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魔女物語  作者: 夜行
終章「魔女狩り」
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第三幕


 リンドウは学校へと戻ってきていた。顔は浮かない。覇気がない。典型的な元気がない状態である。それは他人が見れば一目瞭然なので、付き合いの長いアルビノ、クルルが見ればすぐにわかった。

「ど、どうしたんですかリンドウくん」

「顔が死んでるぞ」

「あ~、うん」

 空返事だ。アルビノとクルルはどうしたものかと顔を見合わせる。するとさすがに悪いと思ったのか、リンドウは昨日あった出来事を話し出した。二人は最後まで黙って聞く。

「そ、それは……う~ん……」

 クルルは思うところがあったらしいが、うまく言葉として言えなかった。このリンドウの言葉に返す言葉を自分は持ち合わせていない。リンドウの言葉に返す言葉を言えるのはきとこの世でただ一人だろう。

 クルルはそっとアルビノに視線を送る。それに気が付いたアルビノは小さく頷いた。

「……リンドウ、俺は今、怒っている」

「え?」

 なぜアルビノが怒ることがあるのだろうか。それがリンドウにはわからなかった。

 アルビノは勢いよくリンドウの胸ぐらを掴んで想いをぶつける。

「お前、それでいいのか!」

「…………」

 リンドウはあまりの事に表現がおいつかない。

「お前、それでいいのか! 納得していないからそんな顔してるんだろ!」

「……どーしろっていうのさ」

「どーしろもこーもない! お前はもう答えを見つけているはずだ! ずっと昔にな」

 アルビノがいつの事を言っているのかわからない。

「どうにもできないよ。これが最善なんだ。時代がかわったんだ」

「時代のせいにしてんじゃねー! そんなのは言い訳だ! お前忘れたのか!?」

 何をだ?

 自分は何を忘れているのだろう。

「君が何を言っているのかわかんないよ!」

 顔をぐっと近づけて反論する。わからない事がイラ立ちへと変換された。

「それはお前が思い出さなきゃ意味がねー事なんだよ! 思い出せよ!」

「わからないものをどーやって思い出せって言うんだよ!」

 話は平行線を辿っている。クルルはそんな二人を見つめてオロオロしている。自分じゃきっと止められない。せめてジンがこの場にいてくれれば。

「僕はママが言っている事が正しいと思う! だからここにいる! もう潮時なんだよ! 親離れしなきゃ、巣立ちの時なんだよ今が!」

「だからその考えが間違っているだ! お前にとって魔女っていう存在はなんなんだよ!」

 魔女という存在。自分にとって魔女とは。そしてそれを言い換えればリリーという存在だ。リリーは自分を拾って育ててくれた命の恩人で母親だ。血は繋がっていないが、絶対にリリーは自分の親だと言い切ることができる。

「本当に、それだけか?」

 それだけ?

「お前がここに来た理由はなんだ? 学校へ入校した理由はなんだ? 俺たちの為にそれを犠牲にすることが本当に正しいことか?」

 自分の目的は――。

「俺らと会えなくなる事がそんなに寂しいか? お前はもう一生俺らと会えないと思っているのか?」

 そんな事はない。

「お前の命の恩人は、親は、この時代の変わり目にたった一人で危険な道を進もうとしている。お前はそれでいいのか? 俺らと天秤にかけたら俺らの方が本当に重いのか? 人数の問題じゃないのはわかっているだろ」

 そしてアルビノはもう一度訊く。

「お前の生涯誓った事、その目的はないんだ?」

 リンドウはゆっくりと自然と考えるまでもなく、それを口にする。

「魔女を……守ること」

 その言葉とともに、アルビノは力いっぱい掴んでいたリンドウの胸ぐらを正解だとばかりに放した。

「行けよ」

 リンドウがアルビノの顔を見ると、親そっくりにシニカルに笑っていた。それを見て心が軽くなり、笑いがこみ上げる。

「……ははっ、なんだよそれ」

「これからどうするかはお前が決めろ。反対されてもそれを受け入れさせろ。それがお前がいままで生きてきた意味だろ」

 リンドウは俯いて乱暴に腕で顔をこすった。顔を上げれば、そこには先ほどの不安など消し飛んでいた。

「もうママは逃げるって言ってたし、今から帰ってもいないかもしれない」

「それでも行け。お前には狼の毛皮がある。絶対に見つけ出せる」

「もしかしたら、本当に会えなくなるかもしれない」

「それでも行けよ」

 温かい。さすが親友。

 右手を前に出す。クルルもあわてて突き出した。ゴツっと希望の音がなった。

 善は急げだ。もう名残惜しんでいる暇まどない。

 そんな時だった。

 学校があわただしくなっていた。叫び声も聞こえるし、走っている者もいる。

「なんだ?」

「なんでしょう?」

 いい予感はしなかった。




 走っていく同期を捕まえて事情を訊く。

「どうしたの? 何かあったの?」

 すると予想外の答えが返ってきた。

「魔女を捕まえたんだとさ。今から広場で公開処刑が行われるらしい」

 その言葉を聞いたとき、同期の腕を掴む手から力が抜けていた。

 魔女、魔女を捕まえた? しかも処刑がこれから行われる?

 頭の中は、何から整理すればいいのかわからずにパニック状態だ。それはアルビノも一緒らしい。

 そんな中でただ一人だけ冷静なクルルが静かに言った。

「私達も行ってみましょう。何が真実かそうでないかは、見てみないとわかりません。仮に……あの二人だったとしたら絶対に助けないと」

 力強い眼だ。それだけでこちらの心を奮い立たせてくれる。

「行きましょう」

 三人は広場へと走り出した。



 その場に到着するとそこは人ごみで溢れかえっていた。ただし広場の中心に台のようなものが出来ていて、遠くからでも視界に入る。それでもまだ遠くてよく見えない。せいぜい人が数人いるのがわかる程度だった。

 三人は人をかき分けながら前に進む。

「すいません通してください! すいません!」

 大声で叫んでもおそらく聞こえていないだろう。それでも声を張り上げて広場の中心部へと進んでいく。

「アルビノくん、あれ!」

 クルルが指さす先に視線を送ると、そこには木に張り付けられた三人の姿が見て取れた。

 ペストとリリー、ではなかった。

 三人はホッと胸を撫でおろすが、いまだに緊張の糸は切れていない。これから本当に処刑が行われるというのが信じられなかった。

 壇上にいる三人のうちの二人が必死で叫んでいた。

「私は魔女じゃないッ! お願い信じてッ!」

「助けてくださいッ! お願いしますッ!」

 そんな二人を見てアルビノとリンドウは息をのむ。その理由は、その木に張り付けられている二人の言っている事が正しいからだ。

 二人は、魔女ではない。

 それがアルビノとリンドウにはすぐにわかった。魔女から感じる特別ななにかを何も感じない。あの二人は人間だ。

 そして端っこで大人しく張り付けらている女にふと視線がいく。アルビノの眼が見開かれ、リンドウは唾をゴクリとのんだ。

「……おい、あれ」

「……うん……魔女だ」

 残りの一人は本当に魔女だ。その異質な雰囲気からそれを感じ取ることができた。その魔女を見続けていると、不意に眼があった。

 その眼はすでに死んでいた。アルビノとリンドウの存在がどういう存在なのかをわかっている風だった。

 向こうもこちらに気が付いたらしく、小さく首を横に振った。

 来なくていい、と。

 魔女は受け入れている。それがやるせない。二人の拳は無意識に強く握られていた。

 あの魔女とはまったく面識なんてものはない。一度も会ったことがない。それは断言できる。それでもこの気持ちはなんだろうか。明らかにわかる事が一つある。

 それは、この公開処刑がおかしいという事だ。

 特別なにかの罠というわけではない。単純に無意味なことのように思えた。こんな事をしていったい何の意味があるのだろうか。

 ただの見せしめのようなものだし、実際ただの見せしめなのだろう。

 一つだけ、一つだけ明らかに間違っているものは、処刑台に魔女と間違われた人間がいるという事だ。

 アルビノとリンドウは一瞬顔を合わせる。そして一直線に人ごみをかき分けて進んだ。

「ちょっと待ってください! その“二人は”人間です!」

 その声は壇上にも聞こえている。しかし、だからどうしたと言わんばかりに変化はなかった。それが苛立たせる。

「待てよ! 人間なんだよ! ただの人間を魔女と間違って処刑するのか!?」

 あと十メートル。壇上に上がって警備を殴り飛ばしてでも助ける。そう思った矢先だった。

「そこまでです。これ以上は進めませんよ」

 異端審問官のオルガが二人の間に割って入った。

「この処刑止めてください!」

「なぜですか?」

「あの二人は人間なんです!」

「ほう……」

 その返事はどこか違うところを視ているようだった。

「この処刑は止められませんよ。それが例え、人間だったとしてもです」

「なぜですか!? これは魔女狩りでしょう! 魔女だけを処刑すればいい!」

「あの二人が人間なのは知っていますよ」

「だったらなぜ!」

「魔女だと疑われているからです。そして、今後、魔女に覚醒する可能性がある。そうなると厄介です。ですから芽が出る前に摘むのですよ」

「――――ッ!」

 そんな事が納得できるはずがない。

「これが教会です。疑わしき者は罰する。その行為によって世界は平和に保たれているのです。誰かが汚れ役をする必要があるのですよ。わかったらそこで黙って見ていなさい」

 ふざけるな!

 そう声に出そうとした瞬間だった。

 たった一つの灯が、炎へと燃え上がった。



 轟々と燃える。

 轟々と赤い。

 轟々と燃える。

 轟々と見つめる。

 轟々と燃える。

 轟々と時が止まる。

 轟々と燃える。

 轟々と断末魔が聞こえる。

 炎は一瞬で身体を包み込んだ。その瞬間に悲鳴から断末魔へと変わる。きっと二人は生涯この断末魔を忘れないだろう。それほどまでに耳に残る声だった。とてもじゃないが、人間の声だとは誰も思わないであろう叫び。獣よりも獣らしかった。

 人間の女二人は身動きが取れずに叫ぶしかできない。そしてそれを見ている事しかできない。何かをする、何か行動をするとう事が何も思いつかなかったし、動けなかった。

 ただただ、目の前の現実に眼を、耳を、奪われていた。

 しかし、断末魔を上げているのは人間の女二人だけだった。魔女のほうを見れば、さらに眼を奪われた。

 遠くの空を見つめていたのだ。

 時折、表情が苦痛に歪むが、それでもなお空を見つめている。

 何を想っているのだろうか。きっと人間の人生数回は生きているだろう魔女。過去の出来事を思い返しているのだろう。

 人間だったころの記憶、魔女として生きてきた記憶。振り返ればとてもじゃないが何日もかかるだろう。それを今、この状況で思い出している。

 自分の命が尽きようとしているこの瞬間に、空を記憶に焼き付けて、最後の記憶として見つめていた。

 不意に魔女の視線がアルビノとリンドウに注がれた。

 二人は何もできる事はない。見つめる事しかできない。

 炎の中でかすかに魔女の唇が動いたのを見逃さなかった。

『行け。助けてやれ』

 全身に鳥肌が立った。この魔女はきっと自分たちの親と顔見知りなのだろう。もしかして友人だったのかもしれない。そんな人をこのまま残していいのだろうか。

 そう思ったとき、魔女は二人から視線を外してまた空を見つめた。

 人生が終わる。

 人生が終わる。

 人生が終わる。

 この瞬間に。

 魔女は眼をゆっくりと閉じた。そしてその眼が開けられる事は二度となかった。

「……アルビノ、僕、行くよ。急いで帰らないと」

「……わかった。俺は……行かない」

 二人とも顔を合わせずに喋った。それぞれの決定に何も反論はない。二人を顔を見合わせてお互いに頷く。

 これが最期になるのかもしれない。それでも別れの言葉はなかった。

 リンドウが踵を返して走り出そうとしたとき。

「待ってください。どちらに行かれるのですか?」

 異端審問官のオルガがその道を阻んだ。

「ちょっと君たちに話があるんですよ。一緒に来てもらえますか?」

 振り切るのは簡単かもしれない。逃げようと思えばリンドウは逃げれる。しかし、その場に残るアルビノはどうなるのか。

 不信感を抱かせていけない。はやる気持ちを抑えてリンドウは大人しく従う事にした。

 アルビノも一緒だ。二人はオルガの背中についていく。途中、二人は一言も話さなかった。

 人ごみをかき分けて進む。一歩進むごとに、このまま逃げてしまおうかという気持ちがわいてくる。

 いったい自分たちを連れてどうするというのだろうか。

 連れて行かれたのは教会の中にある部屋だった。広くはない。およそ直径で三メートルほどで、その真ん中に机といすがあるだけだった。

 椅子は二つしかないので、他の部屋から一つオルガが持ってきた。机を挟んで座った。

「さてさて、ここにお呼びしたのは先日の話です」

 二人はそれどころではないので話がみえない。

「君たちに魔女狩りに参加してほしい、という話ですよ。思い出しましたか?」

 そう言われて二人は「あぁ」と声をあげた。しかし、今はそれどころではない。なんとかしてこの場から一刻も早く脱出したいと考える。

「それで、考えてもらえましたか?」

 どう答えるのが一番いいのだろうか。リンドウが悩んでいるとアルビノが先に口を開いた。

「俺は参加します」

 その答えに満足そうに頷くオルガ。そして視線をリンドウに送る。

「僕は……」

 正直に言うしかなかった。

「参加しません」

「理由を聞いても?」

 本当の理由など、話せるはずがない。

「…………」

 答えは沈黙。それ以上は何も言わなかった。オルガは深いため息をついて顔を床に向ける。そして顔をあげたときの顔は、明らかに表情が今までとは違っていた。

「君たちを拘束します」

「……え?」

 唐突にそんな事を言われて理解が追い付かない。しかもリンドウだけならまだしも分かるが、アルビノも一緒にだ。

「二人を拘束します、と言ったのです」

 なぜそのような話になるのか。アルビノは必至で頭を巡らせる。

「解せない、といった感じですね」

 実際に解せないのだから仕方がない。なんの理由があって自分たちが拘束されなければならないのか。

「君たちはあの処刑を見てこう言いましたね。『あの二人は人間です』と。覚えていますか?」

 たしかに覚えている。二人は頷いた。

「前から気にはなっていたのです。そしてあの言葉で確信を持てました」

「あの、話が見えないんですが」

 オルガは無言で首を横に振る。

「なぜ、あの二人が人間とわかったのですか? 言い換えるなら、なぜもう一人が魔女だとわかったのですか?」

 それを聞いて二人はオルガの言わんとすることが一瞬でわかった。

「一般人には区別などつかないはずです。それは教会の人間ですら区別するのは難しい。魔女独特の匂いがわかる者は少ない。君たちは二人とも感性に優れている。普通ならそう思うでしょうね」

 でも、とオルガは両手でそれぞれを指さす。

「その毛皮とローブ。それは人外なるものです。なぜ君たちがそんな物を持っているのかずっと不思議でした。それがあの言葉で完全に点と点が線になりましたよ」

 二人に嫌な汗が流れた。言い訳の仕様がない。完全にすべて見透かされている。

「答えは一つ」

 オルガの眼は人間のそれではなかった。鷹のような、狩人の眼をして言う。

「君たちは魔女の関係者ですね」




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