序幕 第一話
終わりからちょうど今日で二年が経ちました。
そして今日からまた、始まります。この物語を知っていた人はお久しぶりです。知らなかった人は初めまして。
魔女物語2、始まります。
世界は病に侵されている。
今から二十三年前、旧王都アルヴェルトで事件が起こった。
それは凄まじいスピードで進行し、辺りの生命をことごとく奪っていった。
一つの小さな黒い点から急激に全身に広がり、皮膚は黒くなりショック症状や昏睡状態へと陥る、それ。
黒死病。
またの名をペスト病と呼ばれ、世界で恐れられるウイルスの代表となった。
旧アルヴェルトを中心としてそれは今でも蔓延している。黒い霧に覆われ隔離された地域。生命は何一つ存在することなく、すべてが枯れて終わっている。霧により太陽の光は遮断されて気温は低く、氷と雪に閉ざされた世界。誰も近づくことは出来ないし、近づこうともしない。
しかし、そんな中でたった一人だけその場所を目指して旅をしている少女がいる。
彼女の名前はサクラ。
魔女であるリリーとリンドウの娘だ。
彼女、サクラは母親であるリリーとよく似た容姿をしており、並べば双子の姉妹だとも思われるだろう。そんなサクラは両親から託された手紙を持ってその場所を目指して旅をしている。
もちろん手紙は場所に届けるものではない。人に届けるものだ。その相手とはこのウイルスをまき散らしている黒死の魔女と恐れられたペストとその息子であるアルビノ。
この黒死病を止める。
それがこの幼い少女サクラにかせられた使命である。
死に向かって生きているのは事実だが、死を目指して旅をしている者などはいない。
そしてサクラはそんな事などは考えない。死ぬ気など更々ないからだ。たしかに向かっている場所は地獄だと言い換えても間違っていない。それでも命を諦めた訳ではないし、むしろ生きたいと願っているから死の場所へと向かっているのだ。
黄昏に染まる森を見て思う。
世界はこんなにも綺麗で素晴らしい。この世界に本当に地獄のような場所が存在するのかと疑いたくもなる。
「綺麗だなぁ」
この時間が一日の中で一番好きな時間だ。
一瞬の境目。
一日のうちに少ししか見れない感じれない貴重な時間。
あぁ、自分は生きているのだと実感できる。
「さて、そろそろ宿を決めないと」
宿と言っても辺りは森一面で宿などは存在しない。
サクラは少し大きめの石を探す。それは椅子にする為だ。ほどなくしていい感じの石が見つかって、それを抱えて歩く。
「ん。ちょうどいい場所」
少し開けた場所で空が見える。そこに石を置いて、その前に折れた木と枯れた葉を集めた。火を熾して暖を取る。季節は春先だがまだ寒さは残っている。
器用に木を組み立てて火の上にアーチ状に作った。
「いい感じ」
手慣れた手つきでどんどんと仕上がっていく。もうこんな生活をどれほど続けたのだろうか。そしてこれからいつまで続けていくのだろうかと思う。しかし不思議と嫌な気持ちにはなりはしなかった。それは目的がはっきりしているからだろう。
火に照らされてカバンの中から一通の手紙を取り出す。
サクラは中身を知らない。自分が読むべきではないと思っている。これは親愛なる両親が友人へと書いた手紙だ。自分宛てではない。
「何が書かれているんだろ」
気にならないと言えば嘘になる。だがサクラはそっと手紙をカバンに戻した。軽くカバンをポンポンと叩く。
いつの間にか夜は更けて辺りは闇へと堕ちている。こんな森で少女が一人。危険という言葉以外は見つからないだろう。
しかしサクラはそんな事は微塵も思っていない。腰につけていた毛皮を外して下に引いて、その上に寝転んだ。毛皮を撫でながら言う。
「ごめんね。下にひいちゃって」
なに、気にするな。
そんな声が毛皮から聞こえてきた気がしてサクラは微笑む。この毛皮がある限り安心だ。何も怖いものなどない。
パチパチと燃える火と音を聞いていたら瞼が落ちてくる。
明日はどこへと向かおうか。そんなことを思いながらサクラは夢の中へと這入っていったのだった。