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魔女物語  作者: 夜行
第二章「士官学校」
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終幕


 試合は滞りなく進んでいった。

 アルビノ、リンドウ、ロゼ、クルルの誰一人欠けることなく日々が過ぎていく。試合をしていく中で、全員が自分の成長を実感できた。強くなったのだと、全員で強くなれたことが嬉しかった。

 四人の快進撃は続き、負けることはなかった。しかし全勝、という事はなかった。あの引き分けが一回のみ。その話になるとロゼとクルルの様子がおかしく、ソワソワして落ち着きがなかった。あの教訓をしっかり生かす事が、その後の試合にできたようだ。

 あわや全勝かもしれないと予想していた者も少なくなかったので、ファルトたちのチームが唯一引き分けた事により、ファルトチームの評価は高かったが、トータルの成績を見ると負けの方が多かった。

 過去に全勝したチームは一チームだけだ。その過去の全勝したチームというのが、現在の教会騎士団団長のセージのチームだった。

 それを知ったアルビノは一層憧れが強くなった。いつか肩を並べられる日が来るのだろうかと。そればかりを夢みる。

 当然、一回生の優勝チームはアルビノ、リンドウ、ロゼ、クルルの四人となった。もはや一回生では相手にならないだろうと言われ、それが次を生むこととなる。

「上級生と相手をさせてみてはどうか」

 普通ならありえない事だ。だが、きっといい勝負になるはずだと誰もが口をそろえる。決めるのは本人たちだ。

 その事が四人に告げられる。

「どうだね? やってみるか?」

 それを聞いて青ざめるクルル。ロゼは無言で腕を組んでいる。アルビノとリンドウは顔を見合わせた。そしてその口元が薄っすらと笑っているのをロゼは見逃さなかった。

 ため息をついて覚悟を決める。

「「もちろんです!」」

 二人は声を合わせて言った。願ってもない事だ。勝敗はどうであれ、きっと何かを得る事が出来るはずだ。それが自分の強さとなる。こんな好機はない。

「クルル、諦めろ」

「ふぇぇえん」

「私だってボコボコにされる。でもな――」

 そう言ってロゼはアルビノとリンドウに視線を送る。クルルも自然と目に映る。

「あんな楽しそうな二人にやめてくれ、などと言えるか?」

「……言えませんねぇ」

 だから困るのだ、とロゼはため息をついた。

「まるで小さな子供ですね。新しい冒険に向かうみたい……」

「まぁ、実際そうなのだろうな。強さだけを求めている。経験が強さになる。それが二人にはわかっているのだろうな。なぁ、クルル。私たちもあの二人までとはいかないが、それなりの経験ができるんだ。いつか二人の力にそれがなるかもしれない。そう思えば、まぁ、悪くないだろ」

「そうですね。こんな私でも力になりたいですね。今はこんなんでも、信じてついていけば、二人の百分の一ぐらいの強さを得られるかもしれませんしね」

「へぇ、前向きだな。で?」

「? で?」

 何が「で?」なのだろうかとクルルは理解できなかった。しかし、この悪魔的な顔は何度も今まで見たことがある。

「どっちについて行く気だ?」

 ふふん、と鼻を鳴らしながらロゼは聞いた。ぼふっとクルルの顔が赤くなる同時に――。

「な、なにを言ってるんですかっ!」

 右の拳がロゼの腹部へとめり込んだ。よく見れば、インパクトの瞬間に拳を捩じっている。この力を試合の時に出せと思いながらロゼはそっと目を閉じたのだった。

 



 特別試合。

 そのほとんどが五回生と六回生が行うのが通例となっている。なるべく同レベルに近い方が盛り上がるからだ。だから今回、一回生と六回生という事は今まで例をみなかった。それでも全員がおもしろい勝負になると、胸を躍らせている。

「か、勝てますかねぇ……」

 クルルの顔はすでに白を通り越して青い。

「まぁ、やるからには勝ちたいよね」

「勝てるのかこれ……」

「どうだろうな。六回生がどれぐらい強いとかよくわからんし、やってみらん事にはなんとも言えない。それに負けてもいい経験になるだろ」

「なんでそんなに前向きなんですかー!?」

 おいおいと泣くクルルにアルビノがポンと頭に手をおく。

「守ってやるさ。そして俺の事も守ってくれ」

「ぅう~」

 そこで妙な視線を感じた。

「なにニヤニヤしてんだロゼ」

「いいや~? なんにもないさ」

 よくわからないが、どうやらロゼに良い事でもあったのだろうか。それはさておき。

「作戦は今まで通りだ。きっと苦戦するし、想定外の事も起こるだろう……いや、想定外の事しか起こらないと思った方がいいかもしれない」

「そうだねぇ。柔軟に対応するしかないわけだけど。むこうは強いうえに経験もある。楽しみだねぇ」

 この状況でその言葉が出ることに驚きだ。きっとこの試合を誰よりも楽しんでいるのはこの二人なのだろうとロゼは思った。

「……かなわないな」

 ぼそりと呟く。自分はこの二人から何かを得る事ができるのだろうか。いや、得なければならない。自分だって成長をしなければならないのだ。魔女になるために。

 そう思ったら、少し心が軽くなった気がした。これも魔女になるための通過点だ。絶対に経験しなければならない事で、それが糧になるはずだ。

 頑張ろう。

 そう思えた。

「よし、四人で勝とう。私だって強くなりたい」

 それを聞いてアルビノとリンドウは微笑んだ。

「あぁ、そうだな。俺たちはまだ強くなれる。全員で強くなろう」

 自然と四人は円になって前に拳を突き出してガツンと合わせた。

 気合いが入った。

 そして試合が始まる。まずは自陣の旗に全員が集まる。真っすぐに射抜かれた視線は敵陣の旗を見ている事だろう。辺りは静けさを増す。木々が風で擦れる音がやけに大きく聞こえた。

 そんな静寂をまるで風船を割るかのように笛が木霊した。それと同時にリンドウ、ロゼ、クルルが前へと飛び出した。四人は何も喋らずに、自分の役割を全うする事だけを考える。

 ロゼとクルルは四分の一ほど来たところで止まった。リンドウはさらに先行する。

「リンドウくん頑張って!」

 クルルが大声をあげる。それに片手をあげて応えた。

 もうすぐ敵と出会うはずだ。リンドウの心臓は知らずのうちに鼓動が早くなる。そして丁度半分に来たところ。

「……いないな」

 さすがに真正面から来るようなことはしないか、と思いつつリンドウはさらに足を進める。相手には経験がある。それはかなり重要なことだ。どんな作戦で来るのかが楽しみだ。

「おかしいなぁ……」

 もうすぐ敵陣近くだ。なのに誰にも出会わない。端っこを通っていったのだろうか。

 木々をかき分けて進んでいくと、ぼんやりとだが姿が見えた。そして鮮明にそれは映り、リンドウは驚愕する。

「いっ!?」

 そこには冷静にこちらに見据える四人の姿があった。

 リンドウは思わず急ブレーキをかける。どういうことか理解が出来ずに、ただただ目の前の四人を見つめるしかない。

 もしかして試合がまだ始まっていないのではないだろうかと思ったほど、六回生の四人は落ち着いていた。

「え……あの……」

 どういった事でしょう、と口が開きかけた瞬間だった。

 四人が同時に向かってきたのだ。

 やばい。

 瞬間的にそう思ったが後の祭りだった。まんまと敵の罠にハマったのだ。四人から一斉に攻撃を受けてリンドウは倒れる。

「……あぁ、やられたー」

 空を見上げてこれは無理だと悟った。まさかこんな作戦で来るとは思わなかった。

「君個人の実力はすごいと思うが、これはチーム戦だ。作戦次第で自分たちよりも巨大な敵を倒すことだってできるのだ」

 四人でまとまって一人ずつ倒す。それが作戦だ。

「はは~、なるほど」

「同じ作戦ばかりでは相手に対策を練られてしまうよ」

 ごもっともだ。その作戦がベストな事だったとしても、使い分けるべきだったのかもしれない。

「……途中に」

 とリンドウは言い出した。それを黙って聞く四人。

「女の子が二人いるんだ。できる事なら降参するように言ってもらえませんかね?」

「……相手が向かってこなければ検討してみよう」

「でも一人いるでしょ? アルビノくん、だったかしら?」

「アルビノは……」

 きっと素直に従わないだろうなぁと思った。

「きっと最後の一人になっても戦うと思いますよ。それに僕より冷静だから苦戦するんじゃないかなぁ」

 ふむ、と腕を組んで考える。煽りなどではないだろう。一応頭の片隅にでも入れておくかと、その言葉を受け入れた。

 その後、十分ほどで決着はついた。ロゼとクルルは大人しく降参し、アルビノはリンドウの予想通り最後まで一人で戦い抜き、一人を倒したのだった。








 長い大会が終わって二日後の事。

「ど、どうしたのアルビノ!?」

「…………」

「あわわわああああああ!」

 アルビノ以外の三人がアルビノの顔を見てそれぞれが驚いた。

「い、医務室! 医務室にぃぃぃいい!」

「落ち着けクルル」

 クルルが取り乱してアルビノの顔をわしゃわしゃと触るので、ロゼが後ろから羽交い絞めにしてその動きを止めた。あうあうと泣きながらまだ近づこうとするので、ロゼは渾身の一撃をクルルの後ろ首に喰らわす。

「ふぃー」

「……実力行使すぎじゃない?」

 気絶したクルルを見て、リンドウが憐みの眼差しと言葉を投げた。

「で? その傷はどうしたんだアルビノ。君ともあろう奴がそんなにボコボコにされてどうした? まさか階段から落ちたとか言わないよな?」

 その言葉の裏には、きっと負けた連中から腹いせにリンチにあったのだろうとロゼは思った。そうだったら今すぐにでも仕返しに行かねばならない。仲間がやられて黙っていられるはずがない。

「いや、お前の考えているような事じゃない」

「僕はなんとなくわかるけどね。アルビノをそこまでボコボコにできるのは一人しか思いつかない」

 さすが付き合いが長いだけあってリンドウにはそれが理解できたらしかった。この世で唯一アルビノのここまでボコボコにできる存在。

 それは――。

「まぁ、リンドウの察しの通り――魔女だな」

「魔女? 君の母親か?」

 そう言われてアルビノは少し眉にしわを寄せる。あれを母親などとは呼びたくないのだ。

 そしてアルビノはその経緯を話しだした。

「試合が終わって次の日は休みだったろ。そこで家に帰ったんだが、あいつがいきなり『あなたの弱さに呆れた。ちょっとかかってらっしゃい。本気で相手してあげるから』とか言い出しやがってな。それで俺も殺しにかかったんだが、クソ強かった」

「ペストさんがそこまでやるって、今までになかったよね? よほどの事があったのかなぁ」

「どうだろうな。『今のままじゃ間に合わないわよ』とかも言ってたが、何が間に合わないのかがようわからんし」

「親子喧嘩ならそれはそれでよかったのかもしれんな」

「親子じゃねーよ」

 ロゼの言葉に唾を吐く。あんな奴の事を親だとは断じて認めない。

「そんなに強かったの? そこまで戦闘能力ありそうに見えないんだけど」

 ペストは今までアルビノに対して座ったままとかで返り討ちにしてきた。いつも余裕の表情だ。全身を使って戦闘をするとイメージがわかなかったのだ。

「あいつやべーぞ。右手で殴るだろ? その流れで右ひじが来て、それと同時に左足の膝が飛んでくるんだぜ。どういった身体能力してんのか訳わかんねーよ」

「……さすが人間の技じゃないね」

「あいつが避けるとことか初めて見た気がするしな。避けると同時に殴られてた。カウンターもいいところだ。自分が殴ろうとすると殴られるんだからな。まぁそんなこんなで今に至る」

「なるほどな。まぁリンチじゃなくて良かった」

「僕はリンチの方がまだマシだと思うけどねぇ」

 どういった意図でペストがそうしたのかはわからない。だが、きっと何か大切な理由があるのだろうとリンドウは思った。あの人はアルビノがなんと言っても母親だ。そしてアルビノの為になる事をいつも願っているし行っている。

 今度会った時にでも、アルビノには内緒でこっそり聞いてみようと思った。

 クルルが目覚めたので騒ぎ出す前にロゼが再び一撃をくわえていたのは、二人は見なかった事にした。




 月日は流れていく。

 士官学校に入校して二年が経ったある日の事だった。ロゼがいきなりとんでもない事を言い出したのだ。

「学校を辞めようと思う」

 それを聞いたアルビノ、リンドウ、妹のクルルは一瞬なんの事かわからずに硬直してしまった。かろうじてクルルだけが「えっ?」と今にも消えそうな声をあげた。

 妹のクルルすら知らない話。きっと誰にも言ってないのだろう。そして一番初めに話す相手を自分たちにしてくれたのだろう。

「……理由を聞いても?」

 アルビノが静かに言った。理由もなくそんなことを言うやつではない。それはこの二年の付き合いでよくわかっている。

 反論するのはロゼの話を聞いてからだ。

「正直な、もうここで学ぶ事はないと思うんだ」

「学ぶ事……」

「君たちに出会ってしまった。それが私のゴールだったのかもしれない」

 ここにいても、もうそれ以上の出会いはないだろう。それほどまでにこの出会いは濃厚だったと言える。

「……でも、それだけじゃないんでしょ?」

「あぁ、そうだ」

 三人はロゼの目的を知っている。

「私は魔女になる」

 知っていたが改めてそれを聞く。

「私は私を助けてくれた魔女を本格的に探そうと思う。そして弟子にしてもらって、私が魔女になる」

 その瞳は不安のかけらは一切なかった。希望に満ち溢れた未来を視る目をしている。そんなものを見せられてしまったら、反論なんてできるはずがない。

「そっか……寂しくなるね」

 リンドウは精いっぱいの笑顔でそう言った。仲間の門出だ。笑って送りだしてやらねばならない。

「まぁ、すぐに挫折して戻ってきそうだけどな」

 そう言われて、そんな事あるわけがないだろうとロゼはアルビノの胸に拳をドンとあてた。

 そして三人の視線は一人に集まる。

「クルル」

 ロゼが名前を呼ぶとすでに泣いているクルルはまた激しく泣いた。今まで片時も離れることはなかった。この士官学校に入校するのも一緒だったぐらいだ。

 クルルが泣く理由は、ついて行けない事がわかっているから。

 ここでお別れなのがわかっているから。

「もしかしたら、もう二度と、会う事もないのかもしれない。一週間後には死んでいる可能性だってある。それでも――」

 それでも私は行く。

 ロゼは力強くそう言った。

最初に過程を言ったとしても、結果を言ったとしてもクルルは納得できないだろう。きっとこの先も納得できることはないのかもしれない。

「こんな姉で、すまない」

 その言葉には返事はなかった。ただクルルは泣きながらロゼを抱きしめる。それがきっと無意識の答えなのだろう。

 ロゼはそっとクルルの背中に手を回したのだった。




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