第三幕
「よう」
「おはよ」
「……へろー」
アルビノとリンドウが挨拶をしたら、まるで元気がない返事が返ってきた。目の下にはハッキリと隈ができていた。
今日はロゼをペストとリリーに会わせる日だ。おそらくは昨日の夜、興奮して眠れなかったのだろう。まるで子供のそれだ。
「悪かったな、子供で」
「……何も言ってないぞ」
「眠れないのも当然だと思わないか。憧れの魔女に会えるんだぞ。なのにぐーすかぐーすか眠ってられるほど私の神経はズボラじゃない」
「はいはい。とりあえず出発しよう。途中からアルビノに飛んでもらって移動しようか」
「リンドウ、お前が走った方が早いだろう」
「いや、さすがに罪悪感が、ね」
「……あぁ」
なぜか二人の間で納得したようだった。たしかに怖かったのは怖かったが、まぁこのままの方が都合がよさそうなので、このままにしておくことにした。
それから約一時間後。
「ここが俺の家だ」
「おおっ」
ロゼの目は子供だった。キラキラと輝かせてこの中の宝物の箱を今から開けるかのような感覚なのだろう。早く見たい、知りたい、という想いが伝わってくる。
「……お前、気絶するなよ」
「しないとは言い切れないな」
心臓は今にも爆発しそうだ。このままの状態が続けば本当に爆発してもおかしくないとロゼは思った。
「早く、早く這入ろう。紹介してくれ!」
「はいはい。でもあんま期待すんなよ。所詮魔女だ。お前が思っているのは幻想でそんないい魔女ではない」
だがロゼの耳には届いていないようだった。それを見てアルビノは溜息をついた。
もう帰ってきている事には気が付いているだろうが、一応ノックをして声を出す。
「帰ったぞ」
重苦しく家の扉を開ける。
これは化学反応のようなものかもしれない。ロゼと魔女たちを会わせることによって何が起こるのか。アルビノは良い予感はしなかった。きっとリンドウは特に何も考えていないだろう。
「あら、早かったのね」
ペストはいつもと変わらない調子でそう言った。誰が来ようと来まいとペストはいつもと何一つ変わらない態度をとるだろう。
「まだ料理が終わってないのよ。ちょっと待っていなさい」
テーブルを見ればリリーが一人でお茶を飲んでいた。
「ままー、ただいま」
「おかえりリンドウ」
すぐにリンドウはリリーの隣へと座って会話をし始めた。これもいつもの事なのでアルビノはまったく気にしない。見慣れた光景だ。
だが、今日はいつもと違う。
「ア、アルビノ! あれがっ、あれが魔女なのか!? 早く、早く紹介してくれ!」
ロゼはアルビノの袖を掴んでぐいぐいと引っ張る。その目はランランと光り輝いていた。しかしまだペストは料理をしているし、リリーはリンドウとイチャついているし、会話はまで出来そうもない。
「ちょっと料理が出来上がるまで待ってろ。話はそれからみたいだな」
だんだんロゼの息遣いが荒くなっている、心なしか顔も赤い。このままの状態が続いたらロゼは本当に倒れそうだ。まぁそれはそれで面倒ごとが片付くので、このままにしておこうとアルビノは密かに思った。
とりあえずアルビノは席へと座った。机は長方形でアルビノの真正面にリリーがいてその隣にリンドウ。アルビノの隣はペストが座るのであいている。ロゼはアルビノの右斜め前に座っている。当然リリーとも近い。リリーはロゼから熱い視線を送られているが、リンドウに夢中なのでまったく気が付いていない。
そうこうしているうちに料理が机いっぱいに並べられた。
「いただきます」
声を合わせて全員が言った瞬間だった。いつもながら金属の弾ける音がした。もちろんアルビノとペストだ。ナイフとフォークが悲鳴をあげている。
「あらあら、まったく成長していないわね。学校に行っていったい何を勉強しているのかしらね」
カチンときたので、アルビノは空いている手でペストを殴りにかかったが、それも見事に止められる。ペストの細腕のどこにこんな力があるのかと思うぐらいに、アルビノの手は動かなかった。手首の骨がギシギシと軋むのがわかる。
「ダメねぇ」
深い溜息をペストはついた。心底落胆している風に見える。それがさらにアルビノをイラつかせた。連続で防がれてもどんどんと攻撃をしていく。
それを初めて見るロゼは一人でどうするべきなのかあたふたしている。
「あ~、ロゼ? いつもの事だから気にしないでいいよー」
そう言われてリンドウの方に視線をやれば、ひどく落ち着いていた。そのことから本当に日常茶飯事なのだろうと思える。
「ほれ、あーんじゃ」
「あ~ん」
しかし、こちらもこちらでどうにかしているとロゼは思う。さすがにマザコンすぎる。
「はい、次はままがあ~ん」
「あ~ん」
「おいしい?」
「うむ」
二人でもぐもぐと口を動かしている。口が動く動作さえもぴったり合っている。この空間が明らかにおかしいとロゼは思うが、これが本当にこの四人の日常なのだろう。
しかしいつまでこの風景を見ればいいのだろうかとスプーンをかじりながらふと思った。そもそも自己紹介もまだだし、魔女二人には自分の姿が映ってないのではないかと思うぐらい目も合わない。完全にいない事になっている。
そして机の上の料理が胃におさまった。
「おい魔女、こいつはロゼ。俺たちの学校の同期だ。魔女に憧れているんだとよ」
「憧れているのではない。魔女になりたいと思っているのだ!」
「ほぅ、魔女にのぉ」
そこでようやく魔女二人はロゼを見た。魔女二人の視線が自分に集まっていると思ったら急に身体が熱くなってくる。ついにこの時が来たのだと唾液をごくりと飲み込んだ。
「魔女になりたいって言ってもねぇ」
「まぁ、なろうと思ってなれるもんじゃないしの」
「そこは重々承知してます。ですが、この想いを止められないのです」
「なんで魔女になりたいの? そんないいもんじゃないわよ?」
そう言われてロゼは語りだした。魔女に命を救われたこと。その魔女を探している事を。そしてペストとリリーがその魔女ではないのかと思っていたが、それはどうやら違ったようだ。まだ記憶は摩耗してなどいない。
「小さな子供の魔女をご存じないですか? それこそ十歳そこらの見た目の子供です」
そう言われてリリーは顎に手をあてて考えた。正直なところ、心当たりはある。心当たりというか、一人しか思いつかなかったのだ。しかし、あの魔女が子供を助けるなどという行為をするだろうかと考えているのだ。
魔女はたしかに酔狂だ。お互いをそこまで詮索もしないし、自分の事を語らない。そういった一面があっても不思議ではない。
「子供の魔女、ねぇ」
どうやらおペストも気が付いているようだった。しかし、その名前は口には出さなかった。きっと言えば会わせてくれと言ってくるに違いないし、それはとても面倒だ。ペストは少なくともそう思っていた。
「心当たりならあるぞ。つーか、そいつしかおらんじゃろな」
「えっ!?」
まさかの返答にロゼは思わず椅子から立ち上がっていた。
「リリー」
いいのか、とペストが無言で問うてくる。
「よい。おそらくお前を助けた魔女はネルという魔女じゃよ。見た目が十歳ぐらいの魔女なんぞあやつぐらいしかおらん」
して、とリリーは一度言葉を切った。
「突き止めてどうするつもりじゃ?」
その言葉は試しの言葉だった。それをロゼは十分わかっていた。だから嘘偽りなく、リリーを真っ直ぐに見据えて言葉を返す。
「まずはお礼が言いたい」
「まずは?」
次があるということだ。そしてそれが本音なのだろう。
「魔女にはなろうと思ってもなれない。それはわかっている。だが、私は必ず魔女になってみせる。だから私は――弟子にしてもらいたいのだ」
「…………ほぅ」
「魔女になる準備をしておきたい、というのが本音かな。きっと拒絶されると思いますが」
「されるでしょうねぇ。魔女が弟子をとるなんて事はあるにはあるけど、ネルはそういったタイプの魔女じゃないしね」
「そうじゃのぉ。ネルは単独を好む。お前を助けてそのままにしておいたのがいい証拠じゃ」
もし弟子にする気があったなら、そのときに連れて帰るはずだ。それをしなかった。助けたのもただの気まぐれだろう。
「名前が知れただけでも良かったです。ありがとうございました」
そう言って深々と頭をさげた。それに違和感を覚えたリリーは口に出さずにはいられなかった。
「頼まないのか。会わせてくれと」
言えば会うことは限りなく低くても可能かもしれない。言うだけでも言ってみる価値はあるはずだった。しかし、ロゼはそれをしなかった。
「そんな事を言って会いにきた人間を魔女は果たして弟子にしようと思うでしょうか。私なら思わない。苦労して苦労して探し出したという過程を重んじるはずです」
「なるほどね。好きよ、そういう考え」
「まぁ、たしかにの。見つけ出すまでが試練のようなもんじゃしの。よかろう。自分で探し出してみせよ」
「はい!」
どうやら話はまとまったようだし、魔女二人はそれなりにロゼの事を気に入ったようだった。自分に厳しく、自分をしっかりと持っている。こんな娘ならばあるいは本当に魔女として覚醒するかもしれない。将来が楽しみだと思った。
どうやらロゼの中で変化があったようだ。魔女二人と会って話して、今まで心に決めていたものが更に色濃く硬く決意として上書きをされた。会わせて良かったとアルビノは素直に思った。
「やぁお二人さん。おはよう」
「よう」
「おっはよー」
この晴れ晴れとした顔を見れただけで、こちらも晴れやかな気分になってくるというものだ。
「昨日は感謝する。とても有意義な一日だったよ」
そういってロゼは深々と頭をさげた。
「やめてよ。僕たち友達なんでしょ? そういう堅苦しいのはやめようよ」
「これは単に私の中のけじめのようなものだよ。いやはや、私の想いはより一層と深まったよ」
それは当然、魔女になりたいという気持ちだろう。ここでアルビノはふと思った事を口にした。
「ロゼ、魔女になって何がしたいんだ?」
魔女になりたい魔女になりたい。その理由はなんだろうか。それを今まで聞いた事はなかった。果たしてどんな答えが返ってくるのだろうか。
「リンドウと同じさ。魔女を守りたいと思っている」
「僕と同じだね」
「そうだ。今の時代、魔女は肩身が狭いだろう。しかしこれからもっと狭くなってくるはずだ。教会が本腰を入れたら私の命の恩人たちは生きづらい世の中になるだろう。そんな事は絶対にさせたくない。だからかな」
「だから、学校にも通っているんだな?」
そう言われてロゼはフフフと笑った。
「その通りだ。偵察だよ偵察。つまるところ教会の内部事情を知りたいのだ。あわよくば三種の神器を葬り去りたいとも思っているぞ」
ふふんと鼻を鳴らしてどうだと言ってくる。しかし二人にはその言葉の意味するところが伝わっていなかった。
「三種の神器?」
「……まさか知らないとは言わないよな?」
そう言われてアルビノとリンドウは顔を見合わせた。
『知ってるか?』
『う~ん、聞いた事もないね』
そんな無言の会話をしていることにロゼは気が付いた。
「……君たち、本当にもう少し勉強したらどうなんだ?」
呆れている。普通に生活していたら絶対に耳にするはずの単語だ。それを知らないとは――。と思って二人の境遇を思いだして、知らないのもまぁありえる話かと無理矢理納得した。
「三種の神器の神器とはな、剣、槍、弓、の三つの武器の事だ。それらは破邪の力が込められている」
「破邪?」
「簡単に言えば、悪しきものを退ける力だな」
「へぇ、それって魔女にも効くってこと?」
「効くだろうな」
「まぁ普通の武器だって魔女には効くぞ」
「揚げ足をとるな」
こほんとロゼは一度咳ばらいをして続ける。
「その三種の神器は教会騎士団と王都騎士団で所有されている。教会が弓、王都が剣だ」
「うん? 二つだけなの? 槍は?」
「行方不明なんだ」
「行方不明?」
オウム返しで聞き返した。
「そうだ、行方がわかっていないんだ。本当は王都騎士団が所有していたらしいんだが、随分と昔になくなったらしい」
「なくなったって……」
なくなるような代物ではない。つまり誰かが盗み出したとされている。しかし、その所在は未だつかめていない。
「まぁ色々と尾ひれがついていると思うがな。三つ同じ場所にあったら破滅するとか、今現存しているものは実はレプリカだとか色々な噂がある。それこそ魔女が盗み出したとかもな」
「槍を見つけ出したら……どうなるんだろうね」
言葉の意味が最初はわからなかった。槍を見つけ出してそれを返せば一生遊んで暮らせるし、名誉だってもらえるだろう。しかしリンドウが考えているのはそれとは違う。
魔女を守るために生きている。魔女に害を成すものは排除しなければならない。その槍を破壊する。もしくは、自分で使って魔女を守る。
「お前には毛皮があるだろ。それにワーウルフの状態で槍を使うのは無理があると思うぞ。それなら俺が使う」
アルビノが所有したなら確実にペストを殺せるようになるだろう。このローブと合わせれば強くなれることは間違いがない。
「たしかにリンドウが探せば見つかるかもしれないね」
つまりワーウルフの鼻を使うという事だ。
「でも、おそらく無理だ」
「なんでだよ?」
「本当に実在するのかも不明だし、この王都アルヴェルトにある可能性は低いと思うな。私の勘が正しければ、おそらく魔女が所有している」
人間に見つけられないものでも、索敵にたけた魔女ならばいとも簡単に見つけ出すことが出来るだろう。もう何年も前の話だ。さすがに未だに見つかっていないとは考えづらい。
「そうなのかなぁ。残念」
「そうだ、今日学校終わったら暇だろう? 教会に行ってみようか」
「教会?」
「そうだ。その三種の神器が一つ、破邪の弓を見に行ってみよう」
「え? 見れるの?」
「あぁ、一応な。本物かどうかはわからないぞ。もしかしたらレプリカかもしれないが、あれには圧倒される。それほどの輝きを誇っている」
教会が所有する破邪の弓。それは誰でも見れる場所に保管しているらしい。それは教会としての強さの象徴でもあるだろう。それを見せることによって教会としての力を見せつける。
「君たち、先に言っておくが、奪おうなどとは絶対に考えるなよ?」
「……はい」
「なんだ、今の間は?」
さすがにそんな事をされては連れて行った自分にも火の粉が降りかかる危険がある。まぁ実際にそんな事をするとは思えないが、この二人のことだ。一応見張っておこうと心に誓ったロゼだった。
教会の所有する敷地は広い。王都アルヴェルトの四分の一以上を占めている。だからやすやすと目的地にはたどり着けない。
「……おい。まだか?」
「モウチョットカナー」
慣れない者にはそれが迷路に感じることだろう。その複雑さは王宮の比ではなかった。
「ロゼ、ここさっき通らなかった?」
「…………」
つまるところ三人は迷子になっていた。歩いても歩いても目的地へとたどり着かない。一番大きな教会の塔へと向かっているはずなのに、気が付いたらそれが反対側に見えたりする。
「まさかっ、ハメられた!?」
「んなわけあるか」
どうにも迷子になったことを認めたくないらしい。しかし認めても認めなくても現状は変わらないのが事実だ。
「さぁ、どうしよっか」
「ぅぅぅう……」
引き返すにも帰り道すらわからない。闇雲に歩いていたら日が落ちてしまう。
「まぁ、誰かに聞くしかないだろうな」
「だね」
都合よく人が歩いていたので声をかけてみる。
「すいません」
「はい?」
と、声をかえたあとで気が付いた。この顔、どこかで見た覚えがある。それはどこだったのか。古い記憶を呼び覚ましていると、先に言葉を投げたのは相手の方だった。
「君たちは、アルビノとリンドウですね。教会に何か御用ですか?」
「え?」
突然名前を呼ばれて驚いた。自分たちの知り合いなのだろうか。
「君たち二人は有名人ですからね。将来、教会騎士になるのか王都騎士になるのか、様々な憶測が出回っているのですよ。まぁ私は教会の人間ですし? ここに来られたという事は教会に興味があるという事でよろしいでしょうか」
勝手に話がどんどんと進んでいく。
「あっ、いや、そのですね――」
「弓を見せてください!」
横からロゼがぐいっと割り込んで入って来た。その鬼気迫る表情に三人は一瞬フリーズする。
「弓? 破邪の弓の事でしょうか?」
「それです! 私たちはそれを見にきたのですが、なぜか道に惑わされて……」
どう足掻いても迷子という事は認めたくないし言わないようだ。
「あれは早々見れる物ではありませんよ」
「え?」
「おい、話が違うじゃないか」
「昔は展示して自由に見れたのですが、今は大事に保管してあります。許可がないと見れないでしょう」
「そ、そんな馬鹿なことがっ」
がっくしと地面に屈服すロゼ。どうやらロゼの知識は古かったようだった。
それを見て顎に手を当てて考える。これはいい取引になりそうだと。
「まぁ私がいれば見れなくもないですが」
バッとロゼが起き上がり、それこそ神を見る目で見つめる。
「ただし条件があります。将来教会騎士団に入ること」
そんな条件を出されても、現状で返事はできない。そんな事を考えていると。
「まぁ冗談です。いいですよ。ついてきなさい。ここで君たち二人に媚びでも売っておいて損はないでしょう」
三人は顔を見合わせる。
「自己紹介が遅れました。私は教会の異端審問官をしていますオルガと申します。以後お見知りおきを」
それを聞いたとき、すべてを思いだした。あの時、幼いときに森でクマに襲われたときに教会騎士団の団長であるセージと一緒にいた教会の人間だと。
自分たちがあのときの子供だとオルガは気がついていないようだった。
「俺は将来、教会騎士団に入るつもりです」
「それは嬉しい事ですね」
「子供のときに、あなたたちに会っている。命を救われました。覚えていませんか?」
「?」
今度はオルガが思い出す番だ。しかし過去の記憶を引っ張り出してもさっぱりわからなかあった。子供の成長した姿は分からない。まして、一度しか会っていないのだから当然だ。
だからアルビノは説明をした。そしてしっかりとオルガは覚えていたようだった。
「あのときの。いやはや、立派に成長されましたね」
「あなたたちのおかげです。だから俺はあの隊長に憧れて教会騎士団に入りたいと思ったんです」
「そうですか。それは良いことですね」
四人は過去の話に花を咲かせて、教会内部へと這入って行った。中はとても入り組んでいる。おそらくは、場所を特定されないためだろう。
そしてある部屋の前で立ち止まった。
「この部屋の中に保管されています」
頑丈な鉄の扉だ。開けるのはさぞかし重くて大変だろうと思っているとオルガはまるでカーテンでも開けるかのように片手で開けてみせた。
この扉が頑丈で重いのは間違いがない。つまり、オルガの力が単純に強いということなのだろう。細身でそうは見えないが、異端審問官も伊達じゃない。
異端者や魔女とも戦う身だ。人間離れした力を持っているのは間違いがない。
扉をあけると中は広かった。その広さにも関わらずに、そこに存在するのはただ一つのソレ。その後ろには鮮やかなステンドグラスがあり、光が眩く反射している。
「…………」
三人は息をのんだ。とてもこの世の物とは思えないほどの美しさがそこにはあり、まるで神の如く光り輝いていた。
「……凄いな」
「すごいね」
「凄いとしか言葉が見つからない」
オルガはそんな三人を見て柔らかく微笑んだ。やはり驚きの表情を見るのは楽しい。それほどまでに三人はいい顔で驚いていたのだった。
「すごかったねぇ。本当に光って見えたよ」
「いや、あれは光ってただろ」
「ステンドグラスの光とはちょっと違う感じだった」
三人は興奮冷めやらぬ中、余韻に浸りながらその場をあとにした。
「ふふふ、そう言って貰えると見せた甲斐がありましたね」
帰り道も迷子になる可能性があるのでオルガに送ってもらっている。そんな道中だった。
「もうすぐ大会がありますけど、君たちが出るのですか?」
「ま、全員参加が義務付けられていますので」
「いやはや楽しみですね」
もうすぐ生徒同士で模擬戦闘の大会が行われる。一チーム四人で組んで相手の旗を落とすというルールだ。一年に一回だけ行われるかなり大きなイベントとなっている。それに優勝すると拍が付いて、将来に騎士団に入るときの評価に繋がるとされている。
それは全学年で執り行われる。一回生の優勝者、二回生の優勝者。全学年でそれぞれの優勝者を決めて盛大に祝うのだ。
その大会が三か月後に始まる。期間はとても長い。一か月近くかかることもある。それだけ人数が多いのだ。だからといって、予選大会などは行わない。一組一組が総当たり戦で全チームと戦うようになっている。
途中でケガなどをして参加できなくなる者もざらにいるし、殺さないかぎりどこまでやってもいいというルールだ。これは実戦に近い状況で経験をつませるのが目的である。
「一チーム四人ですが、君たちはあと一人足らないようですね?」
「あ、いや、そもそもこの四人でチームを組むとはまだ決まっ――」
言い終える前にロゼが言葉をかぶせてきた。
「――大丈夫です! あと一人は私が手配しますので、ぴったり四人です」
どうやらこの瞬間にチームが決まったようだ。
チーム決めのルールもない。組みたい人同士で組むのが通例だ。しかし、アルビノとリンドウはそれなりに有名なので、お誘いもあるだろう。だが、あまり話したこともない生徒とチームを組むよりは、知っているロゼと組んだ方がいいのは確かだ。
「ま、いいよね」
「そうだな」
二人は納得したようだった。
「頑張って作戦決めなきゃね」
「大会には王も来ると言われていますし。この王都での最大のイベントといっても過言ではないですしね」
「そう言われると緊張します」
「まぁ君たちなら大丈夫だと思いますが、私も見に行けたら行きますよ」
「いけないことがあるのですか?」
「異端審問官というのは意外に忙しいのです」
ここでふと疑問になったことがあった。
「異端審問官というのはどういったお仕事なのでしょう」
「う~ん、あまり子供には言えないような事なのですが」
困り顔でどうしたものかとオルガは悩んだ。さすがに血生臭い事は言えないので、言葉を選びながら説明をする。
「まぁその名の通りですよ。異端者を見つけ出し、罰するのです」
「……それは魔女を、ですか?」
アルビノがそう聞くと後ろに立っているリンドウとロゼは心臓がドクンと鳴った。
「そうですね。ようは人ならざる所業や力を持っている者、それらは人の世に必要ありません。世界のルールを壊しているんですよ。だから均衡を保つために捕まえるなりして、それを止めさせようとしているのです」
「仮にその人ならざる力を使い続けるとどうなるのでしょうか?」
「さまざまな憶測があります。世界に返し風が吹くと言われています。正直なところ、それが本当に起こるものなのかはわかりません。ですが可能性はゼロではない。まったく関係のない人々が、その罰を受けるのです。そんな理不尽な事はあってはならない。だから私は例え自分の手が汚れたとしても――」
そこまで言って我に返った。これ以上はいけない。子供には聞かせられない。この話になるとどうにも熱くなってしまう。自分でもわかっていはいるのだが、性分なのだろう。止められそうもない。
「ま、教会は色々あるんです」
無理矢理話をまとめて終わらせた。
手を後ろに組んで三人から背を向ける。その背中はたいして大きくもないのだが、色々な事を背負って経験してきた者の背中だった。
アルビノは自分はこういう風になれるのだろうかと思った。魔女を殺すのはあくまで自分の為、復讐の為だ。決して人の為ではない。そんな動機で教会騎士団に入っても良いのだろうか。そんな答えが今でるわけもない。
それを感じ取ってか、リンドウがアルビノの肩にポンと手をおいた。どうやら相棒には見抜かれているらしい。でもそれが苦にならない。こいつならわかってくれる。目的は殺すと守るで正反対だが、信頼できる。
教会に来て、三人はそれぞれ思う事があったらしい。世界に対する疑問も増えただろう。それを解いていくのが、生きるという事なのだろうと思った。




