第二幕
「アルビノ! リンドウ!」
「ジン」
「どうしたの? そんなにあわてて」
ジンはいち早く情報を手にいれて、すぐに二人のもとへと駆け付けた。それはこの事態がこの二人に大きく影響を与えるとわかっているからだ。
息を整えて、それを口にする。
「魔女狩りが……始まるぞ」
ジンは二人の事情を知っている。ロゼが学校を辞めてから、そのあと枠に入ったのがジンだった。
「…………」
二人は無表情だった。そんなことを言われても、急に受け入れられるはずがない。
「……落ち着いてきいてくれよ。俺の親戚が教会騎士団にいるんだ。それで魔女狩りのことを聞いた。もうすでに編成チームは組まれているらしい。あとはどこから狩るかを現在決めているらしいが……」
「そっか」
リンドウはそっけなくそう言った。
「……どうするんですか?」
クルルは心配そうにアルビノを見上げた。
「……俺は――」
「まぁ、アルビノは複雑だろうね。僕はもう決まっている。僕はママを護る。その為に生きてきたんだからね。だから――僕の学校生活はここでおしまいかなぁ」
「そんなッ」
「さすがに今の生活を続けるのは無理だと思うよ。ママがどうするかは聞いてみないとわからないけど、たぶん、戦ったりはしないと思う」
「逃げるしか、ないですよね」
「逃げ切れる、のか?」
「どうだろ……」
沈黙が降り立つ。そんな中、視線は一人に向けられる。
「アルビノ? アルビノはどうするの? どうしたいの?」
親友にそう問われたが、答えが見つからなかった。
「俺は……」
「一緒に魔女狩りに参加する? でも一人でやらないと意味なんでしょ?」
アルビノの目的は一人で復讐を果たすこと。ペストを殺せればいいという問題ではない。自分が必ず自らの手でそれを行う事に意味があるのだ。殺された両親のため。
どうすればいい? どの選択を選ぶのが正解だ?
「……魔女、狩りには参加しない」
「そっか」
逃げるなら一緒に逃げて、落ち着いたら殺す。間違っても大人数で殺しにかかるなどという選択肢はなかった。
「だったら、いったん帰って打ち合わせをしないとね」
明日は学校が休みだ。なので明日家に帰ることにしよう。きっと魔女二人はもう知っているかもしれないが、それでもだ。
「まぁ、もう一度よく考えてみようよアルビノ」
「……そうだな」
話は一応はまとまった。その時だった。
「失礼、ちょっとよろしいでしょうか?」
そう声をかけてきたのは教会の異端審問官であるオルガだった。まさか今の会話を聞かれたのかと、少し焦ったがそうではないらしい。
「もう、知っていると思いますが、魔女狩りが行われます」
「……知っています」
「そこで、です。あなた方二人には魔女狩りに参加していただきたいのです」
二人の心臓がドクンと跳ね上がった。
「……なぜ、ですか?」
「あなた方二人の実力は騎士団のそれとなんら引けを取りません。むしろ騎士団の中でも上位でしょう」
こんな状況で言われなければ飛んで喜んだところだろう。
「だからです。正直、この魔女狩りでどれだけの犠牲がでるかわかりません。数は多い方がいい」
「俺たちは捨て駒ですか?」
「いえいえ。あなた方は大丈夫でしょう」
「……その根拠は?」
「勘、ですね」
ニコニコと笑いながら言われた。まったく説得力のかけらもないセリフだ。まさか、魔女の関係者だと知っていて、試されているのだろうか。自然と緊張が走る。
「まぁ、明日は休みですし、考えてみてもらえませんか? ちなみにこれは光栄な事なのですよ。今まで生徒が卒業する前に騎士団と共にするなど前例がありません。まぁ、君たちは前例がないことをこの六年間でたくさんしてきましたからね」
待ってますよ。そう一言を残してオルガはその場を去った。
「……面倒なことになりましたね」
クルルが静かにそう言ったのだった。
太陽が沈む少し前。リンドウは狼の毛皮を纏い、大地を駆けた。急いで家に帰り、リリーに伝えなければならない。その事で頭はいっぱいだ。
しかし、なんと言って切り出せばいいのだろうか。そしてその後のリリーの反応は?
考えれば考えるほど怖かった。これから日常が崩れていくのだ。今まで当たり前だった事が終わりを告げる。
「……ダメだな。どうすればいいのかわからないや」
とりあえず帰ってから考えよう。今考えても仕方がないし、頭がうまく働かない。考えるのは、よそう。
それから数分後、リンドウはリリーが待つ家へと帰り着いた。狼の毛皮を脱いで変化をとく。いったい今現在どんな顔をしているのだろう。いったいどんな顔で家へと這入ればいいのだろう。
そんなことを考えているといつの間にか手が玄関のドアを開けていた。
「……ただいま」
「お? おかえりリンドウ。もうすぐ出来るから待っておれ」
リリーは夕食の支度をしていた。頭にバンダナをまいてエプロンをしてパタパタとせわしなく動いている。そんな様子を見て、リンドウはこんな日常が本当に終わってしまうのかと不思議に思う。こんな光景がずっと続くと思っていた。
「……ママ、話があるんだ」
「ん~? なんじゃい?」
リリーはリンドウの方を見ずに返事をした。視線は料理たちに注がれている。
「ちょっと、深刻な話なんだけど……」
その言葉でやっとリリーは手をとめてリンドウの顔を見た。
「ふむ、深刻そうな顔をしておるの」
なるほどなるほど、とリリーは呟いて顎に手をあてる。
「リンドウよ、やっぱり先に風呂に入ろう」
「え?」
「風呂じゃ風呂。ほれ行くぞ」
うながされるままリンドウはリリーに手を引かれて風呂場へと向かった。リリーは子供のように服を脱ぎ散らかして湯舟へ飛び込んだ。
「ふぃー」
リンドウはリリーの脱ぎ散らかした服をひとまとめにしてから、同じく湯舟につかる。
「で?」
と、リリーが言った。話とはなんだという事だ。リンドウは重く口を開く。
「……もしかしたらさ、もう知っているかもしれないけど、王都アルヴェルトで……魔女、狩り、が始まりそうなんだ」
リリーは表情一つ変えない。
「それで、どうしたらいいのかわからなくてさ。わからないっていうのは行動? なんだけどね」
リンドウは湯舟の水面を見ながら言った。波紋が浮かぶ。
「知っておるよ」
リリーはそう言った。そしてリンドウは視線をあげてリリーの顔を見る。
「正確には予想しておったという感じかの。王が死ぬのはわかっておったし、それで時代が変わるのが予想できた。しかし、そうか。もう始まるのか……」
随分と早いなと呟く。
「正確にはいつからじゃ?」
「まだ編成を決めているって聞いたけど、よくはわからないんだ」
「なるほどの」
ここからだ。ここからが話の核心になっていく。そしてそれを聞くのが怖い。しかし、訊かなければ始まらない。
「……ど、どうするの?」
「ん~、逃げるしかないじゃろうなぁ」
よかった。戦ったりはしないようだ。そんな危険な事はしたくないし、してほしくない。
「いつ逃げるの?」
「まぁ、早い方がいいじゃろうな。いつ乗り込んでくるかもわからぬし」
「そ、そうだね。じゃ、早く支度しよっか」
リンドウは立ち上がって風呂を上がろうとする。
「待つのじゃ」
しかし、リリーの手を掴まれた。
「まだ終わっとらん。座れ」
リンドウは大人しく無言でまた湯に浸かった。
きっと、なんとなくわかっていたのだ。だからこんなにも恐怖心が高まっている。
「……リンドウ、お前は残れ」
「…………」
リリーは真っすぐにリンドウを見つめてそう言った。だからこの言葉が冗談ではないという事がわかる。
「……残るってどこに?」
「王都にじゃ」
「嫌だよ!」
リンドウは叫んでいた。しかしリリーは驚かない。
「リンドウ、よく聞け。お前は人間じゃ。そして儂は魔女じゃ。ここらが潮時なのかもしれぬ」
「なんだよッ、潮時って!」
「お前は人間の世界で生きていくんじゃ。それがお前の幸せになる」
「僕はママといた方が幸せだよ!」
リリーは無言で首を横に振る。
「それとは話が違う」
「違わない」
「違うのじゃよ。人間と魔女は違う。人間には人間の、魔女には魔女の人生がある。それが交わることは出来はしないんじゃよ。お前の仲間たちを思い出してみい」
人間の仲間たちが脳裏をよぎる。親友のアルビノ。ロゼとクルル姉妹。それにジンや学校の友達。この六年でいろんな人たちに出会ってきた。
「その出会いを捨てられるのか?」
「――――ッ!」
「儂についてくるという事はそのすべてを捨てるという事じゃ。これは必ずどちらか一つだけを選択しなければならん。天秤にかけてみい。誰がどう考えてもどちらに傾くかはわかるじゃろ」
リリーの言う事はわかる。だが、納得できるはずがない。
「……どうしても選ばなきゃ、ダメなの?」
リンドウは俯いて問う。
「そうじゃ。これが選択というものじゃ」
「なんで、こんな――」
「これが時代の節目というもんじゃよ」
納得できるはずがない。
リリーは俯くリンドウの顔をぐっと持ち上げて視線を合わせる。その顔を涙でぐちゃぐちゃになっていた。どういった選択をとるのが正解か、自分でもわかっているからだ。
リリーは優しく微笑む。
「巣立ちの時ぞ」
そのまま抱きしめた。
温かい。この温もりを生涯忘れないと誓った。
その日、リリーはリンドウを抱いて寝た。まるで子供のときに戻ったような感覚だった。しかし、自分とは違って身体は成長しているし、何より自分よりも大きい。抱かれて寝ているのはどっちなのかわからず、リリーはニヒルに笑って眠った。
翌日。
リリーは一人机に屈服してした。左頬を机に引っ付けてぐでーっとしている。まるで溶けたゼリーのようだった。
「…………」
ときおり顔の位置を変えてみるものの、何も気持ちが変わらない。
この原因はわかっている。
「……ダメじゃな」
吐き捨ているように言った。リンドウには親らしく偉そうに言ったものの、巣立ちができないのはどうやら自分の方らしい。
気持ちが沈んでいる。
「はぁ~……」
でるのはため息ばかりだ。これで本当に良かったのだろうか。リンドウはきっと傷ついているに違いない。このままでいいのだろうか。
答えはでそうになかった。
自分の考えはきっとあっているはずだ。正解しているはずだ。なにの――。
正解することが正解なのだろうか。不正解を選ぶことが正解なのではないだろうか。そんな事ばかりを考えてしまっている。
リンドウは学校へ戻って行った。別れを言えばきっとお互いに巣立つことができない。だからこのまま別れを告げずに去ってしまおう。リンドウもきっとリリーがそう考えている事をわかっている。
もう、会う事はないだろう。さっさと支度をして逃げなければ。
しかし、どうにもこうにもやる気が起きなかった。この憤りのない気持ちをなんとかしたい。
「……そうじゃ」
あいつはどうするのだろう。ふとペストの顔が浮かんだ。
「行ってみるか……」
まだ時間はあるはずだと勝手に決めつけた。本当なら今すぐにでも放れた方がいいが、このままでは行けない。
この事を聞いてもらおう。相談してみよう。そう思ってリリーはペストの元を訪ねた。
「知らないわよそんな事」
相談した自分が馬鹿だったのだろうかとリリーは思った。
「私にそんな事がわかると思っているの? あなたのほうが長く生きているでしょう?」
まるで子供を諭す親のような口ぶりだ。まぁ、たしかにそうだと納得してしまう自分もいる。
「あなたはあなたが思っている以上に子供なのよ。そしてリンドウはあなたが思っている以上に大人になってしまった。きっとリンドウの方がこの状況をわかっている。いつまでも納得できないで駄々をこねているのはあなたの方。違う?」
「……違わないの」
反論のしようがない。
「あなた達と私達では立場がまったく違うから参考になるとは思えないけどね」
「……まぁたしかに。お前はどうするんじゃ? 逃げんのか?」
「逃げるわけないでしょ」
ペストの戦闘能力を考えればうなずける。返り討ちにすることなど造作もないだろう。
「きっとアルビノが私を殺しに来るでしょうね。一人で来るか、教会の人間と来るかはわからないけど。きっとこれが最後になるんじゃないかしら」
まるで明日の天気を言うような口ぶりだ。ペストもペストで覚悟を決めているのだ。
「あの子は成長したわ。強くなった。最近では本気でやり合うことはなくなってしまったけど、それは牙を隠しているんでしょうね。あの子の牙はきっと私に届く」
「お前はそれでいいのか?」
含みのある返しだった。
「いいわよ。その為に育ててきたのだもの。でも、その前にやる事があるけどね」
まるで獲物を見つけたときの猛獣の眼をしている。リリーは深くは聞かなかった。
「きっとあの子はやってくる。私の命を狙ってやってくる。他の誰かにとられる前に自分でとろうとするはず。楽しみねぇ」
我が子の成長は親としての喜び。ペストはその時の事を想像してシニカルに笑った。
「お前もだいぶ歪んでおるの」
「あなたに言われたくないわよ」
「時代は、変わってしまったか」
「そうね。もう覚悟を決めて自分の道を進むしかないの。その先が行き止まりとわかっていてもね」
「我が子のために、か」
「そうよ」
どうやら覚悟が決まったようだ。
「お前ともこれで最後かもしれんな」
「そうね。もう会う事はないのかもしれないわね」
リリーは椅子から立ち上がる。まるでまた明日も来るのだから名残惜しむ事はないという感じで別れの挨拶をする。
「またいつか、魔女集会で会おう」
「そうね。生きていたら、魔女集会で会いましょう」
土地が変わればその土地の魔女集会がある。そこでばったりと顔見知りに会うことは稀にある。だが、今回ばかりはその望みは薄いだろう。
しかし、これが魔女同士の別れの挨拶だ。
いつか、また、どこかで。
二人は別れを告げたのだった。




