第七幕
森を二人は走り抜ける。
「ここから北に行くと国があるはずじゃ。とりあえずそこに向かって落ち着くかの」
進展が早い。一度どこかでゆっくりできる場所を見つけるべきだ。リリーが選んだのは王都アルヴェルトから北にある国。アルヴェルトほど大きくはないが、贅沢はいってられない。
「どれぐらい遠いの?」
「普通に歩けば一週間はかかる。馬車なら三日」
「じゃ僕が走れば一日で着くかな」
「そこまで焦る必要はないじゃろ。ある程度休憩を挟みつつ、今後の事を考えながら行くかの」
野を超え、丘を越え、山を越え。
そして、森をぬけてまた丘に差し掛かった時だった。
見晴らしのいい丘。眼下、とは言えないがそれなりに高低差がある丘だった。その丘の中心部にテントがいくつもあったのだ。
「あれは……」
まるで行く手を阻むように配置されたテントたち。その中からぞろぞろと人が出てきた。筋骨隆々な男たち。ガタイが良く傷だらけの者もいる。一番大きなテントには二つの旗が掲げられていた。一つは教会のもの。もう一つは見たことがなかった。
「あれは、傭兵団じゃ」
リリーが忌々しそうにそう言った。
傭兵団がいるのは別におかしくはない。しかしそれが、教会の旗を掲げているというのは話が違ってくる。
つまり教会が傭兵団を雇ったのだ。そしてその理由はたった一つしかない。
「僕らを待ち伏せしてた、ってこと?」
王都アルヴェルトから隣の国に向かう一直線上。逃げる魔女たちがそこを通る可能性は高い。一人残さず殲滅するため。教会は傭兵団を雇ったのだろう。
そして見事にそれにハマった。
傭兵団はすでにこちらに気が付いている。にもかかわらずに、焦る様子がないことはこちらにしたら最悪だろう。場数を踏んでいる傭兵団。そして魔女狩りを生業としているのかもしれない。
きっと逃げ切れる相手ではないだろう。
「最悪じゃなこれは」
「そっか」
二人とも無言になってしまう。どうするのか必死で考えている証拠だ。
先に口を開いたのはリンドウの方だった。
「ねぇママ、提案があるんだけど」
「ん? どんな作戦じゃ?」
そう聞かれてリンドウは首を横に振った。
「違うよ。作戦じゃなくて、提案。提案だよ」
何が違うのかとよくわからずにリリーは首をかしげるだけだった。リンドウはリリーの前でしゃがみ込み、片膝を地面へとつけて言う。
「あのさママ、もし、ここを切り抜けられたらさ、親子やめて夫婦にならない?」
「……へっ?」
きっと自分の聞き間違いだろうと思った。だからリンドウはもう一度言う。
「夫婦に、ならない?」
二度言われてようやく言葉が頭にしみ込んできて理解する。
「フッ! フーフ!」
リリーの顔は真っ赤になってボフッと頭の上から湯気があがった。
「ふっ、夫婦とか!? 夫婦とか!! お、おおおお親子でっ、ふ、ふーふはっ、ままままままずいんじゃ、ないかなっ」
あまりの事で口調さえも変わっていた。
あれ? とリンドウは思う。もしかして、これがリリーの素の状態ではないのだろうか。言い換えるなら、人間だった頃のリリーではないのだろうか。
そう思ったら尚の事愛おしく思えてきた。
「ママ、きいて。百年、百年だけでいい。百年だけ僕を愛してほしい」
人間は百年も生きない。正直なところ明日には死んでいるかもしれないし、五十年だって怪しい。しかしリンドウは百年と言う。
魔女と人間は違う。魔女は何百年も生きる。確実にリンドウは先に死に、リリーはその後も生きるだろう。
「頼むよ、リリー」
「リッ――……」
初めて名前を呼ばれた。そのことで顔はさらに赤くなり、手は何かを求めるかのようにせわしなくバタバタと動いている。
リンドウの熱意は伝わった。その表情からも言葉からも行動からも。決して冗談で言っているわけではないというのが、しっかりとリリーへと伝わった。
ゆでタコのように真っ赤になっていたリリーはそれを見て、逆に冷静になってしまった。
そして――、そしてリリーはニヒルに笑った。
「よかろう。百年じゃ。百年だけお前を愛してやろう!」
ここに契約が結ばれた。
百年。
長いようで短い百年。
「やった!」
リンドウは立ち上がってリリーの前に立つ。
いつの間にか身長を超えてしまった。昔は見上げてばかりだったのに、今では見下ろすだけだ。だから先ほど、地面に片膝をついたとき、懐かしかった。昔を思い出す。この人に拾われたことがどんなに幸運だったのかを思い出せた。
その為に膝をついたのかもしれない。
「ま、僕は百年以上愛すけどね」
「ううううるさいっ!」
それに、とリリーは続ける。
「喜ぶのはまだ早いじゃろリンドウ。この窮地を切り抜けねばならんのじゃぞ?」
「わかっているよ。それが大前提だしね」
傭兵団を見下ろして覚悟を決める。自然と怖いとは思わなかった。この先どんな恐怖が待ち構えていようとも、その先に太陽のような眩しい未来が待っているのだ。
笑顔にならないはずがない。
リンドウは身体をくの字におって右手をリリーに差し出す。それにならってリリーは左手をそえた。
二人は手をしっかりと、どんな暗闇でも手放すまいと握る。
「じゃ、いこうか。リリー」
ぼふん、と。言った方のリンドウは笑顔だ。
「りっ、リリーっていうなあっ!」
二人は渦中の中へ、しっかりと手を繋いで笑顔で飛び込んだのだった。




