間後。馬車は一軒の家の近くに止まった。まだ距離はあるが、ここからは相手を刺激にないようにゆっくり行きたいというのが骨の馬たちの主張だ。

「そんなに怖がらんでもよかろうよ」

 そんな事言われても無理なものは無理ですと骨の馬たちは溜息を吐く。

 もう家は見えているし、来たのは向こうもわかっているはずなのに、一向に出迎えがない。勝手に敷地内に這入って罠でも発動したらたしかに怖いなとリリーは思った。だがこのままという訳にもいかないのでリリーは叫びながら家に近づいて行った。

「お~い! ペスト~! 儂じゃ~!」

「リリーじゃ~! 来たぞ~!」

「お~い!」

 声をかけながら向かっていると結局なにもないまま家の前まで着いてしまった。

「……う~む。ついてしまったの」

「ままー、誰もいないんじゃない?」

 そう言われたらそうなのかと思ってしまう。

「いや、さすがに昨日の今日で忘れとる訳はないと思うんじゃが……」

 隠れて驚かすサプライズをするようなキャラではないし、はてさて。

「お~い! ペストや~い! 居ないのか~!」

 家の扉をゴンゴンとノックしてみた。やはり反応はない。

「う~む……」

 これは本当にどうしたものだろうかと頭を悩ませていると上の方で音がした。いち早くリンドウがそれを見つけて指をさす。

「あっ、まま、いたよ」

 そこには窓から見下ろす二人の影があった。

「なんじゃ、いるじゃないか」

 その影はもちろんペストとアルビノだ。二人は仲良く並んでこちらを見下ろすように見ているが、その目はまったく開いていなかった。

「おい、起きろ。目があいとらんぞ」

「……なあんだ。あなたねぇ。勝手に上がってちょうだい」

 夢うつつで完全に寝ぼけている。それでも家の主が勝手に上がれと言っているので遠慮なくお邪魔させてもらう。

「ほれ、リンドウ、這入るぞ」

「おじゃましまーす!」

 手をあげて元気な声で這入って行く。とりあえず二人がいるであろう二階にあがる事にする。普通なら下でご対面というものなのだが、魔女に常識はないらしい。

「階段はどこじゃ?」

 キョロキョロと見渡す。

「まま、こっちこっち」

 どうやらリンドウが先に見つけたらしい。その階段を上がって行くと部屋が三つあった。

「こっちよ~」

 ペストの声がする。どうやら一応目は覚ましたらしい。一応ノックをして部屋の中に這入って行く。

「お前、せめて迎えに来んかい」

「堅い事言わずにいいじゃないの」

 そんな挨拶らしからぬ挨拶を終えて、次は主役たちの挨拶だ。

「ほれ、挨拶せい」

 ドキドキしているとリリーに背中をポンと押された。

「リ、リンドウです。人間ですこんにちは」

「人間ですて、なんちゅー自己紹介じゃ」

 けらけらと笑いながらリンドウの頭を撫でた。

「ほら、次はあなたもよ」

 そう言われてアルビノは不服そうにリンドウを見た。

「……アルビノだ」

「地味な挨拶ねぇ」

「……うるさい」

 アルビノとリンドウは同時に母親に背中を押された。二人は向かいあった。

「ねっ、お外に遊び行こ!」

 リンドウは目を輝かせて遊びに誘う。アルビノの返事も待たずに手をとって走り出した。

「お、おい」

 ドタバタと大きな足音を立てて下へとおりていく。

「子は元気じゃのう」

「そうね」

 呆れるように、嬉しさがこみあげて自然と笑みがこぼれてくる。ペストとリリーも二人のあとを追ったのだった。




 外には雪がまだ積もっている。しかしアルビノとリンドウは関係なく外に飛び出した。雪を触れば指先は針を刺したかのように痛みが襲ってくる。それでもの高揚感はなんだろうか。

 リンドウは雪を丸めながら言った。

「ねっ、雪合戦しよう雪合戦。したことある?」

「……いや、ない」

 まるで犬のようだとアルビノは思った。自己紹介もそこそこにもう遊ぶことしか考えてない。せめてもう少しお互いの事を話したらどうだ。

「ないの? 楽しいよ雪合戦」

「そんな遊ぶ気分じゃないんだ」

「ままが子供は遊ぶのが仕事って言ってたよ?」

「まま? あの魔女か?」

「うん、魔女だね。君のままも魔女なんでしょ?」

「母親なんかじゃねーよ、あんなの……」

「キレイなままだと思うよ。まぁぼくのままの可愛さには負けてるけど」

「そーかよ、ブッ!」

 言葉が終わると同時にアルビノの顔に雪玉が直撃した。

「油断大敵、だよ」

 リンドウはすぐさま次の雪玉を作り始める。ぎゅっと雪を押し固めて形が崩れないにようにせっせと雪をかき集める。

「…………」

 アルビノは自分が何をされたのかもよくわかっていなかったが、一つだけわかっている事がある。

「なるほどな。なるほどなるほど。これが雪合戦……上等だオラア!」

 アルビノは雪を固めて玉を作ることなく、雪をそのままリンドウに投げつけた。

「あっ、ちょっ、雪丸めないとダメだよ!」

「うっせー! ブッ!」

「怒りに身を任せるなんてまだまだだねアルビノ」

 二撃目がアルビノの顔に直撃した。またしてもしてやられた。ふつふつと怒りがこみ上げてくる。ルールなんてものは無用だった。

「わ~! どこに雪入れてんのさ!」

 アルビノは雪を鷲掴みにしてリンドウの服の中に直接入れた。もちろん背中だ。そこから雪合戦はどこへやら。取っ組み合いになってお互いの服の中に雪の入れ合いっこになった。

 そんな様子をペストとリリーは家の外にある木の椅子に座って眺めている。

「元気じゃな~」

「そうねぇ。見てるだけで寒いわ」

 だが見ているだけで微笑ましい。ペストはあんなに楽しそうなアルビノを初めてみた。最初は怒っていたのに、今では笑いながら取っ組み合いをしている。相手が自分だったらあんな感じに笑うことは絶対にないだろうと思った。

それが少し、悔しい。

「ほれ、茶じゃ」

「あら、ありがとう」

「本当はこういうのはお前がやるもんじゃぞ」

「したい方がすればいいのよ。それにそんな作法をあたしがわかるはずないじゃない」

「まぁお前、友達いなさそうじゃしなぁ」

「いたわよ。友達ぐらい」

「“いた”?」

 過去形の言葉だった。それを思わずオウム返しで返してしまった。どうせ話さないだろうとリリーは思っていたが、ペストは視線をアルビノたちに向けて語りだした。

「そうね。いたのよ。今はもういない」

「ふ~ん。魔女でお前と友達じゃとか聞いた事ないし……人間か?」

「そうね。彼らは人間だったわ」

 一人ではないという事だ。

「気のいい人たちだった。夫婦だったのだけど、あたしを魔女だと知っても何も怖がらなかったわね」

「それはお前の黒死の力を知らんだけじゃないのか?」

「いいえ、知っているわよ。見せたもの。見せたら凄いなって言われたわ」

「変わった人間じゃな。普通なら確実に恐れおののく」

「まぁこの力はどんなものでも感染するウイルスよね。黒死病と言っても全然怖がられなかったわ。毎晩のようにお酒を呑んで会話をしたものよ」

「お前が? 人間と?」

「えぇ。よく家にお邪魔させてもらっていたわ。でも死んだの」

「殺したのか?」

「違うわよ。あたしじゃない。あの日も呼ばれて家に行ったら死んでいたのよ。殺されたんでしょうね。恨みを買うような人たちではなかったけど、そんなのわからないじゃない。いつどこで、些細なことで人間は人間を殺す」

「まぁたしかにな。人間は醜い。じゃが、全員が全員そうではないじゃろ」

「わかっているわ。だからあたしはアルビノを育てているのよ。どんな人間になるか。楽しみで仕方がない」

「まぁわからんくもないがの」

 リリーは自分の持ってきたお茶をズズッとすすった。子供の成長は親としての一番の楽しみだ。それは違いがない。だが、その先は?

 自分たち魔女と違って人間の寿命は短い。きっと自分をおいて死ぬだろう。その場面に直面したときに自分はどういう感情を感じるのだろうか。

「……考えるのはよすか」

 リリーは目をつぶって首を横に振った。そんな先の事を考えても仕方がない。今は目の前の事を精一杯受け入れるだけだ。そんな事を考えていた時だった。

「ねぇ、あたしたちってお友達になるのかしら?」

「あん? 儂とお前がお友達ぃ?」

「だってこうしてお茶のんでお喋りしているし」

「まぁそうじゃのぉ。こういうの世間一般ではママ友というらしいぞ」

「ママ友?」

「そうじゃ。子供同士が友達で、その親も友達、みたいな?」

「みたいな?」

「儂だってよー知らん」

「ダメじゃないのよ」

「そんなものは所詮人間が勝手に決めた事じゃしな。儂ら魔女には関係のない事じゃ。都合が合えばそれを利用する。それが魔女じゃろ」

「さもありなん、ね。アルビノたちが会うごとにあたしたちも会ってこうやってお喋りするのね」

「じゃろーなー。先に一つ言っとくがお前、不機嫌になっても儂を殺そうとするなよ?」

「しないわよ。そんな事。魔女集会の人たちはあたしを怖がりすぎよ。そんななんでもかんでも黒死病をまき散らして殺したりしないわよ」

「だいたいお前の力はその赤い瞳で見るだけで発動するから厄介なんじゃ。そりゃ怖がられるっちゅーねん」

「そんな事言われてもねぇ。あなただって見るだけで植物を操れるでしょ? それと同じじゃないの」

「可愛さが違うじゃろ」

「まぁたしかにね」

「まぁそれはどうしようもない事なんじゃがな。どうしてこういう力になったのかはよーわからんが、それが魔女というものなんじゃろうな」

「そうねぇ。人間だったころって魔女ってもっとなんでも自由に出来ると思ってなかった?」

「思っとった思っとった。空とか自由に飛んだりしてな。あー儂も空飛んでみたいわー」

 二人の愚痴はとどまることを知らなかった。ペストにとっては初めての魔女の友達だ。今まで魔女について話した事などなかったし、自分と同じ視点で、同じ考え方をしているというのが楽しかったし嬉しかった。

 相手の心の鍵は自分の心の中にあるとはよく言ったものだ。まずは自分が心を開かなければ相手も開かない。これからはもう少し、他の魔女とも会話をしてみようとペストは思った。アルビノと出会って自分も少し変われるような気がした。

「お前、キセルやめたのか?」

 魔女集会でもいつも咥えていたが、前回の魔女集会でも今もキセルを咥えている姿を見ていない。

「やめたわよ。アルビノがいるし」

 ペストがキセルをやめたのはアルビノが風邪で寝込んだときだ。あれから一度もキセルを使っていない。意外にもすんなりと辞めれたことに自分でも驚いているぐらいだ。

「賢明じゃの。あれは人間の子供には悪影響じゃ」

「でしょうね。あの子の為なら……まぁ、なんとかなるもんね」

「健気じゃのぉ。また吸いたいと思わぬのか?」

「どうかしら。あの子のことを考えれば、その気持ちもなくなるわよ」

「さよけ」

 よくまぁ、あの黒死の魔女がここまで他人の為にやるものだとリリーは関心した。それほど、骨抜きになっているのだろう。まぁ、それは自分も同じかと心の中で自嘲した。

「お前、その命、本当にアルビノにやる気か?」

 言い換えれば、死ぬ気か、と聞いている。それにペストは即答で答える。

「もちろん」

「いつ、やるんじゃ?」

「いつかしらね。正直なところいつでもいいと思っているけど……」

「けど?」

 歯切れが悪い。何か言いたくないような事なのだろうかと、リリーは次の言葉を待つ。

「出来るだけ……あとにしてほしいわね」

「あと、とは?」

「一緒に生きていきたい、とは少し違うわね。あの子の成長をみていたいのよ。どういった人生を歩むのか。どうやって生きて、幸せになって、どう死んでいくのか。その時、自分は何を想うのか」

「ま、無理じゃろな。その願い」

 リリーは冷たくそう言った。

「でしょうね。あたしは途中で死ぬ。あの子が大人になれば、あたしの力なんてないようなものだし」

「でもそれが――」

「もどかしい」

 ペストは嬉しそうに悲しそうにそう言った。

「なんじゃ、しっかり母親やっとるの」

 ペストは誰がどう見ても母親だった。徹頭徹尾母親だと言い切れる。少なくともリリーはそう感じた。あの黒死の魔女と畏れられた存在がこんなにも母親として奮闘している。それに違和感があるようなないような。訊いてしまえばしっくりきてしまう。その矛盾が心地よい。

「あの子が一人で生きていけるようになれば、あたしはもういらない」

「親なんてそんなもんじゃろ」

 子供が一人で生きていけるようになれば、そこで親の役目は終わる。そこからの子供の人生に親は必要ない。二人はそれに同意見だった。

「……あの子は、どんな人生を歩むんでしょうね。どんな人と出会い、結婚して、子供ができて、家族ができるんでしょうね。そこにあたしがいないって考えると……ちょっと寂しい」

「まぁ、わからんくもないが。お前が殺されるのをやめればいいだけの話じゃろ」

「それは出来ないわよ。それがアルビノの生きる意味ですもの。それを奪う権利はないわよ」

「権利て」

「だからあたしは、最後の最後まで生きることを諦めない。何度でも必死で抵抗してやるんだから。一秒でも長く、あの子の成長をみていたいから」

「まるで恋じゃな」

「違うわよ」

「なぜわかる。お前、恋をしたことがあるのか?」

「…………」

「なぜ黙る?」

「いや……あったかなぁって、思い出しているんだけど」

「忘れたか」

「そうね。きっとあったと思うけど、忘れたわね」

「そんなもんじゃな。長く生きていれば忘れることだってある。それが必要なことでも不必要なことでも同じことじゃ。脳の容量には限界がある。必要なことだけを優先して残してそれ以外は消えてゆく」

「だったら百年後、あたしの脳の記憶はきっとアルビノだけね」

「そうじゃろうな」

 きっとそれがすべて。それ以外の記憶は必要ないと二人は笑った。

「あなたはずっと何百年も生きてきて、どんな毎日だったの?」

 ペストはリリーに比べてかなり若い。人生の先輩の意見を訊きたいのだ。

「百年前も今もただの一日じゃ。何もかわらん」

 そう言ってリリーは深く眼を閉じた。そして、じゃが――と眼を開けて言葉を続けた。

「リンドウと出会うまでは、の」

 子供のような無邪気な笑顔だった。

「百年前は白黒のモノトーンの世界じゃった。じゃが今はこんなにもカラフルに色づいておる。世界はこんなにもいっぱいの色があったのかと思い知らされたわい」

「だったら百年後は?」

「――それを知る為に生きておる」

 それを聞いてペストは深く頷いた。

「どんな世界の色なんじゃろうな。きっとリンドウの子供や孫がたまに儂のところに遊びに来たりするんじゃろか。そんなことを考えたら楽しくてしかたがないわ」

「たまらないでしょうね。そんな光景がこの先に広がっていると思うと」

「まぁ、お前は殺されるんじゃからその光景は見れんじゃろうがな」

「そうね。あなたに任せるわよ。死んで会ったら、教えてちょうだい」

「何百年、何千年になるかわからんぞ」

「そこまで生きるつもりなの?」

「おうよ。死ぬまで生きるわい」

 生きる意味を見つけた。その先にあるものを見たいとリリーは切に思う。本当にいったいどんな世界が広がっているのだろうか。なんとかして覗き見できないだろうかと頭を悩ませるかもしれない。しかし、そこはグッと堪えてその瞬間のために我慢しよう。

 二人の会話はとどまることなく盛り上がっていく。その笑い声は二人の息子たちにも届いた。

「……おい。魔女たちが笑ってるぞ」

「ほんとだねぇ。すごい盛り上がってる」

 そちらに視線をやれば、リリーが立ち上がって小さな身体を使って両手をいっぱいに広げていた。かたやペストは肩幅ぐらいにしか広げていない。

 いったいどんな会話をしているのだろうかと気になってしまう。

「あの二人、仲いいのか?」

「さぁ、どうなんだろうね。見るからに今はずごい良さそうだよね」

 まるで姉妹のようだ。見ていて微笑ましくなるほど、二人は輝いて見えた。

「どんな会話してるんだろうね」

「……さぁ? 魔女の考えることはわからん」

 本当に楽しそうに笑う。自分たちと一緒にいる時とはまるで別人のようだ。

 きっと魔女二人も良き友人と巡り会えたのだろう。

「よし、儂らもあやつらに混ざるか!」

「寒いわよ」

「あほかお前。あんな楽しそうにしとるんじゃぞ? 儂らが加わればもっと楽しくなるはずじゃ」

「あたしアルビノに嫌われているんだけど」

「頑張って殺されないように遊べ!」

 頭では拒否をしていた。なのに自然と自分の身体は立ち上がって子供二人の元へと歩いて行っていた。子供の笑顔というのは未知数で、どんな言葉よりも親を行動に移せる素晴らしいものだ。親からしたら困ったものだと思うだろうが、それが不思議と悪い気がしない。

 それがまた困ったものだと笑みを浮かべて溜息をつくのだった。




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