第二話
日が昇れば一日が始まる。深い水の中から浮き出るような感覚。薄っすらと目を覚ませば焚き木の火はブスブスと音を立てて役目を終えていた。それでも寒くなかったのは毛皮のおかげだろう。
「ありがとう」
優しくなでる。きっと尻尾を振って喜んでいるだろう。辺りを見渡せば小動物が一定の距離を保ちながらこちらを見つめていた。目が合うとそそくさとその身を隠す。見慣れない森の訪問者。場違いであるのは自分だと理解はしている。
早く身支度をしてこの森から離れなければいけない。
「ごめんね。泊めてくれてありがとう」
誰に伝えたい言葉なのだろうか。どこかにいるこの森の主なのだろう。自然には自然の掟があるものだ。これは母親から教わった。
『よいかサクラよ。自然の中にも掟はある。そして場所によってはその掟はまったく違うのじゃ。それを部外者が変えるなど言語道断。ま、お前には関係がないじゃろうが』
最後の言葉で台無しだなぁと思ったのを思い出して顔が緩む。
それでも礼儀は忘れない。身支度をしてまだ寒いので毛皮を着る。
「よし、行きますかね。しゅっぱーつ!」
右手を大きく上にあげて前を見据える。この世界はウイルスが蔓延しているが、その眼には不思議と絶望は映っていなかった。
自分が止めてみせる。きっと自分にしか出来ないと確信が持てている。その瞬間が待ち遠しくて仕方がないのだ。
それに会ってみたい。
小さな頃からずっと聞かされてきた。黒死の魔女と呼ばれた女とその息子。きっと二人とも生きていると両親からは聞かされている。両親が言うのだから間違いはないのだろう。あの状況下を知っている人ならば絶対に生きているとは思わない。それでも両親はそれを否定して生きていると言った。そうであってほしいから言っている訳ではない。あの場所は奇跡の産物がいくつも存在している。
きっと時が止まっている。
リリーはそう言った。




