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魔女物語  作者: 夜行
第二章「士官学校」
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第四幕


「ク、クルルっ、と、申しますっ。よろしくお願いしますっ」

 ガチガチに緊張して彼女はそう自己紹介をした。もうすぐ行われる大会に一緒に出るメンバーをロゼが捕まえて来たのだ。その顔合わせとなった。

「…………」

「…………」

 しかし、アルビノとリンドウは口をあけて驚いていた。開いた口が塞がらないとはこのことだろう。なぜ二人が驚いているのかというと、今目の前にロゼが二人いるからだ。

「妹のクルルだ。よろしく頼まれてくれ」

 つまり。

「あれ? 言ってなかったか? 私は双子だ」

「……聞いてねぇ」

「……聞いてないねぇ」

 妹のクルルは姉のロゼとは違って髪の色素が少し薄かった。ロゼは赤黒い色だが、妹のクルルはピンクに近い色をしている。それに長さは腰まであるし、メガネをかけている。顔の造形は完全に同じだが、喋り方も違うし性格もおっとりとしてそうだ。

「なんかあれだな」

「そうだねあれだね」

「あれとは?」

 男二人は口を合わせて言った。

「なんか可愛いな」

 いつものロゼとは違う感じのロゼ。簡単に言えば新鮮だった。

「顔は同じなのにここまで違うものなのか」

「なんか小動物っぽいくて可愛いよね」

「双子とは思えんな」

「ぇっ、えっ、あの~っ」

 ロゼをはぶいて三人で輪を作っている。当然ロゼはカチンとくるだろう。

「ほう。二人はこんななよなよしたのが好みなのか。それなら私が明日からクルルのようになよなよしてやろうか。そうすれば両手に花だぞ。髪はすぐには伸びんからカツラをかぶってやろう。私は目がいいから伊達メガネをかけてやろう。何もないところでつまづいてコケてやろうか?」

 目が笑っていなかった。どうやら妹と比べられるのはロゼにとってタブーらしい。

「悪かったよ。機嫌を直せ。これから四人でチームを組むんだろう」

「君たちが先にチームの輪を乱したんじゃないか」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。こんななよなよでごめんなさいいいいい」

「いやいや、そこまで謝らなくてもいいから~」

 クルルは半ば本気で涙を流しているようだった。これはこれでめんどくさいなぁとリンドウは少し思った。

「クルルはすぐに気持ちが落ちるからな。扱いに気をつけたまえ」

「お前がフォローしろよ」

「断る。めんどくさいだろ」

「めんどくさくてごめんなさいごめんなさいごめんなさい。もう私なんていりませんよね。どうせ足手まといですし。もう三人で出場すればいいと思います。迷惑をかけるだけだから私のことなんて記憶から抹消してください……」

「…………」

 これはとんでもないのが来たなと確信する二人だった。

「ま、適当にあしらっておけばいいから」

 ロゼはそんな簡単な事を言うが、さすがにそれは出来そうもなかった。

「クルル、俺たちはこれから仲間だ。だからいちいち謝る必要はないし、仲良くやっていこう」

「えー仲間なら謝らくていいんだ!? それは良い事を聞いたぞ。よしよし」

「ロゼ、悪い顔してるね」

「ごめんなさいごめんなさい、あんな姉でごめんなさい」

 もうめんどくさい。

「あーもううるさい! とにかく実戦あるのみだ。今日から四人で訓練の日々だから! 泣き言はいう暇ないぞ!」

 こうして四人は大会までお互いをさらに知るために訓練に励んだ。

 大会のルールは相手の旗を落とせば勝ちだ。なのでセオリーとしては攻撃二名、防衛二名で行われる。しかしアルビノたちの立てた作戦はこうだ。

 前衛の攻撃がリンドウ、中堅のサポートがロゼとクルル、防衛がアルビノ。

 正直なところ、リンドウを遊ばせておけば勝てそうな気がした。そして仮にリンドウが足止めをくらっても中堅が二人いるし、それも抜けられてしまってもアルビノがいる。さすがに四人全員がこちらの旗までたどり着くことはないだろうと予想されるので、防衛はアルビノ一人で十分だという結論に出た。二人までなら止められる。三人来たら中堅のどちらかに戻って来てもらえばいい。

 大会には武器も使えるようになっている。と言っても刃はついていないので、斬れるという事はないが、思いっきり当たれば骨ぐらいは折れるだろう。しかし、それも覚悟の上で全員が出場する。命を懸けて戦う事が何よりの経験となるのだ。





 四人は日々訓練に励んだ。四人としてのチームワークや個々の役割をしっかりとこなせるように努力を惜しまなかった。クルルも次第に打ち解けてきて、今では冗談も言えるぐらいだ。

 そしていつの間にか月日は経ち、大会一週間前となっていた。

「儂も見に行くかの」

「え? まま来てくれるの?」

「まぁ、息子の晴れ舞台じゃしな。しかし、堂々と見る訳にもいかぬしな。どうしたもんか」

 うーむ、と頭を悩ませるリリー。教会の人間もわんさか来るというし、さすがに堂々としていたらバレてしまうだろう。そうなったら観戦する余裕はなくなる。

 と、なれば、特等席をもうければいいだけの話だ。

「王にいってみるか」

 王からしてみれば、たまったもんじゃないだろうが、それはリリーにとっては関係がない。それ以上の事を今までしてきているのだ。

 ついでにペストも誘ってやろう。あの親バカも絶対に行くだろうし、そんな人目を気にするようなタイプではない。せっかくの晴れ舞台が本当の戦争になっては困る。




 大会当日。

 ペストは一人で王都を歩いていた。大会を見に来たのにさっぱり場所がわからない。つまり迷子だ。とりあえず賑やかそうな方向へと歩いてみたが、まったく大会会場らしき場所へは、たどり着かなかった。

「困ったわねぇ」

 完全に迷子だ。会場がどこかもわからない。しかし立ち止まっている訳にもいかないので、適当に歩いてみる。いつかは当たりを引くかもしれない。

「あら? ここさっきも……」

 通った事がある。偶然、同じような場所だけかもしれないが、そんな都合のいい事はないだろう。

 目的地にたどり着く事も出来ずに、グルグルと回っていると声をかけられた。

「お嬢さん、どうしました?」

「道に迷ってしまって」

「それは大変だ。この辺りは道が良く似て迷われる方が多いのですよ。よろしければご案内しましょうか?」

「それは助かるわね。大会をやっているでしょう? その会場まで行きたいのよ」

「あぁ、大会を見にこられたのですね。ご家族でも出場なさるんですか?」

 二人は歩きだして会話を続けた。

「えぇ、息子が出るみたいでね」

「息子ですか。お嬢さんなどと言ってそれは失礼しました。あまりにもお若く感じたもので」

「誉め言葉として受け取っておくわ」

 そんな会話をしながら会場を目指す。しかし、気が付けば会場の声援も何も聞こえなくなっていた。あたりには人の気配すら感じられない。

「あらあら、あなたも迷われたんじゃないの?」

 ペストはシニカルに笑った。その笑みの中にはこれから起こる事がわかっているかのようだった。

「これは困りましたねぇ。私としたことが。完全に道を間違ってしまったようです」

 嘘の言葉を平気で投げる。気づかれていると本人もわかっている。だから仰々しく、下手くそな演技をしなければならない。

「いつから気が付いていたのよ?」

「見た瞬間からに決まっているでしょう」

「だから人気のない場所に誘い込んだと?」

「他の方に見られると厄介ですしね」

「そう。先に言っておくけれど、私は荒事をしにここに来た訳じゃないわよ? 本当に大会を見に来たの」

「あなたが存在している限り、そんなことはどうでもいい話です。神にお祈りは済ませましたか」

「この世に神なんていないわよ。いるのは醜悪な人間と――」

 二人は声を合わせた。

「「――魔女だけ」」

 腰からナイフを二本取り出して、一気に間合いをつめた。首にむけて一撃。しかしペストはそれをフォークを使って止めてみせた。

「あら、日ごろの行いってやつかしらね。あの子に感謝しないと」

 しかし相手は左手にもナイフを持っているし、その太刀筋やスピードはアルビノの比ではなかった。

 左手のナイフはペストの前髪を少し刈り取った。

「残念だったわね」

「なかなか早いですね」

「あなた、教会の人間かしら? 司教様には見えないけど」

「私は異端審問官をしています。よって職業柄、あなたを見過ごすことはできませんね」

「そう」

 ペストは興味がなさげに返事を返した。それよりも気になる事があったのだ。

「あなたはナイフを使うのね。しかも最初に首を狙う。それは最初に一撃で仕留めるため」

「よくご存じで」

「あなたのやり口を私は過去に見たことがあるわ」

「へぇ、知り合いの魔女でも殺されましたか?」

「魔女じゃなかったわよ」

「そうですか。魔女の疑惑があったんでしょうね」

 言葉の意味をお互いに探り合う。そこから読み取れることは、二人は因縁があるようだった。

 言葉の雨は止み、チリチリと殺気だけが辺りを支配する。第二ラウンドが始まろうとした瞬間だった。

「双方、そこまでだッ!」

 大きな声が二人の動きを止めたのだった。



 二人の間には一本の剣が地面へと突き刺さっていた。異端審問官はそれを見ただけで相手が何者かわかった。この剣のマークは王都騎士団のものだ。

「双方、引かれよ。これは王の御意思である」

「王の? なぜ魔女がいる事を知っているのですか?」

「貴殿には関係のない事だ異端審問官よ」

 つまりこの者は魔女であるペスト側ということになる。一対二は分が悪い。なんとかしようと思ったらなるかもしれないが、今はまだ無理をする時ではない。

 異端審問官はナイフを閉まった。

「次、会ったら確実に狩ります。あなたも、止めるなら同罪とみなします」

 王都騎士団の者は何も言わずに深く目を閉じた。

 異端審問官の姿が見えなくなってからようやく口を開いた。

「申し訳ありません魔女殿。この王都には彼のような連中ばかりではないのです。どうか気を悪くしないでください」

「知っているわよ。あなたのような人もいるってことでしょう」

「そう言ってもらえると助かります」

「なぜ助けたの? さっき王がどうとか」

 あぁ、と思い出したらしく説明をする。

「私は王都騎士団のカルロと言います。王の命よりあなたを探しておりました」

「私、別にここの王様と知り合いとかじゃないわよ?」

「私も詳しくは聞いておりませんが、王もあなたの事は知らない様子でした」

 話が合わない。お互いに知らないのにどうしてこのような事をするのか。答えとして一番可能性が高いのは――。

「私の勘ですと、第三者が絡んでいるのかと」

 第三者が二人の共通の知り合いの場合。そこでペストは合点がいった。

「リリーね」

 彼女なら可能性はある。というかリリーしかいないだろう。

 ペストが問題を起こす可能性があるから先に見つけ出して連れてこいと王に言った。王はリリーの言う事を聞かなければならない。

 よって今に至るのだろう。

「納得できたご様子で」

「そうね。解決はできたわ。それで、あなたはしっかりと道案内が出来るのかしら?」

 言葉は返さずに行動で示す。正解の道をゆっくりと歩きだした。

 連れて行かれたのは王が住む王宮だった。そこに待ち構えていたのはもちろんリリーだった。

「この馬鹿者が。案の定問題を起こそうとしおったな」

「私は別に何かをするつもりはなかったわよ? 相手から来たんだし」

「それでも逃げる事ぐらいはできたじゃろ。あそこで騒ぎを起こしてアルビノの素性が知れたら困るのはお前じゃぞ」

 年の功なのか、リリーに口では勝てないし、その通りだと思ったのでペスト素直に謝った。

「ごめんなさいね」

「もういいではないかリリー殿。そろそろ私を紹介してくれまいか」

 そんな二人の仲裁に入ったのは紛れもない、この国の王だった。

「はぁ~、まぁよいわ。これがこの国の王、こっちが魔女のペスト。以上じゃ」

 あまりご機嫌がよろしくないので適当に紹介をする。あとは自分たちで適当に話せということなのだろう。

「ペスト殿も大会を見に来たのだろう。さすがに私は同席出来ぬが、それなりの場所を用意しておこう」

 また観戦中に教会の人間に見つかっては面倒な事になる。なので教会の人間が立ち寄る事のない場所を用意するということだ。

「それは助かるわね」

「お前、アルビノが負けそうになっても手を出すなよ?」

「その言葉、あなたにお返しするわよ」

「……善処しよう」

 王は苦笑いだ。どっちも自分の子を大切に想っているからこそだろう。しかし、この大会は生徒の将来を左右する。

「くれぐれも、手を、出さぬような魔女殿」

 そんな王の言葉に魔女二人は声を合わせる。

「わかってるわよ」

「わかっとるわ」

 先行きが不安だなと王は一人でごちる。

「そろそろ大会が始まる。今日は一回生、つまり貴女たちの子が出る大会だ。会場までは先ほどの者に案内させよう」

 先ほどの王都騎士団の者に連れられてペストとリリーは会場へと向かった。

 一方その頃、アルビノたちは最終確認をしていた。

「作戦の変更は基本しない。リンドウが前衛、俺が後衛、お前たち二人がどちらでもすぐに行けるように中衛だ」

「おっけい」

「うむ」

「は、っはい」

 クルル以外は落ち着いているようだ。

「クルル、心配するな。たぶん敵はそんなに流れてこない。たぶんな」

「たぶんですかっ」

「まぁたしかにリンドウの一人舞台になりそうだな」

「なるべくやっつけるけど、流れたらお願いね」

「まぁ、その時は私たち二人でなんとかしよう」

「無理に足止めはしなくていい。二人で一人を倒せば大丈夫だ」

 個々の役割をそれぞれしっかりと頭に叩き込んでいく。一番重要なのは、予想外の事が起こった時に、冷静に対処できるかだ。それは実戦と経験の中で養われていくものだが、まだ四人とも経験はない。だからこのような場で覚えていくしかないのだ。

 緊張している中、そんな事は関係がないと大会の始まる花火が鳴いた。



 チームは四人一組で行われる。フィールドはおよそ縦が二百メートル横が五十メートルほどの長方形。岩は木などの障害物が多くある。旗を先に取った方が勝利となる。武器の所持は認められているが、そのどれもが木製である。仮に怪我人が出た場合、残りのメンバーのみでその後も戦う事とする。戦闘において降参と言った者に対して攻撃を加えるのは禁止とする。時間は一試合三十分とする。延長はなく、引き分けとなる。

「だってさ。まぁケガをしないようにだけ気を付けよう。一人でも欠けたら今後がきつくなるしね」

「だ、そうだクルル。君の事を言っているんだぞ」

「わ、私ですかっ。ロゼちゃんが守ってよーう」

「自分の身は自分で守れ。私は私でいっぱいいっぱいだ」

「最悪、俺がいるところまで下がっていいぞ。敵を連れてこなければな」

「……善処します」

 この大会は総当たり戦で、何十回と試合をする事になる。慣れれば動きがある程度わかってくるだろう。

「俺たちはチームの順番はBXだ。Aから順番にやっていくから、少しは時間がまだあるな。フィールドもけっこうな数があるし、一日五試合ってとこか」

「うへ~。ハードだねぇ。ね、試合がない時間は上の回生の試合を見に行こうよ。どれだけレベルか高いか見たくない?」

「それは名案だな。参考にできるところは参考にした方が私たちの勝率も上がるかもしれん」

「き、気力があれば~」

 そして、暫くして自分たちの番がやってきた。

「BWとBXはフィールドCへ」

「きたぞ」

「行きますかねぇ」

「緊張して気絶しそうなんですけどっ」

「まぁまぁ気楽にいこーよ」

 試合が始まる前に一分間の作戦タイムが与えられる。

「相手チームは誰だった?」

「ん~名前聞いてもさっぱりわからん」

「私も見たことはないな」

「さ、さすがに見たことはあると思うよ~」

「作戦は決めた通りに。ケガだけはするなよ」

「「「了解!」」」

「試合を開始する。配置につきなさい」

 審判も四人いる。旗の場所に一人づつと、生徒について回るのが二人。不正は見逃さないし、したら即時失格扱いだ。

 自陣の旗に全員集まって笛が鳴ったらスタートだ。

 初めての試合に全員が緊張している。心臓の音は頭の中に直接鼓動しているように聞こえるし、まだ始まってもいないのに汗が額を濡らす。

 しかし、どんな状況でも今から試合は始まる。もう逃げ出すことは出来ない。

 笛の音色が全員の耳を突き抜けた。

 それと同時にリンドウ、ロゼ、クルルは前方に全力で走りだした。アルビノは周囲の警戒を怠らない。ロゼとクルルは自陣の旗から五十メートルほどのところで立ち止まった。アルビノはさらに先行する。相手もきっと二人は走って来ているはずだ。しかしフィールドの半分を過ぎても敵の姿は見えなかった。

「あぁ、なるほど」

 ようはフィールドの端っこを行ったのだろう。何も馬鹿正直に正面から攻める理由はない。無駄な戦闘はしないという事だ。

 探し出すという選択はリンドウにはなかった。そのまま一気に敵陣の旗まで駆け抜ける。

 一方、ロゼとクルルは――。

「おかしいな」

「えっ、なにが?」

 ロゼは眉間にシワをよせて答える。

「音がしない」

「音?」

「リンドウが戦う音だ。相手の声も何も聞こえない」

「それって……」

「…………」

 どういう事だとロゼは必死で頭を回転させる。

「考えられる要因は……二つ」

 ロゼは指を一本立てる。

「音もなく戦闘が行われてどちらかが倒されたか」

 それを聞いてクルルはゴクリと唾液をのみこむ。さらに一本指を立てる。

「戦闘が行われなかった。これにはさらに二パターンある。出会ってる場合と出会ってない場合だ。出会っているのに戦闘が行われなかったというのはリンドウ的にありえない。出会ってない場合は、全員が防衛に回っている場合と、通った場所が違う場合だ」

「通った場所が違う場合って……」

 クルルは何かを悟ったように顔色が悪くなった。

「避けろッ!」

 気が付いた瞬間にクルルの後ろに人影が見えて叫んだが、一手、遅い。

「ぎゃふっ」

 クルルの腹部に一発。それでクルルは気絶をしてあっけなく倒れた。

「くそッ!」

 敵は一人、ではない。ロゼはすぐ自分の後方に気配を感じて振り返った。それと同時に剣が容赦なく振り下ろされたが、それを槍の持ち手でなんとか防いだ。

「行け!」

「まかせた!」

 これはまずい。完全に足止めをされている。一人が自分たちの自陣に走って行く。本来ならここで足止めをしなければならないが、逆に足止めをされている。はたして、敵は本当に二人なのか。三人いたら確実に自分はやられるだろう。

 ここはアルビノとリンドウを信じるしかない。自分もまた、今目の前にいる敵を足止めしておくしない。欲を言えば倒してしまいたいが、自分にそこまで戦闘力がない事はわかっている。

「クルル! 起きろ!」

 二対一ならなんとかなるかもしれない。倒して後方へ、防衛に回れるかもしれない。だが、クルルは完全に伸びている。もう期待は出来ない。

 このままの状態でいいのか悪いのか。最悪なのは自分が倒されて、アルビノのところに行かれる事だ。

「なら、少しでも長く足止めしてやる」

 その間にリンドウが旗を取ってくれるはずだ。そう信じてロゼは槍を振るった。




 リンドウは一気に敵陣まで走り抜ける。さすがに防衛が四人もいるはずがないと思う。そうなると素通りした可能性があるが、後ろは後ろで任せよう。

 仲間を信用するのだ。最悪ロゼとクルルが止められなくても、その後ろにはアルビノがいる。あいつならきっと大丈夫。何も不安はない。

「おっと」

 敵陣が見えたところで、敵が二人見えた。こっちを見据えている。

 予想通り、二人ほどスルーしてしまったらしい。

「いや、どこかに隠れている可能性も……」

 無きにしも非ず。可能性は限りなく存在する。考えていてもキリがない。だったらどうするか。

 自陣が落とされる前に落とすしかない。相手もしっかりと剣をこちらに向けている。二対一だが、それでも憶することなくリンドウは突っ込んでいった。

 一方、自陣を守るアルビノは――。

「……来てるな」

 ロゼとクルルが戦う音を察知していた。

「二人ともやられたか、足止めをされているか。なんにせよ、ここにやって来る」

 はたして何人やってくるのか。

 相手がここにやってくるということは、リンドウもすでに相手側に着いているはずだ。防衛だけに専念すれば相手が二人でも少々の時間は稼げる。その間にリンドウが旗を落としてくれればいい。

 理想は二人だ。そうすればロゼとクルルの場所に一人。防衛に一人。防衛が一人ならリンドウが余裕で勝つだろう。

 しかし、アルビノの予想は外れる。

 側面から石が飛んできた。それをなんとか避けるが、それと同時に人影が飛び出してきた。相手の剣を自分の剣でしっかりと受け止める。

「一人か」

「どうかな?」

 もう一人隠れて隙を伺っている? ただ、そう思わせな口ぶりをしているだけ?

 この大会は戦略が重要だ。それは動きも勿論だが、何より言葉が重要になってくる。相手をだませるかどうかがカギを握っているのだ。嘘も重要な武器となる。

 アルビノは剣を交えながら周囲を伺うが、まだ何も反応はなかった。

 どうする?

 そんなの決まっている。

「もう一人隠れていようが、ここにたどり着く前に倒してしまえば一対一だ!」

「おごっ」

 アルビノは相手の腹部を蹴り上げた。身体は一瞬浮いてくの字へと曲がる。後頭部へ柄で衝撃を与えて気絶をさせる。

 だが、気を抜かない。しばらく警戒をするが、敵が現れることはなかった。

「……こいつ一人か」

 すぐに審判の一人が駆け寄ってきて手当を施す。

「お見事」

「……どうも」

 ロゼたちが足止めをしている敵がまた来るかもしれない。そう思ってアルビノは再び周囲を警戒する。


「つっかえない妹だなっ」

「そう言うなよ。クルルちゃんはお前と違って人気者だぜ?」

「はあー?」

 理解が出来ないのとなぜ同じ顔でこうも人気が違うのかロゼはさっぱりわからなかった。そしてそれは怒りへと変換される。

「どいつもこいつもあんななよなよしたのが好みか」

「男受けがいいのは間違いじゃないな」

 今まで相手の攻撃を受け流していただけのロゼの槍が攻撃へと変わる。

「おっ?」

 相手もそれを身体で感じて防御へと回った。

 槍を手首で器用にくるくると回しながら相手に攻撃の隙を与えない。ガンガンと木同士の悲鳴がこだまする。

 闇雲な攻撃の中で冷静に反撃のチャンスを待つ。今、自分たちが手にしているのは金属ではなく、木だ。これを使わない手はない。

 何が違うのかと問われれば、木は折れるということだ。

 ロゼの持つ槍は当然ながら長い。その中心に渾身の力を込めた一撃がさく裂する。

「あっ――」

 槍は真っ二つに折れた。

「はい、終了。まだ続ける?」

 降参をするならこれ以上は何もしないという事だ。武器は壊れた。戦える状態ではない。降参をしたほうがいいのは誰の目から見ても明白だ。

 しかしロゼは――。

「みんな戦っている。私だけが降参などできるはずがないだろう」

 折れた槍を二刀流のように持ち替えて、まだ終わってないと宣言をした。

「いいね。見直した。クルルよりよっぽどいい感じだ」

「そらどうも」

 二人は激しくぶつかり合った。


 リンドウは木の小手をつけている。完全に近距離タイプの戦闘だ。小手といっても、受けた衝撃はそのまま手へと伝わってくる。ダメージは確実に蓄積されていくだろう。

 だから受けるのは最小限に。あとは回避をするしかない。

「くそっ、当たらねぇ!」

 剣を振り回す相手の隙を見極める。二人の攻撃が重なった。そして次のモーションへと入る直前がチャンスだ。

「フッ!」

 気合いを込めた一撃が相手の脇腹を直撃した。そのまま二人が重なるように倒れこむ。このまま追い打ちをかけようとしてリンドウは思い出す。

 相手を動けなくなるまで倒す必要はどこにもない。これは試合だ。旗をとれば終わるのだ。

 リンドウは二人を置き去りにして一気に敵陣の旗をとった。

「あっ――」

 起き上がって追うが間に合わず。

「そこまでだ!」

 審判が出てきて試合終了の声が上がったのだった。


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