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魔女物語  作者: 夜行
終章「魔女狩り」
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第四幕


 その後アルビノとリンドウの二人は牢獄へと送られた。もちろん狼の毛皮とローブは取り上げられた。あの問いには答えられなかった。そして答えられない事が肯定を意味していた。

 オルガは自分の考えが当たって嬉しいのか悲しいのか複雑な顔をしていたのを覚えている。根っからの悪人というわけではないようだった。

「ねぇ、アルビノ。どうしよっか……」

 一人一つの牢屋へと入れられている。隣同士なので顔は見えないが、かなり参っているのはわかる。

「ここを、出る方法か」

 二人には時間がない。リンドウだけが早く帰らないといけないはずだったが、それはアルビノも同様になってしまった。

 理由はただ一つ。

 そしてその理由がとんでもないものだった。

『これから一人の魔女を狩りに行きます。噂によると、その魔女はこの地域では一番の力を持っているとか。黒死の魔女、とういう魔女を聞いた覚えはありますか?』

 その名前を聞いたときにアルビノの心臓は、今までも人生で一番高く鳴っただろう。

『……知りません』

 沈黙という答えのミスはおかさなかった。

『そうですか。あなたがたにも手伝ってほしかったんですけどね。残念ですよ』

 兵はかなりの人数を集めているらしい。一番初めに一番力の持つ魔女を討つことの重要さは二つ。

 まず一つ。

 単純にハクがつくがつくから。

 他の魔女たちへのけん制にもなるだろう。

もう一つは、兵がいっぱいいるからだ。相手が強力ならそのぶん犠牲も出るだろう。人数がいる内に戦った方がいい。

 それで黒死の魔女が選ばれたというわけだった。

「……最悪なことって重なるって聞いたけど、これは最悪だね」

「そうだな……」

「アルビノ、どうするの?」

 自分の仇がいなくなってしまう可能性がある。自分は魔女の助けには行かないと決めていた。しかし、誰か他の人間にとられるぐらいなら。

「助けたあとで殺す? 矛盾してるよね」

「そうだな……」

 アルビノは同じ言葉を繰り返した。正直、まだ迷っているのだ。案外、返り討ちにするかもしれない。というか、その可能性の方が高いとアルビノは思っている。あのペストが負けるところなど、想像ができないのだ。

しかし、万が一という可能性がある。助けに行くにしてもここから出られなければどうしようも出来ない。

 現状、打つ手なし、である。

「リンドウ、ここから出るぞ」

 アルビノは静かにそう言った。その言葉に覚悟が隠れている事をリンドウは見逃さなかったが、口には出さなかった。

「でもどうやって出る?」

 自分の目の前にある鉄の棒たちをノックする。とてもじゃないが力でどうにか出来るとは思えない固さだ。

「せめてローブがあればな……」

 狼の毛皮とローブがあれば、こんな檻はいともたやすく破壊できるだろう。しかし、それは別の部屋で保管されているし、その部屋がどこかもわからない。

「遠隔で動かせればいいんだけどね。さすがに無理だよねぇ」

「……練習しとけばよかったな」

 今、何を言ったところで解決はしない。現在の状態でなんとかするしかないのだ。

 アルビノは牢屋の中をグルグルと歩き回ってみる。何かを見落としているかもしれないし、何かあるかもしれない。

 しかし、何一つとして隙のようなものは一切なかった。

「クソッ」

 ただこのまま時間が過ぎ、すべてが終わるのをここで待たないといけないのか。そんな事が脳裏をよぎったときだった。

「アルビノくん!」

 アルビノは聞きなれた声に導かれるようにして牢屋の鉄の棒にしがみついた。

「クルル! なんで!?」

 牢屋の外にいたのは間違いなくクルルとジンだった。

「二人ともどうして……」

 リンドウも意味がわからない。

「お前たちが拘束されたと聞いて驚いたぞ。理由は……まぁ察しがつく。状況は?」

「最悪だ。何よりも時間がない」

「残念ですけど、私達は鍵を持っていません。期待させちゃってごめんなさい……」

「……いや、いい。それよりもどうやってここに?」

「ファルトがな、親に言って面会を押し通したんだ」

「ファルトが?」

 ファルトは貴族のおぼっちゃまだ。それなりの権力があるのだろう。しかし、疑問もある。あのファルトが自分たちに協力するとは到底思えないのだ。

「お前たちを倒すのは俺だ、ってさ。どこのガキだよって感じだろ」

 ジンは呆れるように笑って言った。

「まぁ、たしかに」

 しかし今回の事は感謝しよう。

「だが、さっきクルルも言った通り、俺たちにできる事は何もない。何も持ち込んで行けなかったし、外の情報を伝えるぐらいしかできない。それもお前たちに伝える事でただの焦りがいっそう加速するだけだと思う」

 それでも聞くか、とジンは言った。二人は躊躇うことなく首を縦に振る。

「……黒死の魔女討伐の編成隊が組まれ……出発した」

「…………」

「兵はおよそ二百人だそうだ。たった一人の魔女を相手にこの数だぞ。アルビノ、お前の親はそうとうモテるらしいな」

 最後の言葉はただの皮肉だ。この場を少しでも柔らかくしようとするジンの気遣いだった。

「まぁ、見た目は悪くないからな」

 アルビノもそれにのる。

「アルビノくん、どうするの?」

「…………」

 アルビノは考える。自分の仇を横取りされるかもしれない。

 そんな事は断じて許されるはずがない。

「俺は、魔女の元へ行く。殺される前に俺が殺す」

 リンドウはそれを聞いて深く眼を閉じた。ブレていた軸がようやく元ある場所に収まった。

「じゃぁ、早くここを出ないといけませんね」

「そうだな。教えてくれて助かった」

「俺たちが出来るのはここまでだ。もう出ないといけない。すまない」

「一つだけお願いがあるんだけど」

「なに? 私達にできる事ならなんでも言って」

「僕の毛皮とアルビノのローブ。それを……」

 そこまで言いかけてリンドウは口を閉ざした。それは鍵を見つけてくるより至難かもしれない。これ以上二人に迷惑をかけられるのか。

「いや、なんでもないよ。二人ともありがとう」

「そうか。最後に言っておくぞ。お前たちはきっと魔女の関係者として火あぶりの刑に処されると思う。そうなる前に必ずここから逃げ出してくれ」

「わかってるさ。あと一時間以内に脱出してみせるよ」

「簡単に言うじゃないかリンドウ。お手並み拝見だな」

「頑張ってみるよ」

 笑い声が聞こえたあと、沈黙が静かに舞い降りた。これで最後かもしれないと思うと誰も言葉が出てこなかったのだ。

「……必ず、またっ、会いましょう!」

 沈黙を破る声は希望を与えてくれる。四人は拳を突き合せて誓いを立てた。

 クルルとジンが去ったあと。

「で、リンドウくんよ。どうやって出る?」

「……どうやってでようかなぁ」

 まったく突破口が見つからずに深いため息をついた。





 コツン、と靴の音が響く。誰もいない廊下を進み、ある部屋の前でそれは足を止めた。カン、と鉄の棒が石畳を叩く。

 そしてゆっくりと扉に手をかけて中へと侵入した。

「ずさんな管理だな」

 しかしそれも納得がいく。この中にあるものは魔女の力が込められた物だ。そんな物がある場所へ行きたがる人間はいない。

 部屋の中心のテーブルに置かれた二つのそれ。しかし、それの周りにはうっすらと膜のようなものが視える。

「結界か……」

 これを破ればすぐにこの結界を仕掛けた人物が飛んでくるだろう。かと言って、これを破らなければ何も始まらない。

 その者は迷う事はしなかった。

 持っていた鉄の棒で無造作にそれを薙ぎ払った。普通ならばそう簡単に壊れる結界ではない。しかし、まるでシャボン玉のようにいとも容易く、結界は役目を終えた。

 時間がない。ここからは時間との勝負になるだろう。

 鉄の棒で狼の毛皮とローブにちょんちょんと鉄の棒で触る。すると淡い光がそれらを包み込む。

「行け。主の元へ」

 その言葉が引き金となり形成が始まる。

 ローブは蝙蝠の姿に。狼の毛皮は生前の狼へと戻ったのだ。狼は自分のこの姿にした者を一瞥して勢いよく部屋から飛び出した。蝙蝠もそれについて羽ばたいていく。

「まったく、世話がかかる」

 さて、次は自分の番だ。早くここから逃げなければ。

 ゆっくりと煙のようにその場から離れていったのだった。





 二人は驚いた。それは足音もなく走ってきたのだから。存在感はまるでない。にもかかわらずに、自分たちはそれを知っている。何よりも知っていた。

 相棒だ。

「……なんだよ。えらい小さいな」

 アルビノは牢屋の前を飛ぶ蝙蝠にそう言った。

「やっぱり立派な狼だったんだね」

 リンドウはそう言って優しく頭を撫でた。

 二匹を包む、淡い光が消えるとそこには狼の毛皮とローブが落ちていた。二人はそれを愛おしそうに抱きしめた。

「……どういったからくりなんだ?」

「さぁ……ママたちが何か仕掛けとかしてあったのかなぁ」

 自分たちから離れたときの救済。そう考えるのが自然だった。

 二人はそれを纏う。

「あっ、リンドウ。お前は着るな。波動でバレるぞ」

「そうだね」

 リンドウは変化するのをやめた。ここはアルビノにまかせよう。

 黒い翼はいとも簡単にそれらを壊してみせた。

「急ぐぞリンドウ。とりあえず飛ぶ。王都の外に出たら自分で走れ」

「おっけい!」

 二人は外を探して走り抜けた。

 上へ。

 上へ。

 階段を駆け上がり、扉を壊して外へ。

 時刻は昼をすでに過ぎたころだろうか。太陽が一番高い位置から沈んで来ているのがわかる。

 編成隊はいったいどこまで進んでいるのだろうか。もしかしたらもう到着していても不思議ではない。

 ペストの元へ向かった編成隊だが、そのまま先へ進めばリリーの家がある。そちらにだって被害が及ぶ危険性がある。

 もう逃げている可能性の方が高いが、それでも自分の育った家を他人に土足で上がられるのは嫌だ。ばさりとアルビノが翼を広げた。

「行くぞリンドウ!」

「行こう!」

 リンドウは翼から生えた悪魔の尻尾のようなものに掴まった。そしてそのまま飛翔する。

 空から見下ろす王都アルヴェルト。その広大な国を見て思う。もう、この場所には戻って来れないかもしれない。眼に焼き付けるように見つめる。そして眼をグッと閉じて前を見据える。未練がないと言えば嘘になるだろう。

 しかし、それ以上に自分の生きてきた意味を成すのだ。それが人生においての何よりの優先事項となる。

 後ろ髪を引かれつつ、王都アルヴェルトから脱出した。もう誰にも見られる心配はないので、森の上をギリギリに低空飛行をする。

「どうだリンドウ! 何か見えるか!?」

「誰もいないねぇ!」

 それは焦りを生む。いったいどれだけ先に編成隊は進んでいるのだろうか。もしかしたら、すでに接触している可能性だってある。

「あとどれぐらいで着きそう!?」

「……急いでも二十分はかかるぞ!」

 その時間がもどかしい。そのたった二十分ですべてが狂うかもしれないのだ。自分のいままで生きてきた意味が失われるかもしれない。焦燥にかられる。

 変わらない景色。しかし、二人にはそれがどの辺かよくわかる。何度も通ってきた道だ。

 あと少し、あと少しと自分に言い聞かせる。そして編成隊が見つかるように祈る。

 そして、願いは通じた。

「いたッ!」

 リンドウが指さす先に、森の木々に隠れながらも編成隊の姿を発見したのだ。しかし、喜んでいられなかった。それはペストの家の目と鼻の先まで来ていたからだ。

 アルビノは旋回して見つからないように進む。

「アルビノ、僕、アルビノと友達になれてよかったよ」

「……俺もだ」

 それが別れの言葉だったのかもしれない。

 リンドウはアルビノから離れて地面に着地。すぐさま狼の毛皮を被って、勢いよく走り出した。木々は揺れ、景色は置き去りにされた。

 リリーの家はまだ安全かもしれないが、そうでもないかもしれない。先行隊がいてもおかしくはない。

 アルビノの事は心配だ。でもそれ以上のものを見つけた。いや、前からそれはそこにあったのだ。それが霧が晴れるように明確に視界にとらえた。

 もう迷いなどない。

 たった数分の距離が途方もない距離に感じる。あと少しで着くだろうと思った時だった。リンドウの鼻に血の匂いが吸い込まれた。






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