第十四話
本当にめでたい男だとロゼは呆れる。そもそもこいつは本当に司教なのだろうか?
司教服を纏っただけど山賊ではないのだろうか?
半ば本気でそう思えるほどだが、魔女の感覚が告げている。こいつは敵だと。
「シェル司教殿、私とも手を繋いでみるか?」
そう言われてシェルは天を仰いでいた顔をロゼに向ける。その視線は深海のように深かった。
「死にたいのか?」
「いいや?」
空気が張り詰めるのがサクラにもわかった。次の言葉を間違えたならこの二人は本当に殺し合いを初めてしまうかもしれない。三人の中で誰が次に言葉を発するべきか。それで今後が決まる。
「お姉さんと司教様が手を繋いじゃったら円になっちゃって、真っすぐ歩けないよ?」
ロゼとシェルは同時にサクラを見る。これは三人ともわかっている。張り詰めた空気をほどくためにサクラが本当の事の冗談を言ったのだと。こんな少女に気を使われたら仕方がない。
ここは大人しく道化になる他ないだろう。
「そうだぞ魔女。そんな事もわかんねぇのか。頭おかしいんじゃねーのか」
「すぐにそう言うと思って発言したのだがね。まさか本気にされるとは思わなかったよ」
サクラを挟んで再び視線がカチ合う。それを見てため息をつくサクラ。どうやら山場は超えたようだった。さすがにこんな事が数分おきに訪れると思うと、さすがにしんどくなってします。ここは釘を刺すのがいいだろう。
「やっぱ一人で旅しようかな……」
誰に言うでもなく、二人にかろうじて聞こえるくらいの声でぼそりと呟いた。それを聞いた喧嘩中の二人は一気に毛が逆立つ。
「いやいやいや、冗談だよサクラ。まさか本気にされるとはなっ」
「そ、そうですよお嬢さん。今まで一人旅で寂しかっただろうと思いまして、賑やかにしようとですねっ」
二人の無様な言い訳を聞く。もう少し懲らしめるべきだろう。
繋いでいた手をふっと放す。
これはまずいとロゼと司教は必死に弁明をする。
「おお神よ、なぜこのような試練を私に与えるのですか?」
「サクラ、いやいやサクラ。私とシェル司教殿は水と油なのだよ。絶対に交わる事は出来ないんだ」
「できる。できるよきっと。お互いがそう思い込んでいるだけ。相手の心の扉を開くカギは自分の心の中にあるよ」
そう言われて二人は押し黙ってしまった。どうやら口では勝てそうもない。それほどこの少女は聡明だ。年下とは思えないほどに。さすがリンドウの娘だとロゼは思った。




